第14話 発艦せよ!
お待たせしました。
ミッドウェー近海五航戦旗艦翔鶴、0640時
弾薬は搭載せずとも直ぐに作業に取り掛かれるように万全の態勢でもって弾薬庫で待機していた兵員らは、命令が下るとまるでバケツをひっくり返したかのように一斉に動き出した。
九九艦爆には25番爆弾と6番(60キロ)を搭載し、九七艦攻には九一式航空魚雷が胴体下部に搭載されていく。
いよいよ始まる敵空母への攻撃は作業員らも興奮しており、全員搭載後の点検をいつも以上に抜かりなく行うという徹底ぶりである。
翔鶴、瑞鶴で編制される第五航空戦隊を率いるのは原忠一中将。南雲らと同じ女性指揮官であり真珠湾攻撃から第五航空戦隊を率いてきた叩き上げの人物である。
彼女にとって南雲は先輩で、草鹿、源田、二航戦の山口多聞は同級生という間柄である。こうして考えてみると、このミッドウェーには意外にも近い間柄の指揮官が勢揃いしている事が分かる。
「南雲先輩からは何と?」
原がメモを持ってきた通信兵に気付くと尋ねる。
「はっ。攻撃隊準備出来次第発艦せよ、誘導は水偵6号機との事です」
「了解したと返信を。ついでに一群の攻撃の予定等も聞いてもらいたい。参謀、任せても?」
「了解しました」
参謀が通信兵と共に通信室へと向かう。
五航戦では既に第一次と第二次で攻撃隊の編制を完了しており、それぞれ零戦9、艦爆16、艦攻8の合計66機が発艦する手筈になっている。
各隊共に真珠湾前のもう訓練からインド洋、南方方面と戦い続けてきたベテランが揃っており、練度では一群の航空戦隊に劣るとも劣らず、いい勝負である。
艦爆を多く揃えたのは米空母の飛行甲板に少なからずのダメージを与え、航空機発着艦能力を削ぎ落とす事を目的とされた。その上で艦攻隊によって更に損傷を負わせれば尚良となる。
原はある人物の活躍を期待していた。それは翔鶴に乗り込んでいる高橋赫一少尉である。
彼は真珠湾では艦爆集団の隊長を務めた人物で、第一機動艦隊においては彼以上の腕を持つ艦爆搭乗員はいないと言われる程の人物である。訓練は厳しく彼に鍛えられた部下達は相当の練度を持つ。部下には優しい性格で、親分と呼ばれ親しまれている。
今回の第一次攻撃隊においても指揮官は高橋が執ることになっている。
「皆手馴れたものです。準備はあと30分で可能との事です」
「早いねぇ.......記録更新じゃないか?」
「残念ながら5分届かずです。ですが搭載作業だけで50分は相当な速さだとは自負しております」
通信室から戻った参謀は報告がてらそう話す。
「第一群でも敵の攻撃が終わり攻撃隊の準備が行われているようです。0750を目標にされています」
「我々が先陣を切る事になるか。南雲先輩には後でお礼しなくちゃね」
この時代の日本では珍しい茶色い長い髪を揺らしながらおっとりと構える。彼女のゆったりとした口調や性格は前々から良い評判は聞かず、臆病か給料泥棒とまで呼ばれる程であったが、彼女のその性格はいざ開戦してから手の平返しで称賛される。
その事からあまり人を信用する事は無く、特に艦隊を二群に分けた特別顧問とやらの存在を気に入らなかった。
「それにしても先輩は何故そいつの言う事を聞いたのだろうか? 二群に分けたら弾幕も薄くなるしいざという時に救援にも行けないじゃないか」
この時にはまだ複数の陣形を構えてリスクの分散を行うという考えはなく、史実日本においてはミッドウェー海戦で主力が全滅してから対策された事である。
「意見を述べても?」
「許可します」
「その特別顧問はともかく、部隊を二群に分けたのはあながち合点の行かない事では無いかのように思えます。ここは敵の陸上基地の勢力圏内で敵機動部隊の接近もある。空母が一箇所に纏まっていればそこを一網打尽にされる可能性もあるでしょう」
原は確かにそれは頷けると参謀の話を聞いて認める。指揮官としては悔しい事であるがリスク分散を優先に考えるならば確かに妥当な判断ではあるだろう。
まるでこの戦いの行く末を知っているかのような先見性であるその特別顧問に、益々原は興味が湧いてきた。
「長官、攻撃隊準備完了まで20分です」
「分かりました。整い次第急ぎ発艦させてください」
原は飛行甲板にエレベーターで上げられる艦載機を見つめながら潮風に髪を揺らした。
空母赤城、0710時
ミッドウェーから飛来した航空隊による攻撃は全て回避、撃退に成功した第一群では直ぐに四航戦からの直掩機を着艦させ燃料及び弾薬の補給後素早く上空警戒へ戻し、それぞれの母艦の直掩機の補給を開始。
同時に格納庫内では第二群に続けて出撃させる予定の攻撃隊の準備が執り行われていた。
台車に載せられた爆弾や魚雷がゴロゴロと転がされながらそれぞれの機体へと運ばれ、まさにお祭り騒ぎである。
「1時間後を目標に取り掛からせています」
「うん、ご苦労」
報告を受けた南雲は補給を終えて甲板から飛び立っていく直掩機を眺めながら内心で少し焦りを感じ始めていた。先程の彰の話で出てきた敵索敵機の有無である。
ミッドウェーから攻撃部隊が正確に第一群を見つけ攻撃を仕掛けてきた以上敵の索敵機がいるとしか考えられず、今の所発見の報告は無い。今のこの状況を見られているとなると先手を取られるのは必至だ。
多少時間がかかるとはいえ格納庫内ではまだ大量の爆発物がゴロゴロ転がっており、そこの攻撃を仕掛けられたらそれこそ目も当てられない事態を招いてしまう。
そうなったら腹を斬るだけでは済まされないなと笑いながら艦橋へと戻るその直後であった。
「敵機発見! 9時方向、高度4000!」
南雲らは一斉に双眼鏡をその方向に向けたが、分厚い雲に隠れたのか既に見えなくなっていた。
「いかんなぁやはり敵は見つけていたのか」
「源田君、搭載準備を急かすように発破を掛けてくれ」
「了解しました」
艦内電話で作業指示を出し始める。
「利根の水偵からはまだ何も入らないか?」
「まだ何も来ておりません。せめて今準備中の艦載機だけでも上げませんと.......」
「私も同じ事を考えてたよ。だが準備にはまだ時間がかかる、気持ちは分かるがここは水偵に任せて我々は待とう」
流石の草鹿も焦りを感じていたようだが、それでも南雲は部下の働きを信じてどっしり構える。指揮官がどっしりと構えていればそれだけでも部下の同様は抑えられる。
それ以上の焦りを感じている南雲だったが、どうにもならない事をどうにかしろと言うのは無理な話なので、開き直って余裕を持つことにした。彰も焦っていたので南雲のその姿勢に落ち着きを取り戻しつつあった。
敵機動部隊との距離は推測ではあるものの、艦隊の進路方向(90度真東に変針)へ進んだ分を加味しても470キロ圏内に居る事は明白である。水偵の出撃時間から考えてももうすぐ発見してもおかしくないのだが、雲が多く分厚いこの天候では発見は困難であろう。
史実でも米機動部隊に接触しつつも雲に隠れこれを見逃すという事態も起こっているためこの世界でもそれが起こっても不思議では無いのだが、それでも敵が近くに居るのに場所が分からないというのはこんなにも緊張するものなのかと彰は何かに押し潰されそうな感覚に陥りそうになる。
ふと、記憶の棚の奥底からある物が掘り出された。
「長官、お聞きしたいことがあるのですが.......」
「どうした?」
彰が少し考えながら、その奥底から引きずり出された記憶のページを完全に開いた。
「蒼龍に十三試艦上爆撃機は搭載されてますか?」
源田、草鹿が驚き彰へ首がちぎれるのでは無いかと思うように速度で振り返る。
「こりゃ驚いた.......益々君の事を信用せざるを得ないな.......」
源田が驚き目を丸く開いている。その反応だけでももう答えを言っているのと同然だった。
十三試艦上爆撃機.......後に彗星艦爆と二式艦上偵察機として採用されるこの機体は最高速度519キロと、米軍主力のF4Fの514キロよりも速く、速度では例え追跡されても引き離す事が可能な新鋭機である。
「確かに。蒼龍には試験運用として十三試艦爆を搭載している。あれを使うと?」
「はい。あれならば米軍の主力戦闘機であるF4Fの最高速度を持ってしても追いつく事は不可能です。距離と時間的に考えても利根の水偵6号機が敵部隊を見つけていてもおかしくないのにも関わらずその報告がありません。ならば撃墜されたか、この天候で見失った可能性も否定出来ません」
「確かにそうだな.......よし、君の意見を採用しよう。山口君に艦隊無線を開いてくれ」
暫くして、艦隊無線が開かれる。
「多聞丸、私だ。手短に話すからよおく聞いてくれ」
南雲は無線で搭載されている2機の十三試艦爆の投入方向等を伝えると無線を閉じる。
「全く.......作戦中だというのにもっと話をしたいだなんて.......」
「長官と山口少将はお知り合いなのですか?」
彰はそんな人物関係だったっけ? と疑問に思いながら質問すると、南雲は恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。
「いやぁ、実は彼女とは昔から家同士の付き合いがあってね、幼馴染というやつだ。人懐っこい性格だが頭が悪くてね、学校では私の後輩になってしまったが少なくとも戦闘において私は小沢さんに次ぐ航空屋だと思ってるよ」
驚くべき事にこちらの世界では南雲と山口は幼馴染という間柄と言う。流石の事実に彰の緊張や焦りは全て吹き飛んだ。
少し時間が経ち、指名を受けた十三試艦爆はその高速を活かして敵艦隊の偵察へと向かった。ただ、その様子を見られているとも知らずに.......。
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空母サラトガ、0715時
日本艦隊の監視を続けているサラトガの索敵機から敵空母より偵察機発艦の報告が入るとフレッチャーは膝を叩いて喜ぶ。それはつまるところ敵は未だに自分らの場所を特定出来ておらず、加えて艦載機も出撃させていないことになる。
「でかしたぞ! これで我々が先手を打てる!」
フレッチャーは急ぎ部隊の確認を行う。既に米艦隊では攻撃隊を出撃させる準備は整っており、命令があれば直ぐにでも出れる状態で待機していた。
フレッチャーは日本艦隊を見つけ次第攻撃隊を差し向ける気であったのだが、それにスプルーアンスが待ったをかけたのだ。
まず攻撃隊をバラバラに出すとこの艦隊規模では混乱を招き、護衛の戦闘機を着けられなくなる事。敵の正確な位置や動向も不明のまま出しては万が一に我々が奇襲攻撃を受ける可能性がある事から、フレッチャーもそれに同意し堪えた。
だがスプルーアンスの心配は杞憂で終わる事となり、タイミングよくミッドウェーからの攻撃隊が日本艦隊を攻撃し攻撃隊の準備をする時間が無かった事などから日本軍は攻撃隊を出撃させる事が出来ず、結果として米艦隊が先手を打てる状況となっている。
各任務部隊の空母甲板上には攻撃隊が暖気運転を始めて待機している。出撃は各任務部隊毎に行う事になり、フレッチャーの第16任務部隊からは艦戦20、艦爆24、雷撃16。スプルーアンスの第17任務部隊から艦戦24、艦爆36、雷撃12。合計132機にもなる大部隊である。
「先制攻撃を仕掛けるぞ! 全機発艦!発艦せよ!」
フレッチャーの命令が下ると先頭のF4Fが滑走を始める。甲板が終わるとフワリと一瞬沈むが軽い機体は直ぐに浮き上がりやがてランディングギアを収納し始める。続けて艦爆、雷撃機が続々と発艦していく。
やがて全機の発艦が終わると、続けて第二次攻撃隊の準備が始められた。第一次攻撃隊よりも数は少なくなるが、それでも大兵力なのに変わりは無い。彰の知る歴史とは流れも戦況も全く違う状況ではあるが、間違い無いのは攻撃隊準備中の日本艦隊に危険が迫っている事だった。
何処まで飛行しても分厚い雲が広がり、かといって雲の下を飛行すれば敵に発見される恐れもあり油断出来ない中で、いよいよ燃料も帰投分を残したので反転し少し時間が経った頃、海面に光る何かを見かけた。
敵艦隊か? そう判断すると危険を承知で高度を下げて雲の下へと出る。すると眼前には2個の輪形陣が広がっており、よーーーく目を凝らして見てみれば何と黒い豆粒のような物体が次々と飛び立っているではないか。
「黒部! 見えるか、敵の機動部隊だ!」
「確認しております! しかも艦載機が発艦中ですよ!」
「本隊はまだ攻撃を受けている最中かもしれん。急いで報告しろ!」
黒部と呼ばれた航空兵は手袋を外し、少し冷えている手を懸命に動かしながら本隊へと電鍵を叩き報告する。
利根搭載の6号機。一度通り過ぎてしまった米機動部隊を発見した瞬間だった。
お休みを頂いておりました、お待たせしてすみません。
いよいよ米軍が先手をとって攻撃隊を発艦させる事になりました。日本艦隊は彰の助言があったにも拘わらず正確な位置に拘ってしまい発艦のタイミングが遅れてしまいました。まぁ、彰君は一応部外者なのでしょうがないですが、これがこの後どうなるか楽しみですね。
また来週をお楽しみに、お待ち下さい。
〜おまけ〜
彰「おぉー! あれが彗星かぁ」
南「彗星?あれはまだ名前が決まってないぞ?」
彰「あれは後に彗星艦爆として採用されるんですよ!速度も早いし、優秀な機体だったと記憶してます!」
南「ほう.......後継機か.......」