第12話 ピケット艦
ミッドウェー近海、0640時
SBDによる偵察隊が発艦してから40分が経ち、何時まで経っても入らない報告に焦りと苛立ちを覚えながらも、フレッチャーは兵から受け取ったコーヒーで無理やり流し込むように抑える事を4回も繰り返していた。
既に甲板には発艦準備を終え命令次第ですぐに出撃出来る態勢を整えた艦載機がズラリと並べられており、その時を今か今かと待ち構えていた。
フレッチャーは第二陣として再度索敵にSBDを投入しようかと考えたが、日本艦隊を攻撃する際に攻撃の駒が足りなくなる事を考慮し見送った。
いや、むしろ出すべきであろうとも思え、数的にも申し分無いが確実な戦果を考えるならば少しでも多く駒を残しておくべきだと判断したのだ。
更に時間が経つと、通信兵がメモを持って艦橋に上がって来る。フレッチャーは待ってましたとばかりに通信兵に敬礼。通信兵が答礼をするとそのメモを読み上げた。
『敵駆逐艦発見。4隻ガ単横陣ニテ航行中、針路278、距離500キロ、速度24ノット』
「駆逐艦が単横陣.......?」
「対潜警戒隊でしょうか?」
通常単横陣は敵潜水艦を艦隊進路の前方で発見しこれを制圧もしくは撃沈する為に横に広がり索敵を行う陣形であり、滅多な事が無ければ行わない行為である。
最終的にフレッチャーと参謀長はこれを対潜警戒の為の駆逐隊であり、これの後方に機動部隊がいると推測。偵察機に更に後方を偵察するように命令した。対潜警戒だとすると遠くても後方20キロ程に敵艦隊が居ると推測する。
「参謀長! 私は少し通信室に入る、私が戻るまでに敵機動部隊発見の報告が入ったら君の判断で出撃命令を出せ。直ぐに戻るが念の為だ」
参謀長は少し緊張しながら敬礼で意志を伝える。フレッチャーはそれを汲み取ると急ぎ通信室へと向かった。
フレッチャーはミッドウェーに残されている航空戦力を統合して何とか日本艦隊に攻撃をかけられないかと考え、それを打診しようとしていたのだが、この時既にミッドウェーからは攻撃隊か二手に別れて日本艦隊へと向かっており、先制攻撃を掛ける目論見は達成されそうである。
だが焦ったそのミッドウェーのシマード大佐は索敵にカタリナ飛行艇を前方に展開させ後方から攻撃隊を追随させるという盲目の状態で出撃させており、かなりの無茶をやっている。
だがその無茶をやらざるを得ない状況に陥っているミッドウェーでは攻撃隊を出せただけでも奇跡的で、半分にも満たないものの部隊を出せたのならば上々であろう。
特に攻撃を受けているイースター島の航空隊の出撃を優先させ、日本軍の第二波爆撃隊が到着するよりも前にこれの出撃に成功。サンド島も少々時間がかかるが貴重な航空戦力を損失無しに出せそうである。
合計50機程度の攻撃隊ではあるが、十分に一軍を形成出来る数。シマード大佐は己の不甲斐なさを心で詫びながら彼らの活躍に期待した。
ミッドウェー近海、ほぼ同時刻
艦隊前方60キロを先行する第十七駆逐隊から敵索敵機発見の報告が入ると艦橋に緊張が走る。
「先に見つけられなかったのは残念だが、これで奇襲は回避出来そうだな」
「間違いありませんね。大山君の言う通りに配置して正解でした」
草鹿はそう言いながら振り返ると、当の本人である彰は海図を見ながら源田、航空参謀、航海参謀と何やら怪しげに打ち合わせをしている。しきりにコンパスを動かしたりと、大方敵艦隊の凡その位置を割り出しているのだろう。
「長官、凡その敵艦隊の位置を割り出しました」
航海参謀が報告すると南雲と草鹿が海図を覗きに来る。
「敵索敵機は針路88から進入して来たとの報告で、索敵機は艦爆。作戦半径や速度から推察するに同方向に500〜550キロ地点にいると考えられます」
「その方向には第八戦隊の水偵6号機が(利根搭載機)が近くにいます。至急偵察を命令します」
「うん、それでやってくれ」
命令を受けとった参謀は敬礼すると伝声管で通信室に命令を出す。
「それにしても、大山君のピケット艦?は早速仕事してくれたね」
「はい。敵の偵察機を見つけられて良かったです」
ピケット艦。これは第二次世界大戦においてアメリカ軍が航空機警戒の為に頻繁に利用した戦術である。
そもそもレーダー・ピケット艦はレーダーによる防空警戒の為にドイツ軍の夜間戦闘機指揮艦トーゴによって運用されたのが最初であるが、レーダーによる警戒の為に戦術として運用されたのは1942年のサボ島沖海戦でのアメリカ軍が使用していた。
度重なるガダルカナル島への突入作戦を敢行する日本艦隊に対してレーダーによる警戒を行い、様々な誤認等はあったものの日本艦隊を撃退する事に成功している。
アメリカ軍が防空警戒の為にレーダー・ピケット艦を活用したのは1944年のレイテ沖海戦の時で、この時から実施された神風特別攻撃隊に対応する為に行われ、沖縄戦で最盛期を迎えた。
この時のレーダー・ピケット艦の任務はレーダーによる索敵範囲を拡大するのではなく、ピケットステーションと呼ばれる警戒範囲を設け、遠方から沖縄に侵入してくる日本軍機を迎撃する為の指示管制するのが任務となっていた。
彰はこれを真似しようとしたものの残念ながら第十七駆逐隊にはレーダーが搭載されておらず、無論彰もそれを承知していたので単横陣での前方警戒を指示したのである。
レーダーを使えないのではあるが、日本軍の見張り員は総じて視力がずば抜けて良く優秀であるという話を彰は聞いていた。
そんな彼らの働きに期待すると同時に確実性を高める為に1個駆逐隊を全貌に展開させたのだ。
「さて、この戦闘も後半戦だな。ミッドウェーの第4波攻撃隊はどうなっている?」
南雲が言っているのは第二次攻撃隊の蒼龍、飛龍艦攻隊による爆撃任務の事である。既に彼らは爆撃任務を終えてそれぞれの母艦に帰還している。
ミッドウェー爆撃は結果として8割成功と判断され概ね任務達成と考えられていたが、周囲警戒の為に上空を飛行していた制空隊からの敵機撃墜報告により敵部隊が出撃していると判明。
数の分からない敵機が接近していると分かると緊張が走ったが、予定通りであるとの南雲の一括で混乱を収めた。
この予定通りであるとの発言。これも彰が仕組んだ罠であった。
敵に戦力がバレている以上は何とかして敵の目を逸らして誤魔化さなければならないと考えた彰は、敢えて南雲率いる第一群を囮にして五航戦の攻撃部隊を無傷で送り出したいと考えたのだ。
彰はイースター島の航空部隊だけではなくサンド島にも飛行艇部隊がいる事を趣味故の知識として認知していた。
だが速度の遅い飛行艇である事、四航戦の上空援護が得られる事等を理由にこれらサンド島飛行艇基地を攻撃対象から除外し敢えて手を出さず、敵に反撃させて第一群に集中させる事で第二群から意識を逸らそうと考えた。
安直な発想であると最初は思ったが、どうやら南雲も五航戦の攻撃隊を邪魔無く送り込みたいと考えていたようでこの案は採用。そして結果としてミッドウェーからは攻撃隊が接近しており、五航戦では出撃に備えて準備が行われているとの事だ。
「はい。第四波攻撃隊は全機着艦及び収納を終えて現在点検作業中、20分後には完了する見込みとの事ですが、他の艦については現在確認中です」
「宜しい。二航戦は山口君がいるから大丈夫でしょう、加賀とは連携を取りたいから至急報告を寄越すよう伝えてくれ」
「了解しました」
南雲のこの時の不安要素としては2つあった。敵攻撃隊がいつ来るのか。味方航空部隊の準備はいつ行えば良いか。
敵の攻撃隊が接近しているのは最早想定内で既に対空戦闘配備にて警戒中であるが、いつ来るのか分からない以上艦載機は下手な手出しは出来ない。
攻撃を受けている最中に爆装作業をやっていたらとんでもない事になるのは明白。攻撃を受けている時は大人しくしているのに限る。
だが敵の攻撃隊が複数接近していたら? 同じように波状攻撃を受ける羽目になればそれこそ爆装中に攻撃を受け大惨事になることは間違い無く、絶対に避けたい事案でもある。
南雲はそのヤキモキした悩みを押し殺しながら、甲板に並べられた零戦を見て頼むぞと心の中で念じた、その時である。
「第十七駆逐隊より報告、敵機来襲、約50!」
「おいでなすったか!各空母より直掩機上げろ!」
南雲が命令を出すと待機していた搭乗員が一斉に愛機へと走り出した。エンジンの音が忽ち鳴り響き、機銃手も忙しげに走り始め高角砲が旋回を始める。
「さぁ、後半戦だ!」
彰もまた、双眼鏡を手にして気を引き締めた。
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日本艦隊より東、100キロ
約50機の攻撃隊を率いるサッチ少佐は遠方に駆逐艦隊を視認する。
「ジャップの駆逐艦が何故こんな所に居るんだ?」
疑問に思いながらもフレッチャーらと同じく対潜警戒の為の駆逐隊と判断し、この駆逐隊の後方に敵艦隊がいると推測。その方向に攻撃隊を導く。
暫く飛行していると大量の海面に光る点と航跡を発見した。
「見つけたぞ!ジャップだ! 爆撃隊は高度を取れ! 雷撃隊は高度を下げて攻撃態勢!」
無線で素早く命令を出す。現在の高度2500から爆撃隊は3500まで上昇を始め、飛行艇部隊は1500よりも更に下へと下げていく。
そんな彼らを出迎えたのはどこからとも無く現れた零戦隊である。
「ビッチ! ジャップの奴ら、俺らに気付いていたのか!?」
その数は何と18機。更に目を凝らして見てみると離れた所に12機の零戦も見受けられた。
「全機気を付けろ! 敵の数は多いぞ!」
たった5機の米軍戦闘機隊は零戦相手に果敢に勝負を挑むも機体性能、技量、そして圧倒的な数を相手に遂には全機が黒煙を引き摺りながら海面へと突入を始める。
「爆撃機が遠いな.......」
B-17や一部飛行艇に高度を取られた零戦隊は爆撃機を後続の制空隊に託し自分らは下方の飛行艇部隊に突っ込む様に追跡を開始する。だが相手はその数24機。しかも密集した編隊を組んでいた。
爆撃機等を攻撃する際にはこの密集した編隊に突っ込むのは宜しくないとされている。機銃による弾幕の密度が上がり逆に迎撃される頻度が高くなるのだ。
カタリナ飛行艇は12.7ミリ機銃2挺、7.62ミリ機銃3挺を装備しており、B-17の12.7ミリ機銃12挺、同数を装備するB-26と比べたら火力は低いが24機となると油断は出来ない。その弾幕の濃密さは数が増すほど増えていくのは当然である。
数機の零戦が果敢に攻撃を仕掛けるが弾幕を前に既に3機が返り討ちにあっている。爆撃機に対して上方からの攻撃は自殺行為ではあるものの、下方から攻撃を仕掛ければ敵機と同高度に出てしまうかそれよりも上方に出てしまう為離脱時の被弾率が上がってしまう。
それを懸念して上方から攻撃を仕掛けるのだが如何せん弾幕が濃く、味方艦隊の対空機銃の射程圏内に入るまでに7機の損失と引き換えに2機を撃墜しただけとなった。
敵機来襲を受けて艦隊ではまず高角砲が射撃を開始する。赤城に搭載されている片舷3機の高角砲が敵編隊に向けて射撃するが迫力のある物ではなく、中々命中はせず、空中に黒煙を花火のように浮かばせるだけである。
「高角砲は命中率が低いなぁ.......」
彰がそうボヤく。
「仕方あるまい。見たところ敵機の速度はかなり遅いようだからな.......おい、測定をやり直す様に伝えてくれ。敵はかなり遅いぞ」
伝令に南雲が命令する。
「もうすぐ距離が縮まれば機銃も撃てるんだがな.......大山君、ここまでは予定通りだろう?」
「はい。暫くは忍耐の時間です、五航戦に先鋒を譲る事になりますが、こんな事で下がる戦意では無いでしょう?」
彰がからかい気にそう言ってみせると南雲が笑う。
「そんな事を言われては、君の先輩としては下手な戦は見せられなくなるね」
南雲はやる気で満ちている。
「一先ずは攻撃の回避だ、艦長頼むぞ。参謀、格納庫作業指揮官に爆装作業30分縮める様に命令を出してくれ。この攻撃を凌いだら我々の番だぞ」
参謀が興奮で顔を赤くしながら敬礼して駆け出していく。それを見送ると、機銃のリズミカルな射撃音が艦隊中に響き始めた。
「敵機高度を下げます!狙いは本艦らしいーー!」
「敵爆撃機爆撃態勢ーー!」
いよいよ世紀の大海戦が始まる。緊張で彰の手汗は酷くなり滲んでいく。だが、彰の興奮を更に上昇を続けるのだった。
ひえーー、お待たせしてすみませんでした。約30の遅刻です、申し訳ないです.......。
思い出しながらの作業でしたのでここどうだったっけとなったりかなり時間がかかってしまいました。改めてお詫び申し上げます。
さて、今回ピケット艦を出しましたがテスト運用という事もあり大した活躍はしてあげられませんでした。ですが敵機来襲をいち早く報告、制空隊を元々の18機に加えて更に12機出せたのは最初の活躍としては素晴らしいものかなと思っております。
次の13話、何とか間に合わせます.......お楽しみに!