第10話 サッチウィーブ
あけましておめでとうございますm(*_ _)m
ミッドウェー島、0510時
ここミッドウェーに残された戦闘機はF4Fが3機、F2Aが8機と数では到底敵わないものとなってしまったが、全員が迎え撃ってやると戦意旺盛でそれぞれの愛機に乗り込む。
一足早く滑走路に出て来て計器類の確認をしているのはサッチ少佐とオヘア少尉、1機残ってもしょうが無いとしてサッチがペアに誘ったマイケル曹長の乗り込む3機のF4Fである。
「よし。2人共離陸したらまずは島からある程度離れるぞ。1200まで上がったら戦闘を開始する。曹長、君の腕を信頼しない訳では無いが私達も試験段階だ。君には我々に接近してくる敵機の警戒と排除をお願いしたい」
「任せて下さい。後の仲間の為にも少佐には是非立証してもらわなきゃなりませんからね、その為なら全力でやらせてもらいます!」
オヘアが苦笑する。
「少佐。これはいよいよ確立しなきゃなりませんね」
「全くだ。我ながら緊張に押しつぶされそうだ」
サッチはそう言いながら操縦席から腕を出して人差し指で空を回す様に合図する。3人は笑いながらスロットルレバーを前に倒す。
3人が乗り込むのはF4F-3という形式。F4Fシリーズの最初の量産型であり、まだ主翼が固定式の形式である。
主翼には12.7ミリ4丁、携行弾数1800発。火力においては零戦の7.7ミリ2丁1400発、20ミリ2丁120発より優れている。
また、12.7ミリの利点は弾道性にある。搭載されているAN/M2機関銃は12.7ミリ弾を初速887M/sという速さで発射する為(零戦搭載の20ミリは600M/s、7.7ミリは745M/s)直進距離が長く、比較的遠い距離からも射撃が可能である。
ただし、この直進性能はあまり意味は無く、それどころか格闘戦において急旋回を続けるとベルト給弾故に捻れが発生して弾詰まりが発生したりと少々癖がある。
ただ機動力は零戦に劣る。F4Fは防弾性能を重視した頑丈な機体設計になっている為これまでウェーク島の戦い等各地で苦戦を強いられてきた。
サッチ少佐はこれを打開すべく、開戦前より聞いていた噂等を頼りに今回試す戦術を考案したのだ。
「テイクオフ!」
機体がフワリと滑走路を離れる。まだまだ遠いが、日本軍機の接近も確認出来る程にまで近付いてきている。
直ぐにでも上昇したい焦りを抑えてまずは速度を稼ぐ。急に上昇機動をとりでもすれば失速して墜落する危険性がある。
スロットルレバーは限界まで押し倒しているが中々速度は上がらず、余計に焦りが出る。手汗によるグローブの滲みを感じながら、やっと安全な速度に到達するとゆっくりと操縦桿を手前に引く。
それに呼応するようにゆっくりと上昇を始める愛機を心の中で褒めながら、少しでも遠く、日本軍機と距離をとる事に専念して高度を稼ぎ始めた。
「少佐! ジャップが爆撃態勢になってます!」
オヘアの報告を受けてチラリと後方を振り返る。確かに独特の固定脚の姿の艦爆がゆっくりと高度を上げ始めており、もう狙いを定めているのが分かる。
零戦も滑走路への銃撃を始めんばかりに高度を下げ始め、迫力は無いものの生き残った機銃や対空砲が必死に撃ちあげる。
先頭の艦爆が降下を始める。左の艦爆が機銃の攻撃でやられたのか、黒煙を引きずりながら左側へ逸れて真っ直ぐに降下を始めていた。
だが機銃の数が少ないのか止めきれるものではなく、次々と味方の身体と共に残骸と土砂が巻き上げられる。劣勢は一目瞭然だ。
(これさえ、これさえ確立出来れば味方が今後戦いやすくなるんだ.......!)
今すぐにでも反転して艦爆隊に襲いかかりたい気持ちを凄まじい自制心で抑えつけて高度を稼ぐ。高度計は1200を指していた。
艦爆隊による攻撃が一通り終わると、10分程の間隔を開けて次の攻撃隊が到着する。第一次攻撃隊としては最後となる飛龍航空隊による攻撃である。だが、現場を見ると艦爆隊隊長は判断に迷ってしまう。
赤城、加賀、蒼龍隊による空爆によって殆どの対空設備が破壊されており、加えて地上からの黒煙によって標的を探し出すのが難しくなってしまい、どれを狙えば良いのか分からない状況となってしまっているのである。
だが前向きに考えるならば第一次目標は達成された事になる。これは彰の賭けが勝った事になる。
実は彰は史実では日本側が固執した奇襲攻撃を敢えて同様に固執した。それは敵機動部隊を見つける為の策である。
作戦会議の際、ミッドウェーには敵航空隊が配備されているのは当然の事であり、先に滑走路や格納庫等敵航空戦力の漸減を狙うべきであるとの至極真っ当な意見が出た。
しかし彰はこれを以下の根拠に基づいて滑走路を二次目標とした。
1、滑走路の爆撃による制圧は一時的に使用不可能になるだけで米軍の機械力を考えると早期修復される。
2、80番又は25番搭載の艦攻を水平爆撃させても低高度では対空火器による迎撃。中高度ならば風による影響と迎撃機による攻撃で効果は薄い。
3、大陸戦線における敵飛行場制圧爆撃はいずれも効果は薄く数による制圧が必要。空母艦載機のみでは数が少ない。
1に関しては彰の知識があり、事実米軍の機械力は侮れない能力を持っていた。日本軍がツルハシやスコップ、もっこでガダルカナルに飛行場を約1ヶ月かけて第一期工事を完了させたが、直後に上陸してきた第1海兵師団によって占領され、約2ヶ月でその飛行場は拡張整備されたどころか戦闘機用の滑走路まで整備されていた話もある。
2はそもそもの前提として水平爆撃というのは命中率が低いものである。水平爆撃を行う際には投射位置、投射角、高度、風向きによって投下タイミングは大きく変動する。
日本軍では対策として技量優秀な照準手が指揮官機に搭乗。僚機もそれに合わせて投下する公算爆撃である程度の命中率はあったが急降下爆撃と比べるとやはり低いのである。
これに加えて中高度から投下するならば対空火器によって損害は出る上に敵戦闘機による迎撃も考えられる。そうなると損害は目も当てられなくなるだろう。損害が出れば投下する爆弾も減り、命中率云々の話ではなくなり元々効果の薄い爆撃は余計に薄くなる。
だがその対空火器が無ければ? 奇襲攻撃が成功すれば? この点が彰の賭けであったのだ。
波状攻撃による間隔を開けた攻撃も幸をなし見事に対空設備が制圧されたミッドウェー島。脅威となるのは最早残存する敵戦闘機部隊。
だがそれらもそれまで攻撃を行った各空母航空隊の制空隊によって半数が撃墜されている。
しかし侮っては行けない。日本軍はウェーク島の戦いで基地航空隊の強靭さを嫌という程味わっているのである。油断せずとも数で優る制空隊がいる。艦爆隊からするとこれ程に心強い事は無いだろう。
迎撃が少ない事を確認すると艦爆隊は各分隊長の判断で目標を変更する事となった。
しかし制空隊のある分隊は逆に悲惨な目に遭うとはこの時予想だにしなかっただろう。格闘戦においてほぼ負け無しの最強戦闘機が圧される事になるとは.......。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
サッチ、オヘア、マイケルの3名は不意に近くにいた3機の零戦分隊を発見する。こちらの高度は2400、敵は1500。高度は有利である。
「曹長は周囲警戒。少尉、行くぞ」
「サーッ」
「イャッ」
無線機から短い返事が届くとサッチとオヘアの両機は主翼を翻し降下を始める。ずんぐりとした頑丈な機体は高速での降下をものともせずグングン零戦に接近する。
残り600という所で零戦も緩く上昇しつつ旋回を始める。どうやら旋回戦に引きずり込むようだ。
「その手にはのるかよ.......」
サッチは零戦の思惑にはのらずそのまま降下を続ける。やがて距離が200まで縮まると主翼の機銃をぶっ放す。
リズミカルな振動が操縦席を軽く揺らし、主翼からは熱い薬莢をバラバラと撒き散らす。
サッチの機動に遅れをとったのか1機が機銃を喰らい、薄い煙を引き摺りながら離脱していく。
「マイケル! 追撃は不要、周囲の警戒を続けてくれ!」
「了解!」
追撃を始めようとしたマイケルに警戒に戻るよう指示を出してからすぐに目の前の2機の零戦を注視する。格闘戦では敵わない強敵である。
先に動きだしたのは零戦であった。急速旋回でサッチの上昇の鼻先を狙う様にして機銃を撃つ。サッチはそれをギリギリで避けるとそのまま上昇を続ける。
少し高度を稼いでから反転するとオヘアが追われているのが確認出来た。
(させんぞ.......)
すぐオヘアを追っている零戦に迫るとこれを機銃で軽く圧力をかける。零戦はこれに驚くと旋回してオヘアから離れる。
サッチはそのままその零戦を追いかける。オヘアもまた体勢を整えて支援出来るように位置をとる。
零戦は暫し機体を振りながら射線に留まらぬようにしたが、先程サッチに攻撃をかけた零戦が戻ると左旋回で離脱を始める。
サッチもそれに続くとオヘアも続く。その後ろから戻った零戦が並ぶと、一列になっての戦闘が始まった。
「少佐.......」
マイケルは警戒しつつも2人の戦闘を見守っていた。強敵零戦を前に冷静に動きに対処していく2人はまさにベテランと言わざるを得ない腕前だ。
やがてサッチが銃撃をかける。零戦がこれを右に躱すとサッチは逆に左に旋回する。そのままオヘアが前に出ると今度はサッチがオヘアを追いかけていた零戦の後ろをとる形となり、零戦が完全に追われる形となった。
「おぉ.......!」
2人が零戦を追いかける形となったのを見て思わず声を上げる。2機が絶えず互いをカバー出来る位置に付き、状況によっては前後を替わり攻撃と援護に回れる。
1機対1機に拘った零戦とは違い常に互いをカバーしつつ敵の機動に対処する事を目的として生まれた『サッチウィーブ』は十分に機能していたのである。
しかし状況はまだ油断出来ない。史実では4機一組でのエシュロン隊形のリーダーとして出撃したサッチ少佐だが、この世界では日本軍の奇襲と迎撃機の半減。
更にはF4FとF2Aの性能の違いからF2Aを参加させる事は出来ず、ウィングマンのオヘア少尉との2機で戦っているのである。警戒はマイケル曹長に任せてあるとはいえ油断は出来ない。
サッチは2連射程前の零戦の右側を狙って撃つ。零戦は回避行動で左旋回.......とはならず、逆にその右側へ旋回してこれを退ける。
一筋縄ではいかない空戦だが、やがて形勢は動き始める。
オヘアの追う零戦の主翼を狙って機銃を連射すると、零戦は右旋回でこれを避けようとするが機動が拙く、オヘアは零戦の主翼をピッタリ照準器に収めた。
毎分550発の連射力を誇るAN/M2機銃が零戦の主翼に命中する。元々装甲は無いに等しい零戦は瞬く間に主翼を穴だらけにされ、最終的には半分程の所でへし折れると不規則な回転を伴いながら落下していく。
(残るは少佐の追いかけているゼロだけだ.......!)
オヘアは辺りを見回してサッチ機を探す。少し経って高度200下、2時方向で空戦が行われているのを発見した。
どうやら零戦得意の捻り込みで後方に廻られたらしく、うっすらとガソリンが漏れているのが確認出来た。
「クソッ」
急いで機体を動かし降下を始める。零戦とは違い設計段階から頑丈に作られているF4Fである。少々乱暴な角度での降下だったが機体はビクともせずに降下を続ける。
距離が50程まで近付いた所で機銃を連射する。曳光弾の火線に驚いたのかサッチを追いかけるのを辞めた零戦は右旋回で回避行動に移る。
サッチもオヘアに気が付いたのか一度旋回して距離をとる。オヘアの位置を見逃さないように注意しながら、オヘアの後方へと廻る。
オヘアは左右に機体を揺らす零戦に牽制の射撃もせずに照準器を覗いたまま好機を待ち続ける。
「ジャスト!」
零戦の揺れが少し大きくなった所を見定め機銃を発射する。ほんの2秒程の間だったが、約70発程の機銃弾が零戦に襲いかかった。
だが零戦パイロットの瞬時の判断が運を掴み、6発程の被弾で逃げられた。
だがそれを逃がさなかったのがサッチだった。オヘアの後方で追随していた彼はオヘアの銃撃から大きく避けた零戦を照準器の真ん中に捉えるとすかさず発射ボタンを握る様に押し込む。
ドドドッと振動で機体を揺らしながら弾丸を叩き込んだ機銃は、見事に零戦に命中。炎を噴き出すとやがて角度を直角に緩やかに変更しながら飛んでいく。
2人は高度を上げて合流する。マイケルも追いついた所でサッチは一息ついた。
「.......やったな」
「えぇ、少佐の立案された戦術が見事に威力を発揮しましたね」
2対2での空戦であったが、実質ぶっつけ本番でサッチウィーブが機能したという事は今後無理な格闘戦に挑む事は無く、常に互いをカバーしつつ数の優位を保って戦えるようになる。
今回の空戦は悪く無かったが、まだ課題点もあるだろう。落ち着いたら、また再び訓練等で研究して行くことになる。
サッチは何とも言えぬ達成感を感じながら、ミッドウェーへと機首を向けた。
あけましておめでとうございます。今年もどうぞ本作を宜しくお願い致します。
今作ですが、いつも通り水曜日に出そうかと迷ったのですが、このご時世出掛けるに出かけられない方もいるかと思われます。もしくは単純に休みで暇だーという方もいるでしょう。
折角のお正月ですし、暇潰しにでもなればと思い投稿します。皆さんの暇潰しに役立てば幸いです。
〜おまけ〜
彰「役立てばとか言って、本当は遅れた分埋め合わせしたかったんでしょ?」
私「断じて違う」
彰「文字数も減らして書きやすくもなったし、折角だから投稿しようって魂胆じゃないの?」
私「あ、あまりメタい事を言うんじゃないよ.......(焦)」