第9話 奇襲
ミッドウェー島、0410時
新鋭のF4Fに乗り込むジェイソン上等兵は飛行時間600時間の中堅クラスの搭乗員で、列機で上官のスーザー軍曹とは開戦時から共に戦い続けてきたバディである。
「ジェイソン、ジャップらしいのは見えるか?」
「いえ軍曹。雲が広がってるだけです」
今日この日の天気は絶好の飛行日よりとは言い難く、雲量8、雲高500〜1000メートルと低く、もし低高度を飛行していた場合は見つけるのが困難な天候である。
反対にジェイソンらの高度2500メートルでは眼下には真っ白なキャンパスに時々青色の絵の具が塗られている程度であり視界は良好。雲の上を飛行していれば余程の事が無い限りは見つけられない方が困難である。
戦闘機パイロットに求められるのは何も技量だけではない。レーダーも無ければ双眼鏡も使えない状況下で頼れるのは視力だけである。
戦闘機乗りは総じて視力が良い事が求められる。ジェイソンもまた視力2.5とまずまずの視力を有していた。
本来ならば同じ小隊の2機が近くに居るはずなのだが、針路を変更したのか機影は見えない。若干の不安を抱きつつも索敵を続ける。
「軍曹。接近してくるのが味方だと有難いですね」
「間違いない。ただでさえジャップの主力が来るってのに俺達だけじゃあもたないぞ。それに真珠湾での生き残りから聞いた話だとジャップのファイターは想像以上に強いらしいぞ、気を引き締めてかからんと.......」
スーザー軍曹が不意にジェイソン機を見た時だった。凄まじい衝撃と金属音が操縦席を掻き乱し、スーザー軍曹の意識は頭頂部への激しい衝撃と共に消え失せていた。
搭乗していたF4Fは黒煙と炎を噴きながらキリキリと舞落ちていく。そのすぐ横を白色に近い機体に赤い日の丸が描かれた機体が通り過ぎてゆく。
「軍曹! ファック!ジャップの野郎!」
ジェイソンもまた操縦桿を強く握り締め旋回を始めスーザー機を落とした敵機.......零戦を追いかけ始める。だが興奮の余り周囲の警戒を怠った彼は、別方向から狙いを定めていた別の零戦の攻撃を受けた。
ジェイソン機は機体後部から7.7ミリ弾を受け始め、やがて左主翼付け根部分に集中しだした。
バラバラと金属片が飛び散り、100発程撃ち込まれた辺りでボッと炎を出した。
「クソ! 脱出しないと.......」
だが健闘むなしく、更に撃ち込まれた銃弾によって主翼は持ち堪えられず、根元からボキリと折れて自由落下を始めた。
炎によって視界が遮られた操縦席内で、ジェイソンは恐怖に顔を歪ませながら永遠とも思える落下を味わう事になった。
「敵機撃墜、周囲機影無し」
先行していた制空隊分隊は再び合流を始めると味方編隊の方向へと飛び去っていく。暫く飛んでいると、高度3500程で味方と合流した。
『制空隊状況知らせ』
攻撃隊長の淵田が無線機で連絡を取る。この時の日本軍はまだ指揮官機にしか無線は搭載されておらず、かつその受信能力は低い。絶えずノイズが走り、聞き取るのがやっとという有様だ。
『ガッ.......敵機2.......墜』
相変わらずのノイズ具合だったが、淵田は敵機を撃墜したと判断する。
「中佐、ミッドウェー島を視認しました」
淵田は少し身を乗り出すように席の端から前方を確認する。確かに十字に交差した滑走路が確認できた。ミッドウェー島である。
『トツレ』
淵田は短く電文を打つ。そしてすぐに手信号にてトツレの合図を送る。艦爆隊は生き物のようにスルリと高度を下げ始め、2800程まで降りた。
「前田!抜かるんじゃねぇぞ.......行くぞ!」
「はい!」
操縦席に座る前田二飛曹(二等飛行兵曹)は気合のこもった返事をする。彼は淵田の元部下で、艦爆隊に配属になってからは中々話す機会が無かった。だが、一次目標が対空設備となる艦爆隊に淵田が同行するにあたって、前田機に搭乗するとなると彼は名誉として快諾したのだ。
余談だが、彼のペアの飛行兵は出航時より続いた原因不明の腹痛が虫垂炎であると診断され緊急手術が行われている。史実ならば淵田がなっていた虫垂炎だが、運命のいたずらか彼は腹痛どころか全くの健康体である。
高度を下げた艦爆隊だが、やはりと言うべきか3500程の高度から迎撃機12機(F2A/8、F4F/4)が降下してきた。
それを確認した制空隊は全機増槽を落とす。身軽になった零戦は野を自由に駆ける馬のような素早さで上昇するとヘッドオン(正面同士での攻撃)を展開した。
初撃では零戦2機、F2A3機が黒煙を噴き脱落し双方凄まじい速度差で真横を通過していく。
高度を少々下げた米軍迎撃隊だったが直ぐに反転上昇を開始するとガラ空きとなった編隊後部に位置する艦爆に銃撃を仕掛ける。
九九艦爆の後部銃座も応戦し弾幕を形成するが、運動性が低下し既に旧式と化していたF2Aでもその武装は12.7ミリ4丁。対する艦爆後部銃座は7.7ミリ1丁。
火力の差は覆す事は出来ず1機、また1機と黒煙を吐きながら高度を下げていく。
迎撃隊は艦爆4機撃墜の戦果を上げたが、体勢を立て直し追撃してきた零戦を相手にするには分が悪かった。
零戦は格闘戦を重視し、極限まで軽量化された海軍主力戦闘機である。その初陣は大陸戦線での零戦13機対米中ソの戦闘機33機。当初こそ多勢の敵に動揺した日本軍だが、やがて形勢逆転し日本軍側は損失無し。米中ソ戦闘機隊は被撃墜13、被撃破11と華々しい戦果である。
その後も零戦は格闘性能、長大な航続距離を武器に連合軍側の航空戦力を削り、日本軍の勝利を支えているのである。
その零戦ご自慢の格闘戦に引きずり込まれた迎撃隊は次々に撃墜され、とうとう最後の1機が炎を噴き出して落ちていくのを最後に全滅してしまう。
この制空権争いは日本側の勝利となり、いよいよ艦爆隊の出番となる。
ミッドウェー島まで20キロという地点で上空に複数の黒煙がポツポツと出来上がると、艦爆隊に衝撃と破片を撒き散らし始めた。敵の対空砲である。
「前田! 手前の対空砲を標的にするぞ.......降下!」
淵田の合図で前田機はダイブブレーキを展開すると60度の角度で降下を始める。淵田は普段は艦攻に搭乗している為艦爆の急降下は初体験であるが、まるで真っ直ぐに地面に向かって突っ込んでいくかのような錯覚を覚える。
「1500!」
前田が叫ぶように報告する。
「まだだぞ!粘れ!」
淵田も負けじと返す。
正面からは機銃弾がシャワーのように浴びせられ、真横を曳光弾を含めて無数の弾丸が掠めていく。何度かガンガンと金属音がなるが、特に損傷らしい振動等は感じられない。
「1000!」
「用ーー意!」
前田は静かに、しかし素早く投下レバーに手を添える。手汗が手袋の中で滲み出て、たった200メートルが数分のように感じられる。
「800!」
「ってーー!」
レバーを引く。瞬間、フワリと機体が軽くなり機首が持ち上がった。
前田は即座に操縦桿を力一杯引き上げる。強烈なGがのしかかり目の前が真っ暗になりそうになる。だが前田は艦爆乗り、この程度のGではそう簡単には気絶しない。
「っくぅーー.......」
喉の奥から締め付けられたような音が漏れる。やがてGは薄れていき、視界が晴れよく見えるようになった。
高度計を見ると針は200の部分を指していた。
「前田、良いぞ。命中だ!」
少しの余裕を見つけ後方を振り返る。爆弾が何処に命中したのかよく見えはしなかったが爆煙が上がっているのを確認する。
「離脱します!」
前田は達成感を胸にしまい、難しいとされる離脱に全神経を集中させた。
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前哨戦とも言える迎撃戦闘において全滅を確認したシマード大佐は小さく舌打ちするとすぐ側の兵士を捕まえる。
「滑走路の航空機は放棄! 搭乗員を避難させろ。対空戦闘員は戦闘配置!」
兵は敬礼するとその場を離れる。シマードも司令部屋上を離れると司令室へと急ぎ足で向かう。
(日の出のタイミングを見計らって来るとは.......クソ! 偵察だけでも出すべきだった!)
シマードは己の考えの未熟さを呪った。
滑走路では大慌てで兵らが退避壕や格納庫へと避難する。滑走路にはまだ4機の戦闘機が暖気運転をしている最中で、タイミングの悪い日本軍の襲来だった。
何とか格納庫に入れられないかとパイロットは申し出るが、対空砲も砲撃を始めている状況下では無理だと説得され、諦めたパイロットは退避壕へと急いだ。
更に距離が近くなったのか、対空機銃の間隔の短い射撃音も鳴り始めた。退避している整備士や搭乗員、兵士らは爆弾が落ちてこないように震えながら祈ったが、爆音が聞こえてくるのは対空設備が構えられている場所からだけであり、自分らのいる、特に格納庫周辺には未だに1発も爆弾は落ちていなかった。
数人の整備士がもっと安全な場所に移動しようと提案したが、爆弾は落ちてなくても戦闘機の餌食になるだけだと止めるが
事実、上空では滑走路において放棄された航空機を銃撃による破壊を終えたあと他の獲物を探すかのように悠々と旋回していた。
赤城隊による空爆が終わり、消火作業を行っている最中に加賀隊が到着。空爆を開始した。
赤城隊の空爆だけでは全ての対空設備を破壊するのは不可能であり、未だミッドウェー島には7割の設備が機能していた。加賀隊は地上より空へと昇る黒煙をかき分け、残っている対空設備に殺到する。
火線を分散させる為と制圧効果を高める為の横一列での降下である。
最初に降下した分隊3機が運悪く対空砲の直撃を受け1機が爆発四散。1機が破片をもろにくらい右主翼切断。落ち葉のようにキリキリと落ちていく。
残った機は黒煙を噴きながらも徐々に高度を下げる。機銃も必死になって撃ちあげるがそう簡単には命中せず、艦爆の投弾を許す。
投下された250キロ爆弾は見事狙い通りに機銃に命中。これを鉄くずへと変えたが、艦爆の方は機首が上げられず、隣接していた別の機銃へと突っ込み派手な爆発を起こした。
「クソ! 連中対空設備ばかり狙いやがって!」
シマードは舌打ちしながら空爆に耐え続け、最後の爆発が聞こえたのを境に静寂が訪れる。
「居なくなったか.......おいお前! 損害状況を確認して報告してくれ。お前は至急飛行場に向かって無事な航空機を確認してくれ。戦闘機隊には出撃するように言ってくれ。行け!」
命令を受けた兵士2人は急かされ敬礼もせずに司令部を出ていく。
窓から見る限りだと対空設備は見える範囲の物は全て破壊されるどころか爆発のエネルギーで地面が抉られているようにも見える。
シマードは深呼吸をして状況を分析する。
事前にハワイから送られて来た予想戦力は空母5隻以上の可能性大とされていた。だがレーダーに映ったのは60程。普通に考えて少なすぎる。
だが波状攻撃ならばと考えるとこの後も空爆隊が来る事は有り得る。ならば稼働出来る対空設備を確認し、急ぎ迎撃機を出すのが先決だ。
日の出の後には偵察機を出せれば.......日本軍の思ってたよりも早い行動に先手を打たれたシマードは出世は絶望的だと思いながらもレーダー室へと向かう。
ドアに手をかけたと同時に、中から勢いよく開かれる。
「あ、大佐。申し訳ありません」
「気にするな。何かあったか?」
余りの慌てぶりにシマードは嫌な予感を覚える。
「はい。レーダーに新たな反応がありまして.......西と南西から先程と同じく60程接近中です」
「ファック! 西と南西だと.......ジャップの野郎小賢しい事しやがって.......どの位で来るか?」
兵士はメモを確認してから答える。
「双方共同じ速度で接近中ですので、凡そ15分後には到達します」
「よし! 急いで退避しておけ。これまでのは対空設備だったが、もしかしたら次のはここもやられるかもしれん。行け!」
兵士は敬礼するとそそくさと司令部から避難する。シマードは通信室に入ると平文でハワイと味方機動部隊両方に届く様に電文を打たせた。
『発 ミッドウェー海兵司令部
本日日の出より日本軍による奇襲攻撃を受けつつあり。航空機の損害不明なるも格納庫及び滑走路に被害無し。敵は対空設備を重点的に攻撃し、詳細不明なるも半分から7割近くが戦闘不能。0450』
打たせ終わると同時に丁度よく戻って来た航空機の確認に行っていた兵士から報告を受け、続けて打電させる。
『航空機の損害以下の通り。戦闘機損失18(迎撃隊12、索敵4、地上破壊2)、艦爆1(機銃を外し格納庫に命中)。爆撃機、偵察機に損害無し。隙を見て出撃予定。0455』
これを見たニミッツの顔から湯気が出そうだなと苦笑しながら通信室を後にして屋上へと出る。双眼鏡を覗くと、既に日本軍の編隊が見える距離まで来ていた。
格納庫内で急いで出撃準備を行う戦闘機、艦爆部隊だが、その中にはいよいよこの時がやって来たと1人闘志を燃やす人物がいた。
彼はペアとなる人物と細かい打ち合わせを行っており、また彼らに裏で賭けをしている整備士らは期待を込めてより一層細かい整備を行う。
ジョン・サッチ少佐と彼のウィングマンであるエドワード・オヘア少尉。階級こそ離れているものの、まるで兄弟のように仲の良い彼らは開戦前より聞かされていた零戦の戦闘力等を推測し、それに対抗出来るような戦術を研究していたのである。
そしてそれが実戦にてテスト出来る。確立されれば有効な手段になると意気込む2人は、互いに握手をすると愛機へと乗り込んだ。
やっぱり5千前後にすると無理なくかけるなと思っております、お待たせ致しました。
史実では割と固執していた奇襲攻撃が今回はスムーズに成功したパターンにしました。当方当時の航空機の運用等は調べても分からずじまいで、今回は日の出を境にこじつけをしてます。
まだ後の話になりますが、芙蓉部隊のように夜戦専門の部隊もいる訳ですが、空母航空隊は流石に厳しいのでは?とも思ったり.......難しいですね。
〜おまけ〜
サ「ジーク(零戦のコードネーム)に対抗出来る戦術を考えたぞ!」
オ「これなら行けます少佐!やりましたね!」
サ「これをビームディフェンスポジションと名付けよう!」
オ(これは覚え辛い名前だな.......)
サ「きっと有名になるぞ!」
作者「へー、この戦術は最初の名前はこんなにダサかったんか.......」
※お詫び
当作品に対する感想受付設定がユーザーのみになっておりました。皆様からのご意見や感想等沢山欲しいと思いつつも設定ミスをやらかしてしまいました。修正済みですので、もし宜しければドシドシ送っていただけると幸いです。