転移の日
諦めきれず、今度こそと思い執筆致しました。長くなりそうですので、お付き合いの程、お願い申し上げます。
「ん.......?」
ひどく冷たい風が主人公.......大山彰の顔を撫でるように吹きかける。
間違いでなければ今は6月の筈。真冬の様な冷たさの風は、6月の夜の風でも味わったことが無い。彰は眠い目をこすりながら布団から出ようとする。
ふと違和感を感じる。床が上下にゆっくりと揺れているのだ。かなりゆったりとしたペースで、まるで彰が一度だけ行った事がある自衛隊の観艦式の護衛艦で味わったような感覚だ。
「揺れてる.......地震かな?」
寝惚けているのか昔の事だからか、地震と判断する。
「念の為ドアを開けておかないと.......?」
そこで再び異変に気付く。流石に目も覚め、その異変は布団が無く鉄板の様な硬さの木板の上で寝ていた事と、まるで霧の中にいるかのような視界の悪さである。
いや、むしろ霧の中に彰はいた。
「.......? ウチのフローリングの模様じゃないし、なんで霧が出てるんだ?」
次に気付いたのは音であった。家の中にいるならまずありえない波の音が上下に揺れるペースに合わせてたっており、まるで何かが砂場を無理矢理突き進んでいるようだ。
状況が読み取れず立ち上がる。足元にはソーラー充電器と買って間もないスマホが落ちている。それらを拾いながら木板に描かれている白線に沿って歩き始める。
「なんなんだ.......テレビのドッキリなのか?」
愚痴をこぼしつつ、揺れに翻弄されないようにゆっくりと足場を確かめるように歩く。不安で心拍数が上がっているのが自覚出来るほど緊張しているが、たまに吹く風が熱くなった顔を冷やしてくれていた。
やがて白線は彰の進行方向に向かって扇状に閉じて行くように描かれている事が分かった。何となく嫌な予感がした彰はそれ以上進む事を辞める。
「これ、甲板だよな.......なんで船に、そういうドッキリなのかな?」
彰の視線の先には明らかに甲板は続いておらず、崖のようになっている。少し覗いて見ると艦首のようなものが見え、その先には海が広がっていた。
認めるのが怖い。非常識な出来事が起こっているのは分かっているのだが、認めたく無いものだ。
ここまで来ると流石に不安で押し潰されそうな感覚が腹の奥からのし上がってきて、余計に心拍数が増加していく。
周囲を見渡してみる。何も無いように思えたが、少し目を凝らして見てみると小さな建造物があるのが見えた。
その形状は趣味として嗜んでいたミリタリーを扱う雑誌でよく見た形状で、塔型で窓もあり、土嚢のような袋が外周を守るように設置されていた。
流石の彰も現実を直視する事になる。今いる場所は空母であると。
「何で俺空母の上に居るんだ!? ドッキリにしてもやり過ぎだろう!?」
ドッキリであって欲しいと思っていた彰だが、その期待は虚しくも裏切られる。視線を動かした先に、舷側に設置されている旧日本軍の高角砲と機銃が目に入ったのだ。
大山彰は、1942年6月3日の空母赤城の甲板上にいたのだ。
「なんでぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
こんなの有り得ないだろ! 何で俺は赤城の甲板にいるんだ!?
自問自答を繰り返しながら現状を整理していく。ついさっきまでネットゲームを友人とやっていて、眠くなってログアウトし、そのまま布団に倒れる様に入った。
そこまでは覚えているのだが、何故起きたら赤城の甲板上にスマホがあるとはいえ身一つで放り込まれているのか理解に苦しむ。
いや、もしかしたらドッキリかもしれないと淡い期待を抱いたがそもそも個人のドッキリの為に赤城を製作するような太っ腹なスポンサーは居るわけない。
あれこれ考えている内に数人の制服を着た大人が近寄ってくる。だが耳を凝らすと全員が旧日本軍の制服を着ている。
「貴様! そこで何をしている!」
「誰か! 官姓名!」
「作戦行動中だぞ!」
などと怒鳴りながら早歩きで近寄ってくる。
「拙いなこれ.......」
状況を把握した時には時遅し。数人の兵士に取り囲まれ、小銃を突きつけられ包囲されてしまった。問答を繰り返したが彰の話が通じる訳もなく、強引に取り押さえられてしまった。
「痛い痛い! 離してくれ、不審者じゃないんだ!」
「黙れ! 不審者じゃないとすれば、何故民間人が赤城に乗り込んでいる?」
それはと答えようとした時、一人が長官! と大声が聞こえる。
「此奴は? うちの乗員じゃないのか?」
「それにしては見慣れない服を着ております。そもそもとして見慣れない物を持っている以上怪しいと判断しました」
何時の間にか取られたスマホを男は上官に渡す。
「ふむ.......妙に薄い板だな。貴様、官姓名は?」
拘束が緩み、ゆっくりと顔を上げる。スラリと伸びる細い足に鍛え上げられた大腿部。小さめに引き締められた尻にバランスの良さそうなくびれが下半身のスタイルを印象づけている。
更に上に視線を移すと平均的なウエストには不釣り合いにも思える巨大な胸が2つ。
..............? はい?
困惑しつつもその上から覗かせている視線と目が合った。
「え、女の人なの.......?」
驚愕する彰を余所に彰のスマホを眺める。スイッチらしき突起物を見つけ押してみると、画面が明るくなった。
「おぉ.......何だい? これ」
その人物の襟には縁が黒で真ん中は広めの黄色、そして桜のマークが2つ付けられていた。
「中将.......?」
「お、階級が分かるなら話は通じるよね?」
その人物.......女性は屈むと再度質問する。
「官姓名は?」
彰は息を呑む。その女性の表情は非常ににこやかであるのだが、視線が鋭くそれだけで気の弱い生物ならいとも簡単に殺せる様な雰囲気を感じさせた。
彰はこれ以上抵抗したら殺されかねないと内心恐怖し、渋々と名乗る事にした。
「大山彰です。出身は埼玉、今は17歳です」
答えを得られた人物は満足した様な表情を見せると立ち上がった。
「少なくとも敵ではない事は分かった。だけど申し訳ないがここは作戦行動中の軍艦。不審なので捕縛させて貰う」
目の前の女性が合図すると後ろにいた部下が足払いをして彰が倒れる。すぐ様うつ伏せの体勢にさせられ、腕に縄をかけられる。
「痛いからあまり強くするな!」
あまりにも強く結ばれた為叫ぶ。
「申し訳ないが貴方はスパイ容疑があります。長官の安全の為にもこの位はさせてもらいます」
目の前にたっている女性の後ろから更に女性が説明しながら歩み寄ってくる。
それより長官って.......?
「なぁ、せめてあんたの名前教えてよ。俺も名乗ったんだし良いだろ?」
何が何だか分からない状況下なので、不満を含めながら訊ねた。
「私は帝国海軍、第一機動艦隊の南雲だ。こっちは参謀の草鹿君。君の言う事は確かに筋が通っているからね、これで自己紹介とさせてもらうよ」
驚くべき事に、彼女らは第一機動艦隊司令長官南雲忠一と、参謀長の草鹿龍之介であった。
2人の自己紹介が言い終わるや否や、周りを取り囲む者の鼓膜を破壊するが如くの絶叫をあげた。
何故!? 俺の知ってる南雲忠一は少し丸っとした中年のおっさんだぞ!? 何故こんなに美少女なんだ!?
再び視線をその2人に向ける。南雲は少し涙目になりながら耳を塞ぎ、草鹿がそれを宥めている。
南雲の方は身長が170程であろうか、草鹿よりも若干大きく、草鹿の方は165程と思われる。2人共綺麗で艶のある黒髪をスラリと腰の辺りまで伸ばし、不自然な程に似合う白い軍帽を乗せている。
脚は自然で健康的な太さと長さで、かなりバランスが良い。上半身もスリムという言葉がピッタリで全体的に好印象だ。
「..............」
ただ、彰が内心残念に思ったのは草鹿の胸が幾分か小さい様に見える事だった。
南雲は大き過ぎず小さ過ぎず、かと言って決して小さいとは言えない程よい大きさのを強調しており、制服のボタンが悲鳴をあげているのが今にも聞こえてきそうだ。
反対に草鹿はぺったんこ。
そう、ぺったんこである。
「貴様、今私の胸を見て何を思った.......?」
殺意の視線が飛ばされると同時にガバ! っと首が吹き飛ぶ程に視線を逸らす。
「あははは! やっぱり男は胸が好きなんだねぇ。草鹿君は『すれんだー』と言うやつだから、私は良いと思うんだけどねぇ」
「胸が小さいと言うだけで小馬鹿にする連中がいるんです。気にしてるんですから.......」
少し罪悪感を抱いた彰である。
否、ちっぱいは良いんだぞ、希少価値でステータスなんだから。
心の中でフォローはしておく。
「長官、それよりこいつは如何しますか?」
水兵が彰を立たせる。
「取り敢えず話を聞いてみようと思う。その妙な格好は少し興味があるし」
果たして、彰は訳も分からず、1942年の世界へとタイムスリップしてしまったのである。
赤城、艦内の空き部屋
空き部屋に通された彰は草鹿と南雲と対面する形で座らされ、部屋には3人だけとなり外に水兵が警戒している。
「さて、大山と言ったかな。何故君が本艦の甲板にいたのか聞かせてもらおう」
彰は事の顛末を詳しく説明する。だが話を進めれば進める程に南雲達の傾げる首が鋭角へと変わっていく。
「一度整理しよう。君の言う、ぱそこん? とやらでげーむをしていて、眠ったらこの甲板にいたと。そういう事だね?」
草鹿は未だに理解に苦しんでいるようだが南雲は取り敢えず読み込めたようだ。
「まぁ、にわかには信じられないし信憑性も薄い。何か、君が未来から来た人間だという証明が出来る物は?」
そこで、彰は持っていたスマートフォンを操作してみた。ボタンのような装置は無く薄っぺらい機械が指で触れると画面が浮き上がり、写真なども撮れる機能が付いていると知れば南雲の食いつきは早かった。
様々な質問をぶつけられた彰だったが、結局として南雲は彰に対して投げかけた質問の答えによってある程度の信頼を持った。
『未来の日本は存在しているのか』
『この作戦はどうなるのか』
この2点である。
これに対し彰は、
『様々な問題や課題はありつつも日本は残っている』
『偶発的なミス等を起こさなければ勝てていた』
と答えた。
偶発的なミス.......と言ったものの、当時の運用思想や彰の時代の軍隊や自衛隊と比べると遥かに技術や考え方が違う為うまく説明が出来る自信はなく、仕方なくそう答えたものである。
この答えに南雲は一先ずホッとしたようだ。
「今からするのは独り言なのだが.......」
そう前置きした上でポロポロと漏らし始める。
「山本長官も同じ考えなのだが、我々が暴れられるのも最初の半年から1年程。その後は油の問題もあるしどうなるのか分からない。この作戦も、長官は焦りすぎたかもしれないとボヤいていたよ.......」
チラリと草鹿を見ると、神妙そうに南雲の話を聞いている。
「私は結構な物好きでね、君の未来から来たという話は少なくとも草鹿君よりは信憑性が高いと判断している。君は我々に関する知識もあるようだし」
「私は帝国海軍に属する者として自身に課せられた任務は遂行すべきだと自覚している。だがどうだろう、目の前に未来人がいる。この処遇はかなり悩み所だね.......」
何が言いたいのか分からず、彰はただ黙って南雲の話を聞いていた。
「私は思うに、スパイという容疑はかかっているものの、艦内にいても動き回られたら困るという名目で君の知っている歴史かどうかを艦橋で観察してもいいんじゃないかと思ってるんだよね」
.......とんでもない独り言だな。
苦笑しながらも彰は魅力的な独り言を聞いたと内心喜んだ。
「私からも宜しいですか?」
彰が発言の許可を求め、南雲が快諾する。
「少なくとも僕の知ってる歴史では、この作戦は失敗に終わり参加している空母が全滅します」
瞬間草鹿が殴り掛かりそうな剣幕で何かを言おうとしたが、南雲が制する。流石の彰も驚き、萎縮してしまった。
「私が許可を出したんだ、最後まで聞きたい。ごめんね彰君、続けて」
彰は軽く会釈し、話を続けた。
「後世では早い段階で暗号が解読され、ミッドウェーに来ると分かったアメリカ軍は空母を応急修理中のヨークタウンが空母としての機能を取り戻して参戦しています」
この発言に両者が驚く。正規空母2〜3隻、軽空母数隻が参戦すると見積もっていたものの、まさか基地航空隊によって痛手を負わされたヨークタウンが間に合うとは考えていなかったからである。
ワスプが確証を得られないものの参戦する可能性は考えられていたが、ヨークタウン級3隻が揃うとなると空母による航空戦力は互角に近くなる事になる。
彰は他にも色々と話すが、ここで食い違いを感じつつも最後にこう付け加える。
「僕は嫌なんです。遊び半分では無く、お許し頂けるならば皆さんのお手伝いをしたいです。日本の軽視した点が多過ぎた結果無駄な死者が増えて、結果として後世で日本軍は批判され続けるんです。それに、失礼ではありますがここでは話せない内容もあります。それを何としても防ぎたいという気持ちがあります」
南雲は問いただそうとしたが、彰の曇った表情を素早く読み取り、恐らく私では理解の及ばないものだろうと解釈した。
.......少しの間、沈黙が流れる。彰は汗で濡れた拳を握らせながら、中々決断の一言が言い出せないでいた。
「.......長官がおっしゃろう事は凡そ把握しております。ですが民間人とはいえ得体の知れぬ者を上がらせるのは危険かと思いますが.......」
草鹿が南雲に耳打ちする。
「責任は私が取る。それに、強者の多い艦橋に置いといた方が都合も良いだろう」
南雲はこの時、単純に彰のもつ知識とやらを利用すれば作戦を有利に進められると考えていた。南雲は意固地な性格だが、いざという時には自らの責任において決断を下す事もあった。
「彰君」
呼びかけられ、彰は顔を上げる。
「帝国海軍第一機動艦隊の南雲の名において、貴方を特別顧問として一時的にその身を解放すると同時に監視させて頂きます」
南雲のニッコリとした表情とは真逆のその目に、彰は驚きと同時に緊張感を持って頷いた。
次回は少し説明回です