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平凡な日常にさようなら  作者: 我展
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~寂寥感~

出来れば週に複数回更新したいものですが、難しいですね。

筆が早い人ってすごい。

戦いが終わり張りつめていた気持ちが緩んだせいか、戦闘中には無視出来ていた疲労感がどっと押し寄せてきた。

体中の筋肉には乳酸がたまり切って、鉛でも巻いているのかというぐらい四肢が重く感じる。


...いや、乳酸は実は疲労物質ではない、なんていう記事を読んだことがあったな。

確か、乳酸もエネルギーになり得るし、長時間の蓄積しないみたいな。

うん、これは乳酸への風評被害だな。

無知が故に乳酸に謂れのない罪を被せてしまった。乳酸さん、ごめんなさい。

あ、でも今は運動直後だから、乳酸さんのせいかもしれない...。


わざとそんなどうでも良いことを考えてみると、自分が非常に落ち着いていることが確認できた。

同時に、そんな自分が残念でならない。


自分の手で何人もの人の命を奪ってきたというのに、その罪に対して何も思うところが無いようなのだ。

薄情であり、軽薄であり、およそ人間らしいとは思えない。


映画やドラマの世界ではそこら中に吐瀉物をまき散らしたり泣き叫んだり、その場で膝から崩れ落ちたりするのが定番である。あの反応は創作物ならではなのだろうか?




重大な誤りに気が付いた。

「吐瀉物」では下から汚物をまき散らすという意味も含まれていた気がする。

さすがに創作物の世界でも自分の罪に直面したその場でう●こをまき散らすようなものは見たことはない。

それはそれで面白い絵面が生まれそうだが、自分が演じる羽目にはなりたくない。

これはコメディ映画でもない紛れもない現実なので、「嘔吐物」と訂正しておこう。


とにかく、今の僕には腹の底からこみ上げる嘔吐物も、涙腺を崩壊させるような大量の涙も、体の制御を失ってしまえるような強く重い感情も何も持ち得ないのである。


これまでできるだけ「普通の人間」としての振る舞いを続けてきたが、ここにきて、それが適わなくなった。

周囲に対して向ける行動なら他の人間を模倣するだけでよいが、感情はコントロールできるものではなかった。

普通の範疇から逸脱した存在にしか思えない自分に対しての嫌悪感なら抱けるという心理状態が、返って自分の本質がはやり普通ではないことを再認識させた。


悪魔側についたせいで知らないうちに悪魔に魂をうってしまったのだろうか。

それか元より自分という人間がそのような性質であったのか...。


悲しいことに、後者であるという確信に近い気持ちがある。

前者は完全に責任転嫁だろう。背後から抱きしめてくれている悪魔さんに申し訳ない。


というか、さっきから動こうとしないこの悪魔は何しているのだろう。

何故だか、体を押し付けてきている気がする。肩甲骨の下あたりに弾力性の高い何かが押し当てられているのがわかる。少し不気味に思えたが、かける言葉も見当たらず、一旦は無視することにした。


詰まらない自分語りだが、僕は自分の精神をすり減らしながら現代社会を生きていた。

人間同士の平和的な社会活動を前提として成り立つ現代社会では、人と付き合うこと自体にハンデを抱えてしまうと非常に生き辛い。

「不安障害」「対人恐怖症」そんな風に呼ばれるハンデを抱えた僕は、幼少より周囲の人間達から放たれる無自覚なストレスを受け続けていた。


もちろん彼らは何も悪くない。僕に対する害意など微塵もありはしないだろう。

自分が過剰反応しているだけなのだが、精神は徐々に摩耗していった。

結果、自分も含め人間というものに価値があまり感じられなくなり、後に残ったのはできるだけ普通の人としてふるまわなければ社会から逸脱した存在に堕ちてしまうという強迫観念のみであった。


人間は自分を苦しめる存在であり、出来ることなら繋がりを絶って悠々自適な生活を送りたかった。

悲しいことに、自分にはその理想を実現するだけの能力なく、生活水準の低下を受け入れることもできなかったので、日々ストレスに耐えながらごく一般的な社会生活を送ってきだけなのだ。




しかし、そんな現実が一変した。

そして、そんな自分の生き方がある種評価され、特別な力も得た。

倫理観が一変したこの世界においては、どんな手段を用いてでも敵を屠ることこそが新たな正義として定義された。

それに伴い、倫理観も変化することだろう。「普通の人間」の定義も当然変わる。

これまでの人生でため込んできた捌け口のないストレスにも、全力でぶつけることが許される相手が用意された。


暴力的な気質を持った人間であれば、待ってましたと言わんばかりの世界であろう。

しかし、残念なことに僕は事ここに至っても元から持ち合わせていた倫理観を捨てることができなかった。

結局、自分を肯定してくれるのは、自分以外にいないのだと諦めた。


改めて周囲を見渡すと、現実のものだとは思えない光景が広がっている。


積みあがった瓦礫に、視界を遮る土煙、そこら中に転がっている死体。

土煙のせいで呼吸する度に口の中に異物が入ってくるし、目を開けているだけでも辛い。

血に濡れた服が体に張り付いてくるのも気持ちが悪くてしょうがない。


そんな血と埃に汚れた体などお構いなしといった様子で、僕の背にぴったりとくっついていた彼女、悪魔界では有力者らしい「バエル」と呼ばれる一見ただの美人なお姉さんは、そのまま体を擦り付けるように移動して僕の隣に位置取った。


彼女はそのままこちらの顔を覗き込んでいるようである。

嫌でも体の凹凸を意識させられ、僕はその顔を直視できない。

戦いの中でも緊張や興奮、心身の酷使で心臓が悲鳴を上げていた気がするが、今はその比ではなかった。

僕はポールダンサーに弄ばれるポールの如くその場に直立不動となってしまった。

そんな僕の心情など知る由もない様子で、バエルは僕に体を絡ませている。

というか、僕の腕にほおずりしている。あざとすぎる...。


あれ?

なんか、はぁはぁという艶っぽい息遣いが聞こえてくる。

焦って彼女を見ると、危惧した通りほおを紅潮させ我でも失ったかのような目をしている。


別に、彼女は特にやましいことを考えている訳ではない。他人の体に体を擦り付けて興奮する変態さんでもない。

どうも、人間を前にした悪魔というのはマタタビを前にした猫のようなものであるらしい。

悪魔は人間の魂に物理的な干渉が可能であり、触れるだけでその魂から瑞々しい精気を奪うことが可能とのこと。

ご馳走を前にして、食欲に酔ってしまい自制が利かなくなることもあるらしい。

だから気をつけろよ、と以前注意を受けていた。


これを思い出したころには少し遅く、僕は体中の力が抜けてその場に崩れ落ちそうになっていた。

「ちょ、ちょっと!やめて!一回離れて!」


腕に絡みついたバエルを乱暴に振りほどくと、向こうも我に返ったようだった。

「はっ!......私としたことが。...いやー、悪いね」


バエルは申し訳なさそうな顔をしてこちらを見た。

「魂をいただくつもりはなかったんだけど、私も結構消耗していたっぽくてね~」

「くっついていたら頭の中がポカポカしてきてさ...」

「ごめんなっ!」


へへへ、と笑いながら彼女は上目遣いでこちらを見てくる。

ああ、非常にあざとい...。このままだといつ魂を食い尽くされるかわかったもんじゃない。

これからは気を付けようと思うが、これはこれで幸せの内に死を迎えられそうなので、もしもの時の人生リタイアの手段としては有力候補である。


「まあ、全然予定通りに進まなかったせいでバエルの力を...」

「おいおい、『バエル』はやめろって言っただろ!『エル』だと、何度も言わせるな。もしくは、いやこれも少し嫌だが『バール』とでも呼んでくれ。」


彼女を不機嫌にさせてしまった。

せっかくの綺麗な顔が台無し...にはならず、細めた目でにらまれるのも被虐審がくすぐられて一興である。

僕は断じてマゾヒストではないのだが、彼女は新たな扉を開かせるだけの魅力を秘めている。

登る必要のない大人の階段は避けることに決め、さっさと謝ることにした。


「ごめんね、気を付けるよ。今日一日でエルの力をかなり借りちゃったからね。僕の魂で返せる分はあとで食べてもらって構わないよ。」


彼女には悪魔としての「バエル」という公称がある。

悪魔には本来名前はなく、その悪魔の性質や力によって、公称が決定されるのだとか。

彼女の名前、「バエル」はソロモン72柱という有名な悪魔達の中の1柱らしい。

今度調べてみようと思う。


「じゃあ、『変遷』が終わったら好きなだけ魂をいただくとして...」

彼女は満足そうに無邪気な笑みを浮かべる。

良かった。ご機嫌取りに成功したようだ。

怒らせたところで問題があるわけでもないが、美人さんには笑顔でいてもらった方がこちらとしてもうれしいのだ。


「このままここで待っていてもいいけど、周りを見て回らないかい?」

「助けられる子がいるかもしれないし、天使側についた子たちも可能な限り始末しておいた方が後が楽だよ。」


そういいながら、エルが僕の手を取ってプラプラと揺らしだした。

確かに、一応戦いが終わりはしたものの、遠くでは未だ戦闘が続いているようだ。

仲間の加勢に行きたいのは僕も同じなのだが...


「悪いけど体を碌に動かせるとは思えないんだ。休んでちゃダメ?」

「そうか、君も結構頑張ったからねぇ。わかったよ。休もうか」


エルからの同意も得て近くの物陰に移動し体を休めた。

しばらくすると、世界を覆っていた灰色の空が色を取り戻しだした。

悪魔と天使の住まう精神世界から人間の住まう物質世界へと移り変わる「変遷」と呼ばれる現象の始まりである。


地面に転がる瓦礫や死体が光の粒子となって宙に浮いていく。

非生物であったものは元の形を取り戻すように粒子が集まっていき、生物であり魂を失ったものは、宙に浮かんだまま徐々に光を失い霧散していった。

僕たちが体を休めていた場所はビルの壁があるべき場所だったようで、渋々ながら恐らく歩道であろう場所に移動した。移送せずとも、体が勝手に弾かれて物質世界の再構成の邪魔にならない場所まで転がされるらしい。

僕の体でも、怠さは変わらないものの負傷が見る見るうちに治っていくのが感じられる。


物質界に生きる人間たちの存在も徐々に感じられるようになってきた。

初めはただの靄にした見えなかったものが少しづつに人の形を無し、輪郭が定まり、色付き、生き物としての存在感を放つようになった。


この変遷と呼ぶ事象の説明は受けていたが、思っていたよりも淡白で、あっけないなと感じてしまった。

自分達が繰り広げ広げてきた、まさに死闘とも呼ぶべき戦いの痕跡が跡形もなく消えていく。

ここで起こったことは、戦いの参加者にしか記憶されず、物質世界から見れば起きなかった出来事なのだ。

精神世界での死は当然物質世界においての死と同義である。

通常の死との違いがあるとすれば、死体が存在しないという一点のみだ。


先の戦いで消えてしまった人間は、おそらく行方不明者として扱われるのだろう。

知人や家族、恋人などは、必死になって捜索し、決してかなわない帰りを待つことになる。

そう考えると、少しだけ罪悪感が湧いてきた。


同時に、自分にも真っ当な人間であるかのような気持ちが芽生えたことを少しだけ嬉しく思うのだった。

次話からはよくある流れで前日譚を書く予定です。

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