方法論
「遅い……ホー」
僕は深い溜息が出るのを止められなかった。もう三十分も待っているのに、彼女が現れないからだ。
彼女って言ったけれど、そんな関係までは全然進んでない。そこには僕――ヨーロッパ・コノハズクとしての強い願望が入ってるんだ。
待ち合わせの場所は間違いなく、ここ。昨日から数えても、もう二十回も地図を確認している。
僕はスマホを取り出して、油で汚れた画面を自分の羽毛でさっと拭きとった。そのあと、送信済メッセージを確認してみた。
確かに書いてある。
『イケフクロウ駅のニンゲン像の前 深夜2時』
ここは待ち合わせ場所としては、超が付くほど有名だ。普通に名前を言っただけでも通じるほど。
だって有名な像だよ? 『ニンゲン』知ってるよね? いまやTVのどのチャンネルを付けても毎日映るほど、人気のキャラクターさ。
細長い体と小さな頭、長い手足が大人気なんだ。まぬけな顔してるから、ゆるキャラってやつだね。
周りを見ると、さっきから僕以外にもたくさんのオスやメスが、待ち合わせをしてる。ここは特にそういう目的で使われる場所だから、たくさんの『止まり木』が用意してあって、僕もその一本を足でつかんで止まってる。
ニンゲン像を挟んで反対側の太い木に、さっきから格好いいミミズクがいて、そわそわしてる。あんな『イケフク』はアメリカ・ワシミミズクに違いない。大柄でたくましく、カッコウいいし、何といってもピョンと飛び出した耳が、肉食系のメスたちの注目の的なんだ(変なツッコミは無しでお願い)。
彼なら、今からナンパしたって誰でも付いていきそう。そんなオスが、ああやって辛抱強く待っているって事は……
「待たせたわね…ホー」
ほら、ものすごい美人がやってきた。真っ白で、僕だって見とれちゃうあの子は、シロフクロウだね。最初は映画の活躍でメディアに出たんだけれど、一気に大ブレイクして、CMでも引っ張りだこの存在だ。
「愛しの君。満月みたいに美しい……ホー」
歯の浮くような台詞もミミズクの口から出ると、悔しいけれどサマになってる。
「君にはこれがふさわしい……」
ワシミミズクの羽の下から出てきたのは、高価そうなプレゼントだ。金色の箱に入っているみたい。さっそく彼女が開けてみると、そこにはやっぱり――
「流行りのニンゲン柄のイヤリングだわ! 欲しかったホー!」
もうシロフクロウはメロメロ。二人は止まり木の上で伸びたり縮んだり、ひとつの毛玉みたいにくっついて、愛の歌を歌ってる。
あのまま、どこかの折れた大木で営業してる『うろ喫茶』か『うろホテル』を見つけて、いちゃいちゃするんだろうさ……ちょっと、羨ましい。
物思いに沈んでいる僕の隣に、バサッと大きな音がして、これまた大きな鳥が飛んできた。すぐに分かった。こいつはメンフクロウ。ミミズク相手なら僕でも何とか張り合う気になるけれど、この種類のオスはもう別世界の生き物。白面で目が釣り上がって、大人の雰囲気バリバリの紳士だね。その癖、顔の線がハート型なもんだから、女子は一発でノックアウトなんだ。
こんなオスを待たせるメスなんて見たことない。すぐに相手の同族の女の子が上空から降りてきた。この子もかなりの美人だ。そして二人はいきなりの嘴キス!
「ハニー、どこかで買ってきたものなんて、君には似合わない、ホー。待ってな」
オスのメンフクロウは、ばっと飛び上がったと思うと、あっという間に高度を取った。首がクルッと回って目がギラッと光る。彼は地面を走る小さな影を一瞬で見つけ出して、急降下! 鋭い鉤爪で飛びかかった。
すべてが瞬時だった。様子をうっとり見ていたメスのフクロウの所に戻ってくると、彼はすぐに獲物を口にくわえて、彼女に差し出した。
「ネズミだよ。君を口説き落とすには、これぐらいの新鮮さじゃ熱さが足りないけれど、もらってくれるかい……ホー」
メスは両目がハートマークになって言葉も出ない様子。ああ、またカップルの誕生の瞬間を見ちゃった。
天井からぶら下がる時計を見ても、時間は全然進んでいない。うーん、2時だとちょっと待ち合わせの時間に早かったかな。
ただ、もうここに来てしまった以上は、待つしかないんだけれど。
「何これ!」
びっくりして首を水平にくるりと回して後ろを見ると、そこに一組のカップルがいた。たったいま、喧嘩が始まったみたいだ。
「こんなに待たせておいて、このプレゼント? 私のこと、うるさいカラスか何かだと思って馬鹿にしてるでしょ! ホー!」
メスの怒りの矛先は、どうやら彼氏の送ったプレゼントに向けられているみたいだった。
「そ、そんな事ないホー! 懸命に選んだホー!」
突き返されたプレゼントを手に、ちょっとダサめの言い訳をするそいつは、悲しいかな僕と同じ一族、コノハズクの男の子だった。
相手の女の子――気の強いコキンメフクロウ――は興奮冷めやらない様子だった。
「ふざけないで、私はそんな価値のない女じゃないわ!」
羽で殴られるひどい音がして、その子は空へと飛んでいってしまった。
殴られたオスの手から、カラカラと何かが地面に落ちて、僕のいる木の下へと滑ってきた。
なんだろうと首を伸ばして、僕は足もとにあるそれを見た。
「あ!」
驚きの余り、僕は生まれ持った習性でつい、体を極限まで細く小さく縮めてしまった。
それは、今のこの僕の懐にしまってある大事なプレゼントとほとんど、いや全くもって、そっくりな物だった。
僕は頭の中が、メスのシロフクロウみたいに真っ白になった。
これはヤバイ! このままいったら確実に、さっきの彼みたいにフラれるパターンだ!
僕は仲間がピンチの時にやるように、目を真ん丸にして顔をキョロキョロと動かした。
いや、焦っている場合じゃない。今からでも間に合うものならと、近くにアクセサリーショップがないか、走っている獲物がいないかを必死に探し始めた。
駄目だ。辺りはフクロウだらけで音波がグチャグチャで、なにも見えやしなかった。
こうなったら飛び上がるしかないと足に力を込めた時、僕の後ろから美しい声が聞こえた。
「ゴメンナサイ!」
それは僕を待たせていた、モリフクロウの女の子の声だった。彼女は申し訳なさそうに首をすくめ、おずおずと言った。
僕は足が突っ張ったまま、固まってしまった。
黒い真珠みたいな大きくて真円の瞳、ハート型の顔の形がとてつもなくチャーミングで、いかにもヨーロッパで流行っていそうな羽毛を着込んでいた。
最初に僕が見た時より、優に十倍は可愛いい。
「夜風が強かったので遅れてしまって。本当にすみません。あの、怒ってますか……ホー?」
頼むから僕をじっと見つめたまま、そんな角度に首を回転させないでくれ! 僕の心が嬉しい悲鳴をあげていた。
「だ、大丈夫! いま来たところ!」
僕が言えたのはそれだけだった。その緊張のせいで、僕はいつもなら忘れない事が頭から抜けていたのに、気づかなかった。
「あれ? 以前と比べて、だいぶ痩せましたか? それに……お体から何か白いものが、ホーッとはみ出ていますよ?」
彼女に指摘されて、僕は飛び上がってしまった。
しまった! 体を縮めたあの時から今まで、びっくりしすぎて、体を元の大きさに戻す事を忘れていた!
そのせいで、羽毛の下にしまっていた白いプレゼントの箱が、思いっきり外にはみ出て丸見えになっていたのだ。
「ホー……ホホーホー……」
口笛を吹くようにとぼけてみたが、もう駄目だった。僕は黙ってしまった。出したものを引っ込めてから、また出すなんて、フクロウ界においてはありえない行動だ。
ああ、終わったと思ったが仕方がない。僕は悲壮な決意でそのプレゼントを取り出して、洒落た言葉もなしに彼女に差し出した。
「中身はどうあれ、僕の気に入ったものです……ホー」
「え……プ、プレゼント……?」
一度遠慮するのはオス・メス間の儀式みたいなもの。普段ならわざとらしく聞こえるのだが、このモリフクロウの彼女が言うと、本当にびっくりしているように思えるから不思議だ。
僕がうなずくと、彼女は風切羽の先端を使って器用にリボンを解き、箱を開けた。
そこから出てきたのは、僕が選んだプレゼント――フクロウの顔をかたどったブローチだった。
ふと立ち寄った露店で売っていた一点物だった。しかも偶然にも彼女と同じモリフクロウのデザイン。本物よりもさらにデフォルメされて、より愛らしくなった姿に、僕は一目惚れしてしまったのだ。
けれど、さっきのあのカップルの反応を見て気づいた。この世の中で流行ってるのは断然、ニンゲンのグッズなんだ。
なぜこんな簡単な事を忘れていたのだろう。
もし僕がニンゲンで、相手の可愛い子にプレゼントを渡すとしたら、ニンゲン自身の形をしたグッズなんて送るだろうか?
まさか! 断然かわいいフクロウのキャラクターだよね! あれ、この例えって何かおかしい?
とにかくもう失敗してしまったのだから仕方ない。僕は飛んでくるのが鋭い羽のビンタか、猛禽類のキックか、どちらかを覚悟して身構えた。
「……こんな物をもらったのは、初めてです……ホー」
彼女は静かにそう言った。
呆れているんだろう。僕もそう思うよ。ここにきて、彼女の声が美しいだけに、言葉のパンチもなかなか痛いものだと感じてきた。
「おかげでひとつ、わかりました」
彼女はニコっと笑い、くるりと顔を回した。
「私が好きな物で気を惹く人は、たくさんいました。けれどあなたが好きな物をくれた人は、初めてです。あなたは誠実な方ですね。ホー」
モリフクロウの彼女は顔を赤らめてそう言った。
そしてその柔らかい羽毛に包まれた体を、僕にそっと寄せてきた……
世の中のみんなに言っておくね。
君が大切だと思ったら方法なんてどうでも良いんだ。
あるのは直感に従う心、それだけが大事。
それが例えニンゲンでも、フクロウでもね。
(方法論 おわり)