第0話 夜と魔法使いと(上)
この世界には魔法使いがいる。
いや、なにもこれから異世界の話をしようってわけじゃない。ここは現代、令和の世の地方都市。こんな科学バンザイな世界で魔法使いなんて言うんだから、堂々と世間に出回っていないだけ。
それでも、知ってる人は知っている。大企業の重役、総理大臣をはじめとする国政に携わる者。
そして、私のような同業者。
魔法使いは何ができるの、っていう話だけど大したことはできやしない。
火をつけられる? うん、つけられるよ。マッチ棒みたい火なら。私ならガスコンロを使うけど。
他にも科学してくれることはある程度はできる。
あとは、そうだなぁ。私にできることといえば……。
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「どうも~」
私は抱えていた風呂敷を下ろしながら、両隣の仲間に挨拶をする。仲間と言っても、1人は今日はじめて見る人だ。少しだけ会釈をしてくれた。
「おはよ、ルナちゃん」
いつもいる方、赤木さんが気だるそうな挨拶を返してくれた。
「なにがおはよ、ですか。もうすぐ日も変わるっていうのに」
「この業界、いつ人と会うかなんてわかったもんじゃないんだから。おはよでいいのよ」
朝の挨拶をした赤木さんは直後に大きなあくびを飛ばしていた。
ここは吉橋市の歓楽街の裏にある商店街。商店街って言っても、地方都市である吉橋はその例に漏れずなかなかに降りたシャッターだらけだ。まあ、時間が遅いというのもあるんけど……。
私は風呂敷を広げ、商売道具の用意を始める。私用の小さな折りたたみ椅子。お客さん用の同じそれ。その間には小さな箱に置き、風呂敷を広げたものをかける。
そして、その上に小さなクッションをおくと最後に残った小さな木の箱から私は商売道具を取り出した。
「相変わらず、本当にすごいよねえ、それ」
私が持っている水晶玉を見て赤木さんはしみじみ言った。水晶玉は少し離れた街灯のあかりをキラリと反射している。私には綺麗だなあくらいにしか思えないけど、赤木さんはこの水晶玉が秘めた力みたいなものがわかるんだろう。
「これがすごいんだとしたら、祖母がすごいんですよ。きっと」
私が幼い頃亡くなった祖母。彼女にはとある才能があって、亡くなる直前にその才能の後継者として私を選んでこの水晶玉を託してくれた。
今のところ、私が選ばれた理由はわからない。
「そんなことないよぉ。ルナちゃんも近いうちにすんごい売れっ子になれるって」
赤木さんには前に祖母やこのことの話をしている。
そんな事情を知ってなお、裏表のない笑顔で本心からそう言ってくれる赤木さんに私も心からありがとうございます、と笑顔を浮かべた。
「あ、そろそろ向こうの店が閉まる頃だよ。今日もじゃんじゃんバリバリ稼ぎましょー!!」
赤木さんはそう言うと膝にかけていた頭巾を被る。途端に長くて明るい髪は姿を消し、どこか妖しげな雰囲気をはなつ女性に早変わりだ。
「ルナちゃんもやってみたらいいのに、こういうの」
そろそろ来そうなお客を警戒してか、さっきより声のトーンを落として赤木さんが耳打ちする。
「私はちょっと恥ずかしいので」
そう言うと、被ってた方が顔見えないのに~、と赤木さんは不思議そうに呟いた。違う、そうじゃなくて。ツッコもうとしたが視界の奥、街灯の下に人影が見えて口をつぐむ。
徐々に近づく人影、2人だろうか。ベストな人数だ。
そんな彼らが私たちを見つけて言った。
「占いだ」
「えぇ、どうですか。占い。女性との出会いから、明日の二日酔いの有無まで当てて差し上げますわ」
赤木さんがすかさず声をかける。
「彼女はタロット、私はこの水晶玉で占って差し上げます」
私もその言葉に被せる。1人がこちらに興味を持ってくれたのか、対面の椅子に腰掛けてくれた。
今日の仕事の始まりだった。
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そう、私は魔法使い。
特になにもすごいことはできない。箒に乗ったり天変地異を起こせるわけでもない。
ただちょっとだけ、人の未来の雰囲気がわかるだけの、どこにでもいる魔法使いだ。
下は近いうちに投稿したいと思います