第二話 生きるのは難しい
主人公にチート能力?
……ありませんよ、そんなもの。
ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから……。
(※ジャンル:ファンタジー)
「あの、いきなり死んだんですけど」
冒険に出て僅か数秒。
転移して即死亡した俺は再び、元の空間へと戻っていた。
ちなみにこの空間の説明を前回省いてしまったが、それは特に説明すべき事がないからだ。
真っ暗闇の空間、そこにいるのは俺と女神の二人だけ。暗闇だけど不思議と物は見える。
はい、説明おしまい。
そんな事よりも、今はこのクソ仕様について文句を言わなければならない。
だが女神はまるで悪びれた様子もなく、言う。
「最弱状態スタートって言ったじゃないですか」
確かに言った。俺も聞いた。
だが物事には限度というものがある。
何より、彼女はライトノベルにおける『最弱』の意味を理解していない。
「ライトノベルにおける最弱とは『最強以上の最強』、あるいは『チート』を意味するはずでしょう!?」
「ああ、ありますよね、そういうの。
最弱なのは最初だけで、何か凄い速度でステータスが伸びたり」
「そうそう、他に召喚された勇者(笑)と違って最初は何の力もなくて王様とかに失望されるんだけど、その後都合よくチート能力が生えて来て勇者(笑)が束になっても勝てないくらい強くなったり!」
「ああいうの、どの辺が最弱なのかって言いたくなりますよね。
異世界では最弱っていう単語はさいきょうと読むんでしょうか」
「いや、全くその通り。最弱名乗るなら、全ステータス0でスキルなしのちょっと小突かれただけで死ぬような弱さになってから名乗ってほしいものですね」
「はい。ですので、貴方はそんな感じです」
「チクショォォォォォ!」
意外と彼女はライトノベルのお約束に精通していた。
分かっていて、あえて俺を本当の意味での最弱にしてくれたらしい。何てこった。
「しかしご安心を。貴方は最弱状態スタートですが、いつまでも最弱ではありません。
最初の段階でいつまでも死んでいてはテストプレイにもなりませんしね」
「つまり、強くなれると?」
「はい。まずはこちらをご覧下さい」
【久地梨 士仁】
クラス:なし
レベル:0
HP:1
MP:0
攻撃力:0
防御力:0
生命力:0
敏捷性:0
知力:0
精神力:0
運の良さ:0
カルマ値:9774
―スキル―
なし
―魔法―
なし
―アイテム―
なし
――装備――
頭:なし
顔:なし
右手:なし
左手:なし
身体:なし
下半身:なし
インナー:なし
足:なし
その他:なし
―所持金―
0
「これはひどい」
これはひどい。
空中に浮かび上がった文字を見て、思わず台詞と心の中で同じ事を言ってしまった。
まさに最弱の名に一切偽りなし。全ステータスがいっそ美しさすら感じる0だ。
HPだけが0ではないが、1じゃ少し突かれただけで死ねる。
「続いてこちらが耐性です」
次に女神が表示したのは耐性というものであった。
そこには『炎耐性』や『氷耐性』などがあるが、いずれも0だ。
いやあの、炎や氷はいいとして『音耐性』0ってどうするんですかねこれ。俺、音聞いただけで死ぬんですか?
『埃耐性』0も酷い。俺は埃を吸っただけで死ぬんですか?
「はい、死にます」
「ははっ、ワロス」
もう笑うしかない。
ライトノベルの主人公ばりの最弱(偽)を期待してたのに、まさかの最弱(真)だ。
今の俺より弱い生き物が真面目に見当たらない。
俺より弱い奴に会いに行きたい。
「さて、この耐性も勿論0のままではありません。見て下さい」
「お?」
女神が指で示した項目を見る。
するとそこには『重力耐性』というものがあり、数字が10となっていた。
0から10……物凄い飛躍だ。
「最初の死にっぷりから考えて、とりあえず10くらい増やしておきました。
これでもう、重力で即死する事はないでしょう」
「なるほど、死ねば死ぬほど耐性が付き、いずれは何も効かなくなるのか!
ちょっと気が遠くなりそうだけど、これならいつかは最強になれる!」
俺はとてもやる気が出て来た。
死ぬのは怖くない。もう既に二回も死んだのだ。
それに、重力の時に分かったが、死ぬときはあんまり痛くない。
多分これは、俺が本気でやる気を失わない為に女神が何かしてくれているのだろう。
ならばいける、届く。
異世界での最強という甘美な頂……! 俺もそこに行けるのだ。
「よし、逝ってくる! 待っていろ、異世界チートライフ!」
「はい、逝ってらっしゃい」
俺は早速、二度目の冒険へと出かけた。
*
異世界へと転移した俺を早速出迎えたのは、憎き重力であった。
しかし重力耐性10を獲得した今の俺を仕留めるほどではない。
身体が重くて全然動かないが、死ぬ気はしない。
やった、俺は重力に打ち勝ったのだ!
しかし……暑い! 何という暑さだ!
いや、これは暑いのではない。熱い! 俺の身体がごうごうと燃えている。
何という事だ。全ての生命の母たる太陽の輝きすら俺の敵なのか。
俺は自分が燃えていくのを実感しながら、死んでしまった。
残念! 俺の冒険はこれで終わってしまった!
――死因その2・太陽光による焼死。
再び異世界へとやってきた俺の身体は以前よりも軽かった。
更なる重力耐性を獲得し、とうとう這って進む事が可能となったらしい。
太陽の熱も、俺を焼き殺すほどではない。
俺はすぐ近くに転がっている圧死した俺の死体と、黒焦げになった俺の死体を見た。
……前の俺の死体、そのまま残るのかよ!
そう思った瞬間、俺の心臓は驚愕の余り鼓動を止めてしまった。
し、しまった……驚くだけでもこの身体は駄目なのか。
俺は意識が遠のき、三体目の死体を町中に放置してしまう事を町の人に申し訳なく思いながら息を引き取った。
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
――死因その3・驚いた事によるショック死。
俺は俺の屍を越え、またもこの世界へとやって来た。
重力耐性は更に上がり、ハイハイで移動する事も出来るだろう。
太陽熱もとりあえず即死する事はなさそうだが、まだ耐性が足りない。
恐らくほんの数分で俺は死んでしまう。
だがその数分の時間すら俺にはないようだ……息を吸い込んだだけで吐血してしまったのだ。
どうやら俺は酸素にすら耐性がないらしい。これは酷い。
俺はこの世界の空気に適応出来ずに、そのまま死んでしまった。
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
――死因その4・呼吸した事による肺の破裂。
「お、俺は転生者、久地梨 士仁だぞ! こんくれえ、何てこたあねえ!
止まらない限り……道は続く!」
何処かのアニメで見た勇気の台詞を口に、俺はまたも転生する。
更なる重力耐性を獲得した俺はとうとう、小鹿のような震える足で立つ事が出来た。
まだ歩ける気はしないが、これは大いなる上達だ。
太陽光は相変わらず熱く、心臓は今にも破裂しそうで、オマケに息をするのもきつい。
しかし、前よりも俺は進んでいる。
前へ……一歩、前へ!
歩んだ瞬間、俺の足は呆気なくへし折れて倒れてしまった。
地面に頭から激突した俺が無論耐えきれるわけがない。俺のHPは1のままなのだ。
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
――死因その5・転倒。
「別に、この世界のラスボスを倒してしまっても構わんのだろう?」
何処かのゲームで見た格好いいセリフを口に、俺は懲りずに異世界へ舞い降りた。
相変わらず熱い。相変わらず息苦しい。
だが俺は歩ける……歩けるのだ。
遂に俺はこの世界へやってきて最初の一歩を踏み出す事が出来た。
更に一歩……もう一歩……。
俺はきっと、この後すぐに死ぬだろう。分かっている。
だが前進出来た事が俺に勇気を与えてくれた。
五歩歩いた所で俺の足は限界を迎え、地面に崩れ落ちた。
身体は太陽光で燃え、肺も既に破裂している。
だが俺の心に恐怖はなかった。大いなる達成感だけがあった。
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
――死因その6・転倒&重力&焼死&肺の破裂&心臓停止
「もう何も恐くない!」
俺はもう最弱ではない。歩ける。太陽にも耐えられる。
歩みは相変わらず遅く、まるでゾンビの歩みだ。
歩く度に足がボキボキいうし、何故か口からは血が溢れる。
だが見ているか、散っていった多くの俺よ。積み重なった六つの死体よ。
俺は前よりも更に進んでいるぞ。
その達成感を胸に、俺は風に吹かれて死んだ。
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
残念! 俺の冒険はここで終わって(ry
残念! 俺の冒険はここで(ry
残念! 俺の冒険は(ry
残念! 俺の(ry
残念! 俺(ry
あれから幾度死んだ事だろう。
呼吸して死に、太陽熱で死に、風に吹かれただけで死に、この世界特有の菌に感染して死に、音を聞いただけで鼓膜が破裂して死に、息を吐いただけで死に……。
だが、それももう終わりだ。この世界に来ると同時に起こる死は全て経験した。
もう俺は何もせずに死ぬことはない。
俺もう歩ける。息を吸える、息を吐ける。
生きているという事がこんなにも素晴らしいとは! 生きているだけで最高さ!
喜びの余りその場でダンスを踊ったが、それがいけなかった。
俺の足は負荷に耐えきれずにボキリとへし折れてしまい、倒れた拍子に地面に頭をぶつけて俺は死んでしまった。
残念! 俺の冒険はここで終わってしまった!
――死因その255・頭をぶつけて死亡。
*
「おや、また戻って来たんですか」
「女神様、生きるって凄い事なんですね」
こちらと向こうと行き来し、文字通り死体の山を築き上げた俺は生きるという事の偉大さを痛感していた。
ただ生きているという事……それが既にチートにも等しい奇跡だと知ったのだ。
自然環境に適応し、呼吸し、歩き、生活する。それだけの当たり前の事をするにも、多くの力が必要だった。
俺はここにきて、ようやくそんな当たり前の事を知ったのだ。
「あ、それとせめて服を下さい。全裸で死ぬのはちょっと……」
そして俺はとりあえず、女神様の慈悲に縋って服を貰う事にした。
ちなみに無限復活は単に女神に送り出されているだけなのでチート能力ではないです。