薔薇と薊
私の名前は星名和花。大学内でも、友達は少なく、充実しているとは言えない生活を送っていた。名前は綺麗だが、顔は普通。
そんな私に昨日、小さな嬉しい出来事があった。
テニスサークルの部長で経済学部の二年。眉目秀麗で温和怜悧。『天は二物を与えず』という言葉は彼に当てはまらないらしい。彼の名前は天野輝。名前の通り、輝かしい人物だ。
そんな彼に話かけてもらえたのだ。
始めは何かの間違いかと思った。だけど、何回も話す内に私は彼とどんどん仲良くなっていた。最初は大学の講義の内容のような話で堅苦しく感じたけど、話すにつれ、趣味の話や家の話などをするようになった。
前から気になっていただけあって、話かけてもらってうれしかった。私みたいな人にも声をかけてくれるなんて、親切なんだと思った。
それからの毎日は色づき、美しく光って見えた。
しかし、そんな幸せも長く続くはずもない。
「ちょっといい?」
「はい?」
ある日、私は彼の女友達の一人に声をかけられた。確か、彼の元彼女だった気がする。
「目障りなのよ。あなた」
顔を醜く歪め、そして続ける。
「彼のような人にあなたは相応しくないの……私のような女じゃないと彼とは合わないの」
あぁ、嫌だ。と私は思う。こんな女がいるなんて、本当に嫌だ。
「彼は私とも仲良くしてくれます。しかも、優しく接してくれます」
「何言ってるの? どうせ、弄んでいるだけよ。あなたみたいに貧乏くさい女を気に入るはずがないじゃない」
私は本当に悲しくなった。涙が出そうになるのをこらえる。
「もう金輪際別れなさい。あの人とは私が結ばれるべきよ」
彼女は私を突き飛ばした。私の持っていた本やプリントが地面に散らばる。私はそれを拾って、次の講義に向かった。
その講義には彼もいた。ふと見渡すと、意地の悪い顔をした彼女もいた。ニヤニヤと笑いながら、彼を指す。
「ねぇ」
と言いながら、私は彼の隣に座った。
「すみません。もう私に関わらないで下さい」
私は必死に声を絞り出した。
本当はこんなこと言いたくない。嫌われたくない。もっと一緒にいたい。
「もしかして、アイツに何か言われたの?」
目線で、彼女を指す。
「……」
私は何も答えられなかった。しかし、彼は俯く私の姿を見て察してくれた。
「心配しなくていい。僕が話をつけてくる」
優しい口調で慰めるようにそう言った。
彼は講義が終わった後、すぐ女友達の元に行った。
彼がそう言ってから、数日後、昨日の女が声をかけてきた。
「この前はすみませんでした」
お前なんかには言いたくないという顔をしている。謝罪を口にしているのだが、察するに彼から謝れと言われたのだろう。申訳ないという気持ちが伝わってこない。
「この前は分不相応なんて、言って本当にすみませんでした」
彼女は目に涙をうっすら浮かべながら、屈辱だと言わんばかりの表情をしている。
そして、彼女は逃げるように走っていった。
さらに数日後、私たちは高級なイタリアンの店にて、スパゲッティを食べていた。
グラスの中には、赤色のワイン。
「……ボロネーゼでございます」
店員さんが注文した料理をもってきてくれた。私はスパゲッティを食べてみる。麺に絡みつくソースがおいしい。ワインを飲むと、ボロネーゼとよく合う。
他愛のない会話をしながら、私たちはどんどん食べていく。私は今か今かとタイミングを図っていた。
私は食べ終わったタイミングを見計らって言った。
「好きです。付き合ってください!」
そう。
告白だ。生まれて初めての告白。
「……」
彼が一瞬、驚いたようにして、黙り込む。だけれども、私は続ける。素直な嘘偽りない気持ちを伝える。もうチャンスはない。
必死に言葉を紡ぎ出す。今、思えばたどたどしい口調だったかもしれない。
「私はあなたが……あなたが大好きです。本当に、本当に大好きです。この気持ちは本当です」
数瞬、テーブルを静寂が支配した。
(やはり、私では駄目だったのか)という不安が私を襲った。(やはり、彼女の方がよかったのでは)
「……参ったな。ありがとう。実は……僕も君が前から気になっていたんだ」
「えっ!?」
「本当はもっと早く言いたかった。けど、女友達が煩くて……言い出せなかったんだ」
彼は頬をポリポリと掻きながら続ける。
「だから、今日、言おうと思ってきたんだ」
私はその言葉に思わず、涙を浮かべてしまう。
彼は鞄から真っ赤な花束を取り出す。
「付き合おう」
五文字と沢山の花と共に送られたプレゼント。
私は若干の嗚咽交じりに言った。
「はい」
彼が渡してくれたのは九本の真っ赤な薔薇。
九本の薔薇の花言葉は……【いつも一緒にいてください】
彼の言葉で私たちは付き合うことになった。
数カ月後、私たちは温泉旅行に行くことになった。
日本海が近く、夕焼けの海が絶景の露天風呂が有名な旅館だ。
私たちは海岸を歩いていた。白い砂浜を踏みながら、私は幸せをかみしめていた。ずっと、このまま時が過ぎていけばいいのにと思った。
「綺麗だね」
「はい」
美しく、夕焼けが海に反射して、海を橙色に染め上げている。夕日はもうすぐ山の向こうへ消えていこうとしていた。
私はその絶景を目に焼き付けると、旅館に戻った。
夕食の最中だった。窓の外から見える雄大な海を楽しみながら、おいしいステーキを味わえると話題なだけあって、私たちは料理も楽しみにしていた。なので、旨いと話題のステーキ料理を注文する。
ステーキを食べようとしていた時だった。彼は言った。
「この旅行が終わったら結婚しよう」
唐突だった。
私は一瞬、驚きのあまりにフォークを落としてしまう。高い金属音が響き渡る。私はクラクラしそうなほどの感覚を感じながら、彼に問う。
「私でいいの?」
「君がいいんだ」
彼は間髪を入れずに答えた。
目頭が熱くなる。
「ありがとう」
彼は私を優しく包み込むように抱きしめた。
夕食を食べ終わり、部屋に戻った。
部屋には、立派な風呂がある。私はお風呂に漬かりながら、今までのことに思いを馳せる。色々と沢山あった。この数カ月間、彼の立派な家に行ったり、私のアパートで遊んだりした。どれも平々凡々な日常の一コマだが、どれも大切な思い出だ。
風呂から出た後、私は白いバスローブを羽織る。すると、机の上にメモが置いてあるのに気づいた。
メモには短く、『寝室で待ってます』と書いてあった。
私は次の展開を予想した。ついにこの時が来たか。
寝室まで行くと、予想通りだった。
何も身にまとっていない彼が立っていた。私もバスローブの白い紐を外す。白い肢体が露わになる。
彼は私をベッドの上に押し倒す。私はベッドの上を這うようにして動き、彼に軽く唇を重ねる。そして、そのまま舌を奪う。
そして、私は布団の中に隠しおいた、あるものを手にとる。
そして、彼を見て、私は嗤う。
「ありがとう」
五文字と一つの花と共に、私は彼にプレゼントを贈る。
そう。【死】を。
私は赤く染まったベッドの上に横たわる彼。私は涙を流す。本当に彼を愛していた。一生を共に過ごしたいと思っていた。
彼の上に一つの花を置く。
赤紫色の薊の花。触れたらチクッとする刺々しいその花。
花言葉は【復讐】……
▼▼▼
「今夜未明、有名ホテルの一室で、若い男女が亡くなっていたのが発見されました。両名とも近くの大学の二年生で旅行に来ていたのだと思われています。警察の調べによると、女が男を刺殺した後、自殺したようです。関係者の証言によると、数時間前まで仲良く夕食を食べていたので、こんなことが起きてしまうなんて思ってもいなかったということです。また、男は三年前、星名夫妻殺害事件の犯人で、刑務所から出たばかりのようです。女は星名夫妻の娘だったことがわかっています。警察は女の復讐劇ではなかったのかと考えているとのことです」