2章 その4
コーネリア様が姫様と対面を果たしていたその頃。
シーリス王国では大変なことが起こりつつありました。
「申し訳ありません王様。少々身柄を拘束させていただきます」
謁見の間に流れ込んできた兵隊たちによって、シーリス王やその場にいた人々は完全に包囲されていました。
取り囲まれているのは王様を始め、宰相、王宮魔術師長、王妃様、近衛兵たち。そして、
――幽玄に揺らめく魔王の影。
一方。取り囲んでいるのはシーリスの正規軍とは異なる武装の兵が十数人。
「こ、この兵はドーベンバーグの上級近衛兵! 何事ですかな!?」
「ドーベンバーグのインペリアル・ガードって、まさか……」
一同の視線が一人に集中します。そこにはシーリス王の正妃であらせられる、セシリア・ゴーク・ドーベンバーグ様がいらっしゃったのでした。
「ど、どういうことですかな、王妃様!? 何故王妃様の私兵が!?」
宰相である老人が、如何にも小心者のように吠えました。
当の王妃様はそれまでずっと顔を伏せて沈黙を保っていたのですが、やがて静かに顔を上げました。
「……皆様、申し訳ありません。今からしばらく、この場所は私の支配下に置かせていただきます。余計な抵抗をなさらなければ何もいたしませんわ」
「どういうつもりなのです! よもや反乱などという――」
「これは世界の平穏を守るための行動です。この地上に魔族の王が存在して良いはずがありません。一刻も早く送り返さんがため、我々はこうして決起したのです」
「―――――――」
それは誰もが理解できながらも、誰もが実行できずにいた理由した。
魔王の存在など認めることはできない。しかし強大な力がなければ侵略者から国を守れない。その矛盾によって、一同は沈黙と諦観を維持することしかできなかったのです。
そんな折、王妃様は世界のために立ち上がりました。
誰がそれを攻められましょうか。恐らく大多数が、心の片隅では安堵している部分もあるのではないでしょうか。
「さあ、王様。早急にその魔族を送り返してください。それは人間の手には余るものです」
「ん~~~~?」
しかし王様の反応は極めて微妙なものでした。何かを考え込んでいたのかと思うと――
突如、にへらと笑いました。
「それは無理だねぇ」
「拒否するというのですか。それならこちらにも考えが――」
「いんにゃ、違うよ? この召喚円は契約が完了しないと消えないんだよ。あるいは術式そのものを考案した人なら消せるかもしれないけど、今はいないしねぇ?」
「あ、あの宮廷魔術師ですね!?」
要するに宮廷魔術師レッカルのことです。
しかし本来あの魔法陣はコーネリア様とレッカルの共同制作です。コーネリア様でも十分に対処できるのですが、それは姫付きの侍女・アイネ以外は誰も知りません。
「何か方法はないのですか!?」
「そ、それは私でもわかりかねます。確かにあれは私めが描いたものですが、術式はレッカルが太古の記述を元に組み立てた、正規のものとは異なる独自の召喚円です。幾ら私でもあれの解除まではできないのです」
詰め寄られた魔術師長が動揺しながら答えました。一国の魔術師長でもわからないことはあるのです。
「……仕方ありませんわね。では最後の手段といきましょう」
王妃様が手を上げて合図をすると、周囲の兵たちが魔王に向かって武器を構えました。
「王妃様!? い、いけません! それは普通の人間が敵うような存在ではないのです!」
「例え敵わなくてもやらなければなりません。我らドーベンバーグの民は勇者の子孫。その誇り高き我らが魔王を前に手を拱くなど、許されることではないのです」
「し、しかし下手に刺激しては本当に世界が滅ぼされかねないのですぞ!」
「そんなことにはなりません。我らはこの数百年、耐魔の技術を延々と磨き続けてきたのです。魔王になど後れは取りません、絶対に」
「―――――――」
言葉が通じない。このような暴挙は絶対に阻止しなければならいのですが、相手は王妃なので実力行使はできません。ではいったいどうすれば――
皆様がそう困惑していると、王妃様は迷いもなく兵たちに命令を下してしまいました。
周囲の兵たちは魔法の詠唱を開始。直後、兵士たちの全身が青白い光に包まれました。
「我が国で開発された魔法です。魔を滅する聖なる光を纏うことで、攻撃と防御を同時に行うことができる魔族退治の最も効果的な手段です」
「お、王妃様!」
兵士たちは一斉に魔王に跳びかかって槍を突き刺しました。魔王は回避も防御もせず、ただ不動のまま槍の穂先を受け入れています。これが普通の状態であったのなら魔王の死は確定していたのかもしれません。しかし――
「―――っ!? あれは!?」
魔王の周囲で漂う赤黒い濃霧。槍はその霧に阻まれ、完全に遮断されていたのでした。
「ど、どういうことですか!? あれは何らかの防壁!?」
「――存在を定着させるために必要な魔力と瘴気の濃縮大気だよ。だからあれがある限り魔王を害することはできないし、魔王が暴れ出す心配もないんだ」
「そ、そうだったのですか!?」
「要するに、無用な心配だったわけだね。魔王はあの魔法陣からは離れられない。世界征服なんて最初から不可能だったんだよ」
「………………………」
自分の決起が無駄だったと知り、茫然自失としている王妃様なのでございました。
こうして王妃様のたった一人の反乱は簡単に終わってしまいました。
世界のため。娘のため――
全てをかけて魔王を倒そうとした努力は、所詮は砂上の楼閣だったのです。
しかし当然ながら、王妃様はまだコーネリア様を救い出すことは諦めていませんでした。
寧ろ今回のことで逆に想いが強くなったぐらいです。
いつしか絶対に取り戻してみせると、決意を滾らせる王妃様なのでございました。