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2章 その2

「こちらでございます。この部屋の主が、これよりコーネリア様にお任せしたいお方です」

 そこは、城の角部屋に当たる、特別に薄暗く不気味な場所でした。

 廊下の突き当りにあるのは物見の塔へと続く真っ暗な入口。何故かこの一帯だけ照明が少なく、まるでこの場所を隠しているような印象を受けました。

 ドアノブに手をかけたタガーは、躊躇いなく扉を開きました。

「失礼します。お客様をお連れいたしました」

 開け放たれて最初に目についたのは、部屋の奥にある天蓋つきのベッドでした。

 豪華に飾り付けられたベッドはかなりの品物で、それだけでもその所有者が重要な人物であることが理解できます。

 ベッドやその周囲に溢れているのは無数の小動物たち。あたかも室内に花が散りばめられているように、鮮やかな色彩で溢れておいででした。そして――

 そんな花畑の中央に、その存在はいたのでした。

「……何じゃ貴様は」

 流れるようにしなやかな銀髪。簡素で機能的な黒いドレス。そして、何を考えているのかわからない冷めた瞳。

 ぽつんとベッドに座った魔族の美少女は、突然現れたコーネリア様の存在に訝しんでいるようでございました。

「姫様。彼女はシーリス王国の第一王女、コーネリア・モントリアス・シーリス様でございます。これより姫様の教育係をお勤めしていただくお方です」

「シーリスの王女? ――それは人間ではないか! 人間に我の教育を任せようというのか!?」

 ある意味予想通り。少女は柳眉を逆立てて憤慨しました。

いきなり自室に見ず知らずの人間を連れてこられては、誰でも戸惑ってしまうことでしょう。しかもその嫌悪の視線から理解できるように、彼女は人間が嫌いなようです。これでは取り乱しても仕方がないのかもしれません。

「人間風情をこの城に連れ込むとは、気が触れたかタガー! 即刻そ奴を摘み出さねば、貴様も我が炎に包まれることになるぞ!」

「――姫様。これは魔王様のご命令でございます。我々の意思は金輪際において反映されるものではありません」

「――くっ。だが例え父上でも我が領域を侵略することまでは許さぬ。我は絶対に理不尽な弾圧に屈したりなどせぬわ」

 何やら理解不能な理屈で父上の命令を拒絶していました。

 よくわかりませんが彼女が嫌がっていることだけは伝わってきます。事情を呑み込めていないコーネリア様は呆然とすることしかできませんでした。

「そもそも何故我が学業など修めねばならぬのだ! 我は何者にも縛られぬ! 学業など不要じゃ!」

「魔王様の娘が何を仰っているのですか。将来立派な魔王になるためにも、知識や礼儀作法は必要でございましょう」

「だから何度も魔王にはならぬと言っておろう! 我は堅っ苦しい為政者よりも、悠々自適な平民として暮らしたいのじゃ! 魔王には叔父上がなればよいではないか!」

「……はぁ、またそのようなことを。テリウス様は関係ありません。魔王の正当な後継者は姫様ただ一人しかいらっしゃらないのです」

「知るかボケナス! 魔王になど、ならぬと言ったらならーぬ!」

 頬を膨らませながら顔を背ける少女。まるで普通の子供のようですが、その会話を聞けば彼女が驚くほど重要人物であることが理解できたでしょう。

「あのぅ……タガーさん。もしかしてこのお方は――」

「ああ失礼、紹介がまだでしたね。このお方こそが我が主にして炎獄魔界の王、ウルカヌス・コーム様の一人娘、メルクリウス・コーム様でいらっしゃいます」

「魔王の……娘……」

 そのあまりにも違和感のある一文に驚きを隠せませんでした。

 魔王の一人娘。この世で最も関連付けが難しいと思えるのは、コーネリア様の偏見なのでしょうか。確かに魔王も生物なので、子供がいるのは不思議ではありません。しかし恐怖の権化とも言える魔王にこれほどまで可愛らしい娘がいるなど、何かの冗談か天変地異の前触れとしか思えなかったのです。

「……何じゃ。人間風情が文句でもあるのか?」

「いえいえ。何でもないですよ、何でも」

 コーネリア様は慌てて取り繕いました。

 幾らなんでも『天変地異の前触れ』扱いをされたら誰でも不快に思うことでしょう。これは彼女の心だけに留めておくことにします。

「あ、そういえばメリス様」

「誰がメリスだ。勝手に人の名を略すな。友達か」

「メリス様は魔王様の跡を継ぎたくはないのですか?」

「我の話を無視するな! あと平然と話を進めるな!」

 コーネリア様のマイペースぶりに、魔族の姫様は思わず声を荒げていました。同じ姫でもここまで個性が異なるのですから、余程生きてきた環境が違うのでしょう。

「まったく何なのじゃ!? 突然現れたと思ったら好き勝手言いおって! 魔王の跡目を継ぎたくないのかじゃと!? そうじゃ! 我は魔王になど微塵もなりたくはないわ!」

「――メリス様」

「だからメリスと呼ぶなと――」

「同じ王位継承権のある者として言わせ頂きますが」

「―――――」

 そのコーネリア様の真剣な声が静かに室内に響きました。

 それまで穏やかだったコーネリア様の様子は一変し、王族の威厳――彼女の本質が全身から滲み出ているようでした。

 その変化に魔族の姫様は、冷や水をかけられたような想いでした。

「な、なんじゃ」

 その迫力に姫様は息をのみ込みます。

 コーネリア様はそんな姫様を静かに見据えて、大真面目な顔でこう述べました。

「勉強なんかしなくても王様にはなれますよ」

「…………………………………は?」

「あの、コーネリア様……?」

 姫様とタガーは理解ができずに呆然としてしまいました。

 コーネリア様は気にせず言葉を続けます。

「王様に勉強なんて必要ありません。国というものは王様一人で動かす訳ではありませんから、優秀な人材さえいれば王様に学力なんていらないんですよ」

「そ、それはちょっと……」

「…………なるほどな」

 狼狽えるタガーに対し、姫様はコーネリア様を鋭い目つきで見つめ返しました。

「要するに、我の抵抗は無意味だと言いたい訳だな。どうせ勉強を拒否しても王権からは逃れられぬ、と」

「…………………」

「はっ! その手を食うか! 我は魔王には成らぬし、勉学にも係わらぬ! 全ては我の自由じゃ! 他人に強要されたところで、確固たる我が意志が曲がることなどないわ!」

 姫様はコーネリア様を見下すように嘲笑しました。そう拒絶することで教師など不要だと主張したかったのでしょう。

しかし、それに対するコーネリア様の反応は何だか微妙なものでした。

「う~ん。私が言いたかったのはそういうことではないのですが」

「ああ?」

「えっとですね。メリス様は魔王に成りたくないとのことですが、魔族であることには誇りを持っておいでなのですよね?」

「当然じゃ」

「では、その頂点に立つことは吝かではないはずですが」

「それとこれとは話は別じゃ。我は自分が魔王の器ではないと考えておる。そんな者が魔王を継いで国を崩壊させるなど、許されることではない」

「………………」

 姫様の言葉を聞き終えて、コーネリア様は納得したように一つ頷きました。そして心からの、まるで花が開くかのような笑顔を作ったのでした。

「メリス様は本当にこの国を愛しておいでなのですね。それ故に、未熟であると実感している己が、偉大なお父様の跡を継げるとは考えていないのでしょう」

「~~~~~~~~~~~っ」

「ですが、貴女に期待している方々がいるのもまた事実。それならそういう方々の期待に応えて、少しずつでも前進する道を歩んでもよろしいのではありませんか?」

「――ダメだ。そういう問題ではないのじゃ」

「…………………………」

 姫様の反応に、またもコーネリア様は頷きました。王位継承権を持つという同じような立場であるだけに、姫様の心情が理解できたのかもしれません。

「……恐らく、メリス様がお抱えになっている問題は私には解決できないものなのでしょう。しかしそれとは関係なく、貴女がこの国で何かを成し遂げたいとお考えなら――」

 一端言葉を区切ったコーネリア様は、自信に溢れた表情を向けました。

「――そのお手伝いぐらいでしたら私にもできるでしょう。何しろ私はそのために魔王様に呼ばれたのですからね」

「貴様……」

「これより私コーネリア・モントリアスは、友人であるメルクリウス・コーム様に、契約が続く限り全身全霊を持って助力いたしましょう。貴女が自らの行く末を定められるよう、共に歩んで行きましょう」

「~~~~~~~~~~」

 コーネリア様の純粋な言葉に、姫様は返す言葉を失っている様子でございました。

 姫様ご自身が物事の裏を考えてしまう性格なだけに、裏表のない言葉には弱いのです。

「わ、我はまだ貴様のことなど認めてはおらん! そもそも貴様はまだ若輩ではないか! 何故、歳もそう離れてはおらぬ人間に物を教わらねばならぬのじゃ!」

「あ~、姫様」

「何じゃ!」

 控えめに声を挿んできたダガーが衝撃の事実を告げてしまいました。

「歳、離れていませんよ?」

「…………は?」

「お二人とも17歳。同い年です」

「………………………………」

「あらまあ」

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 お二人は何やら対照的に驚いていました。


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