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1章 その3

 グリッグ城が構えられたシーリス王国の首都、城塞都市フラドブルグ。

その城壁の外では、嘗てない異色な状況が展開しつつありました。

 巨人が率いる人間の軍隊と、魔物と呼ばれる怪物たちの軍事衝突。しかも魔物は都市を守り、人間側が都市を攻めるという、通常とは全く別の状況なのです。

 千年前に起きた魔王の地上侵略のときでさえも、ここまで事情が入り組んだ闘争はなかったでしょう。

 戦況は魔物たちが若干だけ有利の様でございました。

 幾ら強力な軍隊だとしても、魔物が無限のように湧き出して襲い掛かってくるのでは動揺して統率が取れなくなるのも当然です。しかもその魔物が多少の連携を取っているとなれば、ある意味悪夢のような想いで対面していたことでしょう。

『がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

其処彼処では魔物たちの咆哮が時の声のように響き渡っています。

その声によって人間たちは委縮し、魔物たちの士気は高揚しているようなのです。ここに明確な優劣が生じているのかもしれません。

人間と魔物の集団戦といっても、両軍ともに様々な種族が混在しているようでございました。

まず人間側には、指揮官の巨人を中心として雑兵の人間族の他に、獣人族、有翼人族、竜人族と、神聖王国に侵略された人々が戦力として駆り出されています。

横陣の前列には接近戦闘の得意な騎士たちや獣人たち。中央には翼人たちなどと弓兵。そして最後部には魔導都市の魔道師たち。

さすがにいきなり全軍投入はあり得ないので、この部隊は先遣隊なのでしょうが、その総数は実に数万に及ぶのですから神聖王国の軍は底が知れません。

一方、魔物側にも魔族を中心として多くの種族たちがいるのでした。猛獣、魔獣、龍族、魔法生物と人間側よりも外見に統一感はありません。

そんな魔物側には部隊分けなどなく、ただ乱雑に多種族が入り乱れているだけなのですが、短所を補うような連携が確認されているので優秀な指揮官が存在しているのだと思われます。

両軍揃えてここまで様々な種族が勢揃いすることは滅多にないことでしょう。この場にいるだけで世界の珍生物たちが見物できるのですから、ある意味子供の勉強にはなるのかもしれません。……戦ってさえいなければ、ですが。

優勢である魔物たちの攻撃は実に恐ろしいものでした。

魔族による多彩な攻撃魔法。猛獣による爪牙の猛攻。魔獣の特殊な技能。龍族のブレス攻撃。魔法生物の不思議な行動。それらが嵐のように降り注いでいるのですから、敵対している側にとっては災害に直面しているようなものなのです。

その脅威に徐々に後退の一途を辿っていた神聖王国軍だったのですが、それでもここまで勝ち進んできた百戦錬磨の軍隊です。時間が経過するとともに冷静さを取り戻して、徐々に部隊の隊列は立ち直っていきました。

そうしてまず動いたのは全身を重鎧で包んだ巨人、『神に選ばれし者』でした。彼らは高い知力と判断力を持っておりまして、戦況の変化を読んで的確な指示を与えることができるのです。その統率力があったからこそ、ここまでの快進撃があったのでしょう。

 巨人は右腕を高く上げて何かの合図を行いました。

 すると、上空で戦っていた有翼人たちが一斉に後方へと下がります。その直後、部隊の最後部で準備をしていた弓兵や魔導兵が一斉に遠距離攻撃を始めました。

 矢や魔法の礫は自部隊を越え、尚も数を増やしつつある魔物たちの頭上に降り注ぎます。

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 密集していた魔物たちは回避が出来ずに大規模な被害を出しました。

 魔物たちは正式な軍隊ではないため、指揮系統が存在せず状況の変化に弱いという特徴があります。そのため正面以外からの攻撃には殆ど対応ができないのです。

 さすがは神聖王国軍だけあって、兵糧の貯蔵には枚挙に遑がありませんでした。弓も魔力も尽きることを知らず、魔物の陣地に大規模な血の霧を作りだしました。

 やがて下級の魔物が多かった北側、海岸付近の一部の隊列が崩れ始めると、好機とばかりに神聖王国軍がなだれ込んでいきました。

 煌めく剣。切り裂かれる魔物。勢いづく兵士たち。

 まるで神聖王国の魔物退治のようです。この状況だけ見たら、正義の集団が世界平和のために戦っているように思えたことでしょう。しかし実際は侵略者と、それに対抗するために召喚された国防の兵力たちです。コーネリア様の言うところの、何事も見た目じゃない、ということなのでしょう。

 一角を切り崩した神聖王国軍は、そこから魔物たちの側面に進攻を開始しました。優勢を確信した彼らの勢いに、魔物達が完全に駆逐されるのは時間の問題だと思われました。

しかし、そのときです――

神聖王国軍の後方で異変が起こりました。

岩礁の入り組んだ海岸。その一帯が赤い光に包まれたかと思うと、海の中から海洋系の魔物が大量に現れたのです。

魔魚、魚人族、海竜、さらには幽霊船まで。

それらが水や様々な海産物を武器として、神聖王国軍の背後に襲いかかります。

予期せぬ攻撃に神聖王国軍は激しく混乱いたしました。

奇襲や伏兵は戦況を覆すことがあるほど効果的な戦術です。その海からの襲撃は神聖王国軍に甚大な損害を及ぼしたのでした。

驚愕。恐怖。絶望。断末魔。

それらが同時に入り混じり、戦場は更なる混迷の兆しを見せていました。

各部隊の指揮を執っている巨人たちはなんとか隊列を維持しようとしていましたが、兵士たちの動揺と魔物たちの猛攻は予想以上で隊列は乱れていくばかり。

このままでは敗走もやむを得ない――。

そんな状況において、巨人はある行動を起こしました。

その丸太のような腕を高らかに頭上へ掲げると、一斉に兵隊たちは隊列を変更していきました。横列に展開していた部隊が徐々に一か所に集結していきます。

さすが神聖王国軍と言ったところでしょう。混乱の最中にありましても迅速に対処できるのですから、各部隊の統率精度が高いのでしょう。

隊員たちはそれぞれ既定の位置に移動して一つの陣形を形作りました。

縦陣。東国では長蛇とも呼ばれるその陣形は、全部隊が縦一直線に並んだ突貫専門の陣形です。側面からの攻撃に弱いので、元来は狭い渓谷などで用いられる作戦なのですが、神聖王国軍はこの乱戦になりつつある状況でそのような陣形に変更したのでした。

一歩間違えれば全滅もあり得る。その編成の真意とは――

部隊が定位置につくと、巨人は腕を勢いよく振り下ろしました。

『~~~っ! ~~~~~~~~~っ!』

 とても生物が発する声とは思えない不協和音が戦場に響きます。

 巨人の咆哮。

 恐らく突撃の号令だったのでしょう。その号令に従い、全軍は凄まじい勢いで魔物たちに突進を開始しました。

 兵隊たちは魔物という烏合の衆を蹴散らしながらひたすら前進していきます。

その一糸乱れぬ姿は、まるで一つの生命体のようでした。

 ――さながら魔物を喰らう巨大な竜。

 大きく開かれた口は無数の敵を引き千切り、尽きることのない食欲で一瞬に飲み込んでいくのです。

 やがて――

 竜は城塞都市の門扉にまで到達すると、火炎の息――ではなく、中央に控えていた数百もの魔導兵によって火炎魔法が発射されたのでした。

 炎は一つの凄まじい塊となって門扉に衝突。そのまま木製の城門などいとも容易く破壊。

 ――されるのかと思いきや、扉に触れる寸前に力場が現れて魔法は防がれてしまいました。

 炎が消え去った後には、焦げ目一つない門扉が現れたのでした。

 あの強力な魔法を簡単に防いでしまうとは。神聖王国軍にとって想定外であったに違いありません。魔道師数百人の魔法を防いでしまうなど、事実上あり得えないことなのです。

 魔力を防げるのは魔力だけ。つまり神聖王国軍と同等以上の魔道師兵がいないとあの攻撃を防ぐことは不可能なのですが――

 不測の事態に兵士たちが動揺していると、彼らを嘲笑うかのように更なる異変が起こりました。

 城門の手前。出現した魔法の防壁に文字のようなものが現れると、見る間に円形の模様になり魔法陣を完成させました。

 そして魔法陣は発動を意味する光と魔力を発し、直後に何やら恐ろしい渦のようなものを出現させます。

「―――――――――っ!?」

 渦は徐々に人影のようなものを具現化させ、やがて渦の消失と共にその姿を出現させたのでした。

 それは全身が紫色をした異形の生物でした。全体的には人と魔獣を掛け合わせたような外見をしていて、節くれだった肢体の不気味な怪物です。

 魔族。とりわけ上級魔族と言われるその存在を人間は総じてこう呼びます。

――魔人と。

 現れたそれは地面に降り立つと、身が竦むような大音量の咆哮を上げました。

『グオォォォォォォォォォォォォォ!』

 大気が振動することで、周囲にいた生物の心臓までをも震わせます。

 それにより全員は恐怖を植え付けられ、完全に身動き一つ取れなくなりました。ただの咆哮がそれほどまでの効果をもたらのですから、その魔人は余程異常な存在なのでしょう。

 魔物も委縮して動きを止めていることで、周囲には静寂が訪れました。

 ―――――――――――

あらゆる雑音が消えうせ、咆哮の反響音だけが木霊して消えていきます。

 そうしてしばらく凍結していた戦場ですが、やがてある一人の呟きによって通常の空間を取り戻すことになりました。

 人間の震える声が、静寂を席巻します。

「……まさか、魔王……なのか?」

 その呟きは全員の耳に届き、やがて動揺が波のように広がっていきました。

「そんなバカな……」

「だが、これほどまでの魔物を召喚できるのは魔王しか考えられんぞ……」

「しかし、だとしたら何故シーリスに荷担を?」

 動揺は次第に不安となり、不安は恐怖へと移行していきました。

 それもそのはず。魔王とは地上の民にとって恐怖の対象なのです。千年前に行われた魔王の侵略は歴史に刻まれた忌まわしき過去です。昔からその恐ろしさは語り継がれているため、誰もが魔王と聞いただけで震えあがってしまうのです。

 明らかに神聖王国の兵士たちは戦意を喪失しているようでした。大部分が武器もかまえず、ただ茫然と立ち尽くしているのです。

 やがて部隊の後方で異変が起き始めます。恐らく恐怖に耐えられなくなった数人が逃走を図ったのでしょう。主力部隊のいる最前列でもその混乱は伝わり、徐々に隊列が乱れていきました。

 そのとき、人間達をあざ笑うかのように魔人が動きました。

 まるで鍾乳洞のような巨大な口を更に大きく開くと、口内の奥底に何やら光のようなものを発生させたのです。

――まるで龍族のブレス。

 誰もがその光景を想像した直後、魔人の口から発射されたのは直視できないほどの閃光でした。

 閃光は一瞬にして戦場を包み込み、そして――

「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 大爆発を起こしました。

 どういった能力なのか広範囲に瞬間燃焼を起こし、戦場を火の海に変えてしまったのです。

 燃える人間と魔物たち。周囲は高熱に包まれ、暴風のような風が炎の轟音と共に渦巻いています。

 まさに、悪魔が地上に地獄を作り上げてしまったようでした。

 等の魔人は、炎に囲まれながら獣のような唸り声をあげています。

突如登場した正体不明の魔物。神聖王国軍の兵士たちは魔王の存在を示唆していましたが、まだ魔王を目撃した人間がいないので真実は誰にもわかりません。

 あるいは力の強さだけを引き合いに出すのなら、魔王と何ら遜色はないのかもしれません。

 そんな状況に、生き残った兵士たちは戦場から一目散に逃げて行きました。

 目の前にいるのは一瞬にして広範囲を火の海にしてしまう怪物なのです。この場に留まるということは、すなわち戦場で炭になりつつある亡骸と同じ運命をたどることになります。どのようなに勇敢な人物でも逃げ出したくなるのは当然のことなのでしょう。

 残された魔人は空に向かい獣の雄叫びを発します。衝動の咆哮なのか、勝利の宣言なのか。

魔人は恐ろしい声を周囲に響かせ、自らの存在を主張しているようでした。

これらの出来事により、シーリス王国が魔王と契約したという噂が流れることでしょう。

簡単に攻められなくなったという点において、シーリス王国の思惑通りの結末となったのでございました。




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