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1章 その1

 第一章 魔王



 ――シーリス王国。グリッグ城。謁見の間。

 そこで行われている召喚の儀式は、いよいよ佳境を迎えようとしておりました。

 中央の魔法陣から噴き出しているのは恐ろしいばかりの魔力の渦。あたかも局地的に暴風が訪れたような、そんな非現実的な状況が人々の前で発生していたのです。

 謁見の間には数人の者たちが、儀式の様子を固唾を呑んで窺っておいででした。

 まずこの国の王と王妃であらせられる、サリュート様とセシリア様。

 次いでその娘、コーネリア様と、その専属侍女、アイネ。

 更に国の宰相に、国王付きの上級近衛兵が二人。

 そして最後に、魔法陣の前で召喚の儀を執り行っている筆頭宮廷魔術師の老人。

 その計八名の人たちが、この謁見の間の儀式に参加しておいでなのでございました。

「――――来る!」

暴風の中、誰かの叫び声が妙にはっきりと聞こえました。

 そしてその直後、魔法陣が強烈な閃光を発したのでした。

 それは瞼を貫くほどの光。一同は直視できずに瞳を逸らさずにはいられませんでした。

 そして――

 何とか視界を取り戻して魔法陣を見ると、その上には黒い炎に包まれた『何か』。

 高密度の魔力を纏っているためか高熱に因るためか。その周囲の空間は複雑に歪み、はっきりと姿を確認することができません。

 一同が不安に駆られながら様子を窺っていると、闇の淵から発生したような重低音の声が『何か』から聞こえてきたのでした。

【……我を呼び出したのは何者だ】

 その声に、筆頭宮廷魔術師の老人が慌てて返答します。

「あ……わ、私めでございます。私はこのシーリス王国、宮廷魔術師長のリング・エクスサニアと申します。この度は貴殿にお願いしたきことがございまして、誠に心苦しいのですがこうして態々お呼びしたという次第なのでございます」

 ローブ姿の老人が勇敢にも名乗りを上げました。あの魔法陣自体はコーネリア様と宮廷魔術師が構築したものですが、この場所に描いて召喚の儀式を行ったのはあの老人なのです。

 故に召喚魔法の制約として、契約者の名と目的を告げなくてはなりませんでした。

【……………】

 聞こえていないのか、『何か』は何の反応も示しませんでした。

 仕方がないので老人は話を続けることにします。

「――ごほん。では私たちの願いを申し上げます。我が国は現在、侵略軍の脅威に晒されております。貴殿にはその強大な力で敵を打ち払い、この国に平和を取り戻してほしいのですじゃ」

 老人は恭しく頭を下げました。

 どうやら、その『何か』にこの国の命運を託そうとしているようでございます。

元来、正体不明の『何か』に一国の未来を託すことなど、国策としては絶対にあり得ません。しかし現状のような危機的状況では、藁にもすがろうとするのは仕方がないのかもしれません。その結果どのような損益があるのか、一部の方たちはしっかりと想定しているのでしょう。

 『何か』が静かに喋りだします。

【……一つ、聞いておくべきことがある】

「は、はい。何でございましょうか」

【その願いは、我の素性を理解してのことか】

「それは勿論です。貴殿以外に、この難局を乗り切れる存在はいないと考えております」

【……ふむ】

 『何か』は納得したように一つ頷きました。その素性とやらにどのような意味があるのか、『何か』にとっては重要なことなのかもしれません。

【ならば契約せよ。汝、シーリスの全ての人間どもよ。我、炎獄魔界の王、ウルカヌス・コームの名において全ての願望を叶えんと欲せ】

「え? 魔界の……王?」

 その言葉を聞いて、一部の者たちから動揺の声が上がりました。どうやら大部分の者たちは儀式の真の意味を理解していなかったようでございます。

 その中で、シーリス王と魔術師長、それにコーネリア様は表情を全く変えませんでした。

 その三人は要するに首謀なので、全てを周知しているのだと思われます。ただ一人、宰相だけは酷く怯えていて、詳細を知っていたのかは判別できません。

 そのとき、王妃様が柳眉を逆立てて国王様に詰め寄りました。

「――国王! これは一体どういうことですか!? 魔界の王……魔王ですって!?」

「どういうことって、見ての通り召喚したんだけど」

 興奮している王妃様に対し、国王様は驚くほど平然としておいででした。その温度差はあまりに激しく、食器にひびが入りかねない程でございます。

「この誇り高きシーリスが魔王召喚ですって!? そんなことが許されると思っているのですか!? かの建国王、聖騎士ライナスがどれほどお怒りになられるか――」

「大丈夫だよ~。国の危機を回避するためなら許してくれるって」

「――そんなはずないでしょう! ライナス様は当の魔王と戦った英雄なのですよ!? その英雄の子孫が魔王に助力を求めるなど、許されるはずがありませんわ!」

 王妃様の剣幕には凄まじいものがありました。それもそのはず、王妃様は隣国であるドーベンバーグという古い国の王族出身で、その一族は勇者の子孫だと言われているのです。それだけに魔王に力を借りることが何より我慢できないのでしょう。

 そんな王妃様を見兼ねた首謀者の一人が、静かに進み出ました。

「……お母様。誇りも結構ですが、この国は決して滅びてはならないのです。我が民だけでなく、南部の方々の命運もかかっているのですから」

「そ、それはそうですが、しかし魔王に頼るだなんて――」

「ふふ、大丈夫ですよ。召喚術で呼び出された者は召喚者の意思に反しないようになっていますから。いきなり暴れ出したり、世界を破壊したりなんてしないのです」

「……笑い事じゃありません」

 どうも王様とコーネリア様だけは魔王になんら恐怖の感情を抱いていないようでございました。あるいはこの召喚の儀に間違いがないと信じているのかもしれません。

「とにかく師長様。そのまま契約を進めてください。その魔法陣の術式に問題はありませから」

「そ、そうでございますか……」

 魔術師長は困惑しながら頷きました。

最初から契約する予定だったのですが、彼も王妃様の立場を考えると簡単に続けられなかったのでしょう。

 彼は意を決したように、コーネリア様の指示に従い儀式を再開いたしました。

「では、魔王殿。我、リング・エクスサニアは契約いたします。この国の気高き乙女、コーネリア様のお命を対価に、この国の災厄の全てを悉く打ち払ってくださいませ」

「――――――」

 瞬間、辺りを静寂が包みました。

当然のことです。差し出すと言った対価に、予期せぬ名が登場したのですから。

 最初に正気を取り戻したのは王妃様でいらっしゃいました。

「魔術師長! それはどういうことですか! 事と次第によっては万死に値しますよ!」

「そ、それは国王様のご命令でございまして――」

「あなた!? 何をお考えなのですか! 自分の娘の命を差し出すなど、気でも触れてしまったのですか!?」

 王妃様は国王様に詰め寄り、絞殺さんとばかりに衣服を掴み上げました。

 王妃様の憤慨は当然のことでございます。幾ら国のためとはいえ、実子を差し出すなど邪教の教主でも躊躇うことでしょう。

 しかし、当の国王様は真顔で親指を立てました。

「それが、男というものさ」

「馬鹿なのですか!?」

「まあ、冗談は置いておくとして。国全体を救う程の対価となると、相応のものでなくてはならない。そうすると、それぐらいしかないんだよ」

「他に幾らでもあるでしょう! どこに娘を差し出す親がいますか!」

「いや、ここにいるけど」

「馬鹿なのですか!?」

 完全に話が通じません。元々掴み所のないお方なのですが、このようなときにその性質を発揮しなくてもよろしいのですが。

「そうです! この国には聖剣があるではありませんか! あれを差し出せば――」

「無駄だよ。あれでは、対価に成りえない」

「何故そう言い切れるのですか!?」

 聖剣というのは、嘗て勇者の仲間である聖騎士、ライナス・モントリアス様が魔王を倒した時に使用していたとされる由緒正しき剣のことでございます。国宝の中でもそれ以上に価値のある物は、恐らくこの国には存在していないはずなのですが。

「対価とは因果の比重。その比重が釣り合うものでなくてはならないんだ。重すぎず、軽すぎず。その天秤がどちらに傾いてもいけないんだよ」

 まるで全てを承知しているかのように、国王様は王妃様に説明をいたしました。

【然り。過去の遺物では対価に成りえない】

「ま、まあ確かに過去の遺物ではありますが……」

【我が提示しているのは未来。それこそが国の救済に足り得る対価となる】

「国の……未来」

 そう言われて皆様が思い浮かべたのは、物でも土地でもありませんでした。

国の未来を担い、かつ国と同等の存在意義があるもの、それは――――


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