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序章

 これは一人の魔王と、歴史に記されることのない英雄の物語。







 序章 在りし日に否定されし分岐



 クラン大陸は混乱の最中にありました。

 数か月前から開始されたセイス神聖王国の侵略は、遂にクラン大陸の北半分を支配下に置くまでに至り、更にその進攻を南にまで向けようとしているようございました。

 セイス神聖王国は大陸の最北端に位置する大国です。その寒冷という土地柄、自然から得られる資源が豊富だとは言えませんが、都市を温めるための蒸気機関が発展しているため国力が乏しいというわけではありません。何故大国であるセイス神聖王国が侵略戦争などを始めたのか。本人たち以外が知るところではないのでございましょう。

 そんなセイス神聖王国は、現在ある国の首都に攻め入ろうとしている最中でございました。

 その国の名をシーリス王国といい、クラン大陸を手中に収めるには必ず通らねばならない大陸中央に位置する国です。海と山に囲まれた豊かな土地を持ち、交易の中心となっているため、他国にとって侵略する価値が高いと言えるでしょう。

 現在、シーリス王国の人々は侵略に対抗する手段に頭を悩ませておいででした。

 目下の敵である神聖王国軍は数々の軍事力を吸収している巨大な魔物のようなものです。追い返すことすら難しいという事実は、誰の想像にも難しくないことでありました。

 シーリス王国の首都、城塞都市フラドブルグ。様々な文化が入り混じり、統一性のない建物が建ち並ぶその都市の北西に、勇壮な雰囲気を持つ一つの居城がありました。

 周囲を警戒するため高台に建設されたその城には、監視をするために設えられた見通しの良い場所が幾つかあります。

 その花で溢れた空中庭園のようなテラスもまた、本来は外敵に睨みを利かせるための物見台なのでございましょう。

「こうも様々な種族の方々が集まると壮観なものがありますねー」

 テラスには二人の少女がいらっしゃいました。眼下に広がる平原を眺めているお二人は、どうやら侵略軍を観察しているようでございます。

 一人は高級なドレスに身を包んだ王族と思われる女性。もう一人は給仕服に身を包んだ城使いの侍女。共に十代半ば程の年齢で、侵略軍という狂気の存在を前にしているのは、まさに運命の岐路と向かい合っていることと同義なのでござましょう。

「ひ、姫様! こんな場所にいては危険です! いつ敵の攻撃が始まるかわからないのですよ!? 早くお逃げになってください!」

 興味津々のドレスの女性に対し、侍女が声を荒げながら懇願しています。姫付きの彼女には、使えている主人を守らなければならないという使命があります。故にこのような危険な場所で敵軍を見学している主人をどうにか諌めようとしていたのでございました。しかし――

「ほら、あそこにはルア族の爪牙団がいますよ。あちらにはイカルス騎士団の騎馬隊です。どちらも首都を壊滅させられたと聞きましたが、無事な方々があんなにいたのですね。本当に良かったものです」

 ドレスの女性、シーリス王国の第一王女、コーネリア・モントリアス・シーリス様は平然としながら敵軍を観察していました。

 このような危機的状況にも取り乱していないのは、あるいは現実感が乏しいからかもしれません。さもなければ、国の危機で少しも動揺していないのはおかしなことなのでしょう。

「姫様、そんなこと言っている場合ではありません! すぐにでも城から脱出してもらわないと! このままではシーリスは滅んでしまいます!」

 どうにかこの場から連れ出そうとしているのですが、コーネリア様は一向に動く気配がありません。

「まあまあ落ち着いて。今、謁見の間である手段を講じています。それまで事の成り行きを見守りましょう」

「そんな悠長なことを言っている場合で――」

「慌てても仕方ありませんよ。国の存続は運勢みたいなものです。滅びるときには滅びますし、滅びないときはどんな危機的状況でも滅びません。いま私たちがすべきなのは落ち着いて状況を判断し、国民の方々の生命と財産を守ること。幸い、いち早く皆様の退去は完了しましたから、後は略奪の憂き目に遭わないよう、最善を尽くすだけですね」

「し、しかし王族の方々が存在していなければ意味がないんですよ!? 王族の方々さえご無事であるのなら、いずれは反撃の機会も得られるはずです!」

 彼女からは何としても主人を守りたいという気概が窺い知れました。国を愛する一人の市民として、彼女にも強い信念があるのでしょう。

 しかしコーネリア様の反応はあまりにも淡白でした。

「それは違いますよ、アイネさん。国は全ての国民の方々のものです。王族がいなくても国は成り立ちますが、皆様がいらっしゃらなければ国は存在し得ません。それに一度この都市が陥落してしまえば、次に脅威に晒されるのは南部の土地に暮らす方々なのです。絶対にこの地であの軍勢を押さえねばなりません」

「あ……」

「まあご心配なさらなくてもこの城は大丈夫ですよ。謁見の間で行っているのは私とレッカルが研究していた魔法なのですから。あの程度の兵力なら問題ありません」

「あ、あの程度!? いったい姫様たちの研究って――」

「簡単に言ったら召喚術ですよ。幾重もの契約と制約が必要の、かなり特殊な召喚魔法です。その魔法陣の捜索から解析まで、それはもうすごく大変だったのですから」

 レッカルというのはこのシーリスの宮廷魔術師である青年のことです。とても優秀なお方で、いずれは魔術師の筆頭を任されると噂されている人物なのでございました。

「さ、さすが姫様たちですね。あの軍隊を倒せる魔法だなんて、私には想像もできませんよ」

「あら、違いますよアイネさん」

「何がですか?」

「別に倒すための魔法ではありません。本体の目的はもっと別の、特定のモノに対抗するための手段なのです」

「特定のモノ?」

「そうですね……。貴女は何故、あの神聖王国の軍勢がここまで順調に進行できたのだかわかりますか?」

「それは……兵力とか武力とか……そういうのが凄かったからです、か?」

「ええ。それは勿論そうなのですけれど、大国と言っても僅か数か月で十もある国々を侵略するのは無理です。まあ、想像を絶するような武力でもあれば、別ですけどね」

「では何で……?」

「要するに、その驚くような武力があったんですよ。ほら、ここからでも見えますでしょう?」

コーネリア様は侵略軍の中の数ヵ所を指しました。そこには明らかに人間や亜人たちとは違う、何か異質な存在がはっきりと確認できるのでした。

 ――人間の倍ほどの身長を持つ不気味な人影。

「あれは……。もしかして噂の?」

「そう。神聖王国に現れた『神に選ばれた者』と呼ばれる兵士たちです。アレがここまで短時間の進攻を可能にした最大の要因なのでしょう」

「あれが?」

 あまり侍女には信じられなかったようでござました。それもそのはず、幾ら力を持った巨人であったとしても、その兵力はどう考えても人間数人分ほどで、戦争の大局を決するまでには至らないと思ったからなのです。

 しかし、コーネリア様のお考えはまったく違うようでございました。

「確かに単純な兵力としては驚くほどのものではないのでしょう。しかし私たちが考えている脅威というものは、それとはまた別種のものです。あの巨人兵の恐ろしいところは思考能力。その外見からは考えられない知識と判断力を保有しているということなのです」

「あれが……ですか?」

「人は外見ではない、という良い例ですね」

「そんな問題ではないような気がするんですが……」

「ともかく、恐ろしい存在だということですよ。色々と調査した結果、彼らに対抗するには強い魔力が必要だということがわかりました」

「強い魔力ですか。それが、姫様たちの召喚術だと?」

「その通り。ただの攻撃魔法では、恐らく彼らが身に着けている耐魔性の高い鎧によって防がれてしまいます。それを突破でき、尚且つ決定的なダメージを与えることができる効率の良い方法は、あの召喚術に置いて他にないと考えています」

「はあ……」

 やはり良く理解できない様子でございました。

 召喚術とは、遠方や異界から様々な物を呼び出す魔法のことでございます。しかし幾ら強力な生物を召喚したところで、その存在が使用できる魔法は人間と同じ、魔力か精神力を使用するものしかございません。つまり威力の違いこそあれど、攻撃手段は人間と殆ど同じなのです。

コーネリア様はいったい何を召喚するつもりなのでしょうか。

「……あ。そう言えば、最近そのレッカル様を城内で見かけないのですが、いったいどこへ行ったのですか。この非常事態にも姿を見せませんし」

「レッカルなら私の私用で出かけてもらっています。しばらくは戻らないと思いますよ」

「こんなときにですか?」

「こんなときだからですよ。いま彼にはとても重要な活動をしてもらっています。それこそ成否の如何によって世界の行方が決まってしまうほどの、ですね」

「せ、世界の行方? それはいったい……?」

「なに、そのうち嫌でもわかりますよ。何しろ世界の行方というぐらいですからね。世界に平和と破滅のどちらかが訪れたとき、全ての人々はその真の意味を悟ることになるのです」

「ひ、姫様……?」

「さあ、そろそろ時間です。謁見の間に参りましょう」

 コーネリア様はテラスから城内に向かって歩き出しました。

「あ! ま、待ってください姫様!」

 侍女は慌ててコーネリア様の背中を追いかけました。コーネリア様の足取りは何故か軽やかで、機嫌が良さそうなことが何となく感じられました。

 余程自分たちの術に自身があるのでしょうか。このような危機的状況にも臆することなく、楽観している様子は逆に侍女の不安を煽ります。

 この先に何が待ち受けているのか。とても想像などできず、侍女はただ不安で仕方がありませんでした。




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