マンガ好きなだけの俺は、どうやら賢者らしい
自慢じゃないが俺はマンガ好きだ。
マンガの話をするとキモいオタクだと言われそうで、自分から話題にすることはあまり無いが俺ほどマンガに詳しい奴はそういないとも思っている。
部屋はトビラと押し入れ以外、全ての壁を本棚で埋め尽くし、それでも入り切らない本がダンボールに入って積んである。
勿論、週刊誌も必ず買う。流石に週刊誌を保管していると部屋がすぐ埋まってしまうので、コミック化されていない読み切りなんかだけをPCに保存している。
少女マンガも勿論チェック済みだ。
はっきり言って俺の知らないマンガはない。
そんな変わってはいても珍しくはない、ただのマンガ好きな俺の部屋には時々変わった奴がやって来る。
それは玄関からでも窓からでもなく、部屋の真ん中に突然現れる謎の黒い扉をくぐって。
ある日のこと、いつものようにマンガを読んでいると部屋の真ん中に紫の光で魔方陣が浮かび上がった。
人間っていうもんは驚きを通り越すと案外冷静になるようで「まるで『召喚伝説』の2巻12ページみたいじゃないか」なんて意味のないことを考えていた。
現実逃避なことを考えている俺をほったらかしにして、その魔方陣は中心から真っ黒な扉をニョキニョキと生やしていった。
部屋の天井くらいまで伸びた扉がゆっくりと開いていく。妙に迫力のあるその扉が完全に開ききると、その向こう側には胸のところで手を組んだ女の子が一人で立っていた。その子は肩くらいまで伸ばした金髪に、ふわりとした真っ白なローブ、胸元には金色の鳥が刺繍されている。
「巫女ラサーナ?」
俺は、その女の子の姿があんまりにも俺のお気に入りのマンガ『騎士と巫女』の登場人物、巫女ラサーナに似ているので思わずそう呟いてしまった。
俺の呟きのを聞いた扉の前に立つ女の子は肩をびくりと振るわせるとボロボロと泣き出す。
やばい!マンガのキャラに例えるなんて、もしかしてキモかったか!?
「はい、ラサーナです、賢者様。私は神殿の巫女ラサーナでございます」
俺が目の前の女の子が突然泣き出したことにあたふたしているとその女の子、マンガと同じ名前のラサーナは泣きながらしゃべり出した。
「賢者様、どうか我々の世界をお救いください」
泣いたせいで目が真っ赤になっているラサーナがした話によると扉は別の世界と繋がっている、向こうの世界は魔王に支配されようとしている、神殿の巫女には魔王が現れた時の為に賢者に知恵を授けてもらう魔方陣が伝わっているということを教えてもらった。
ふむ、なるほど。なぜこの世界に現れたのかとうことはわかった。
でもそういうことなら一つ疑問がある。
「俺、別に賢者とかじゃないんだけど…」
「いいえ!あなたは賢者様です!」
俺の言葉を食い気味にラサーナが返してきた。
「あなたが賢者様でないというなら、私たちはどうすれば良いのですか!?このままでは…、このままでは私たちの世界は、セドリア国はどうなってしまうのです!」
目をギラギラさせたラサーナが語気を強める。気持ちはわかる。切羽詰まった彼女にとって、扉をくぐってここに来たのは、おそらく最後の手段だったのだろう。
なんとかしてやりたい気持ちはあるが、俺には誰かを助ける力なんて無い。
世界を守るなんて、ましてや彼女が守りたいと叫ぶセドリアを守る力なんて。
ん?セドリア?
「あのさ、もしかして君の言うセドリアって国、もしかして王様の名前カザスだったりしない?あと、魔王が最初に現れた村ってフィスタルだったりして…」
俺の言葉を聞いたラサーナが扉を越えて、俺の肩を掴んできた。
「やっぱり!やっぱりあなたは賢者様なのですね!お願いします賢者様、どうか魔王を倒す方法を教えてください!」
何度も言うが、別に俺は賢者じゃない。ただ目の前にいるラサーナのする話があまりにもマンガ『騎士と巫女』のストーリーに似ているのでついついきいてしまっただけだ。
「別に君を救う手段を知っているわけじゃない。ただ俺の持ってるマンガの話に凄く似てたからつい言っちゃっただけだよ。」
「あぁ、まさに伝承の通りでございます。私たちの世界の古い書物には、賢者様は異世界の書物『マンガ』を読み解いて私たちに正しい道を指し示してくれると記してありました。賢者様、どうか私に『マンガ』の知識をお教えください!」
俺の肩を掴んだままのラサーナが興奮して体を揺するので、俺の首がガクガクと揺れる。このままではムチウチになりそうだ。
「俺の『マンガ』の話がききたいってんなら、そりゃいくらでも話すけど」
ラサーナを落ち着かせようと思ってい言った言葉に更に体を揺する力を強くして、是非、お願いします!と元気な声でラサーナが返してきた。俺は首を揺すられながら『騎士と巫女』の話を導入から最終回まで全部話してあげた。勿論巫女ラサーナの活躍も含めて全部。
俺の話をラサーナは真剣な顔できいてくれていた。
魔王の影響で事件の起こる村の名前や、魔王を倒す為の聖剣の場所は特に真剣にきいていたように思う。
あまりにもラサーナが真剣に話をきいてくれるのでついつい興奮してきた俺は『騎士と巫女』のエンディングの考察、もし俺があの世界にいたらなど思う存分に話してしまった。話終わって、興奮して話している俺を真剣な目で見つめるラサーナに気がついて俺は急に体の温度が冷えた。
やばい!オタクトークが過ぎたか!もしやキモがられてはしないか…。
そんな風に勝手に焦っていると、ラサーナが俺に向かって深々と頭を下げてきた。
「賢者様、ありがとうございます。賢者様のお言葉で私たちの世界は再び平和を取り戻せそうです。まさか、魔王を倒すための聖剣があの山に封印されていたなんて…」
彼女がなぜ喜んでいるのか正確にはわからないが、少なくとも俺の話を迷惑にはなっていないようだ。
「よくわからないんだけど、俺の話が役に立ったってことだよね?」
「勿論でございます賢者様、この度は私どもの世界の問題を解決する知識を与えていただき、まことにありがとうございます」
ラサーナはこっちに深々と頭を下げたあとまっすぐこっちを見つめてくる。
「賢者様、愚かな私たちはいずれまた賢者様の知識をお借りする日がくるかもしれません。その時にはまた、お力を貸して頂けませんでしょうか?」
はっきり言って迷惑だ。こいつらが今日みたいに好き勝手俺の部屋に現れたら俺のプライバシーは皆無と言って良い。
それでも…。
「まぁ、別に良いけど」
俺の言葉に、ほっとした顔をしたラサーナは一礼すると再び謎の扉をくぐって帰っていった。
一人残された俺はさっきまでの不思議な体験をボンヤリと思い出す。
もしかしたら俺が来るなと言えば、連中は二度と現れなかったのかもしれない。
もしかしたら、ここに現れた理由は俺でなくこの部屋が原因で、引っ越してみれば二度と会うことは無いのかもしれない。
それでも、俺はそうする気にはなれなかった。
自分の好きなマンガの話を熱心に聞いてくれる珍客を、俺は腹の底まで突き放す気になれなかったのだった。