だからごめん
「ごめん。だからオレん家が急に魔界になっちゃって大変なわけ」
オレはスマホに向かってガナり続けた。
「え? 声がでかい? だって周りがうるさすぎるからさ――。あー、そっちまでは聞こえてないんだ。たぶん発動条件があるんだな。いやいや、寝ぼけてんじゃなくて、マジで大変なんだって。なんか異形っつか、見たこともないダラダラどろどろ系のやつがウチん中素足で歩いてたり……って、そこのマジダラダラどろどろ系のヤツ! あとでちゃんと床拭いとけよ。あ、雑巾はそっち。洗面所にあるから、――そうそう。いや、ちがうって、女連れ込んでんじゃなくて。オレがモテないこと千奈美もよく知ってんだろ? あっそ。あんまりあっさりうなづかないでよ。じゃあ、今日は差し入れいらないから。いつも気遣いサンキューな。じゃ」
オレはスマホを切って、「さて」と混沌とした世界に向き直った。
覚悟していたとはいえ、思わず「うわぁ」と声がもれる。
「逃げ出してぇ」
「それなら、いい場所があるますよ。(旧)魔界なんていかがでしょう?」
ボテ腹の失敗したゆるキャラみたいなヤツがオレの目の前で小さい羽を羽ばたかせながら言う。
「それでオレも魔物になるの?」
「はい」
「いやだなぁ。それはとってもイヤだなぁ。いったいぜんたい君たちのフォルムを見て魔物になりたいと思うヤツがいると思う神経が許せないよ」
「ワタクシはあなたの神経が許せません。ワタクシはあなたのその物言いに傷つきましたよ」
「じゃあ、ウチから出て行けば?」
「それはワタクシの信条に反します」
「ねえ、信条ってなに? おい、おーい! 逃げるな、チビデブドラゴン。ちっ、逃げやがった。うん? ダラダラどろどろ系のやつ、お前雑巾がけもまともにできないのか。汚れた床を拭くときはまず雑巾を濡らして搾ってから拭くの。乾いた雑巾で汚れを拭いたって汚れを広げるだけじゃん。っていうか、お前くさくね? 超汚ねぇし。まずシャワー浴びろよ。雑巾がけはオレがやっとくから。ったく、なんでオレがこんなことを」
うなだれて、ため息をつきながら床を拭いていると、その背中になにかが乗っかってきた。こどもの魔物たちがふざけて乗ってきたのだ。振り落とすと「きゃっきゃっ」と喜んでまた乗ってくる。
「あのぉ、おにいさんは超忙しくて君たちとあそんでる暇はないんだけど。こどもだから聞いてねぇし。ってか重い。いやいやいや、君の体格はこどもっていうレベルじゃないからマジやめて」
ほうほうのていでこどもデカ魔物たちの下から逃げ出して、ようやく騒ぎの元凶がいる二階に向かう。