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性分ではありません  作者: 紫音
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第52話

「……それで本日は何のご用でしょうか?」

「……不味い事をした事は理解したからその笑顔は止めてくれないか?」


ヴィンセント様の腕を引っ張って畑の中から引っ張り出すと満面の笑みを浮かべて聞きます。

私の笑顔にヴィンセント様は謝罪をなさってくださるのですがなぜ私が怒っているかはまったく理解してなさそうです。


……仕方ありませんね。


色々な知識を持っておられても直接、土いじりなどするような方ではありません。

そんな方に私が怒っても仕方ないのですが非難の意味を込めてわざとらしいくらいに大きなため息を吐いて見せます。

ため息の意味をすぐに理解されたようでヴィンセント様は苦笑いを浮かべながら頭を下げてくれました。


「本日は何のご用でしょうか?」

「まあ、特に用と言うわけでもなかったんだが……」


イルムが用意した紅茶を1口飲んで気持ちを落ち着けた後、改めて、ヴィンセント様の訪問の理由を聞きます。

ヴィンセント様は領民達の様子を眺めながら返事をしてくださりますがその言葉からは訪問にはあまり意味がなさそうにも聞こえ、眉間にしわが寄ってしまいました。


「ルディア嬢、機嫌が悪そうだな」

「誰のせいでしょうかね」


私の顔を見て、ヴィンセント様はくすりと笑うのですがため息しか出てきません。

本当に何をしにこられたかわからないためか眉間のしわは深くなってしまうのですがヴィンセント様のペースに巻き込まれてしまってはお話にもなりません。


「ご用がないのでしたら、お帰り下さい」

「別に用がないわけでもないんだ」


用がないのでしたら早く帰ってくれないかと言うとヴィンセント様は今度は用があると言うのです。

適当な事を言わないで欲しいと目を細めてみると何かあるのかヴィンセント様は頭をかき始めました。

その様子に疑いの視線を向けるとヴィンセント様は疑うなと言いたげに両手を上げて見せます。


「いろいろと迷惑をかけたから、息抜きに誘いに来たはずだったんだがルディア嬢は自分で気分転換をしていたようだからな」

「そ、そうですか……このお菓子、美味しいですね」


ヴィンセント様が私を気づかいに来たと言った事に驚きの声を上げてしまいました。

そんな私を見て、ヴィンセント様はニヤニヤと口元を緩ませます……凄く、面白くありません。

気分を落ち着けようとテーブルに並べてあった焼き菓子を口に運びます。口の中に広がる甘味に頬が緩んでしまいました。


「……どうかしましたか?」

「お嬢様、そのお菓子はヴィンセント様のお土産です」


焼き菓子を食べる私を見てニヤニヤと笑うヴィンセント様の様子に綻んだはずの表情がまた険しくなってしまいます。

不快感を表に隠す事無く、ヴィンセント様に声をかけた時、側に控えていたイルムから焼き菓子の出所が教えられました。

その言葉に焼き菓子とヴィンセント様の顔を交互に見てしまいます。


「気に入って貰えたようで何よりだ。今度、城に来る時には用意させて置こう」

「……お気づかいありがとうございます」


ニヤニヤと笑うヴィンセント様の様子になぜか負けた気がしてしまいます。

それでもお礼を言わないわけにはいかず、頭を下げるのですが納得が行きません。


「お嬢様、お礼を言われるのでしたら、眉間にしわを寄せるのはお止めください。マージナル家ご令嬢として恥じない行動をお取りください」

「そうですね……ヴィンセント様、お気づかいありがとうございます」


自分でも察していましたが私の態度は悪かったようでイルムは苦言を呈してくれます。

確かにその通りであり、ヴィンセント様も曲がりなりにもこの国の次期皇帝様なのです。

1臣下の娘である私がおかしな事をするわけにはいきません。

姿勢を正して笑顔を作り、改めて、お礼の言葉を言うのですがヴィンセント様はなぜかため息を吐くのです。


「……ルディア嬢が殊勝な態度をとると不気味だな」

「どう言う事でしょうか?」


まるでらしくないと言いたげなヴィンセント様の様子にせっかく作った笑顔が小さく歪むのがわかります。

それでも何とか作り笑顔を保持したまま、意味を聞き返すとヴィンセント様は楽しそうに口角を上げました。


「いや、まったくらしくない。違和感がある。最初の文句ありそうな表情の方がルディア嬢らしい」

「……ヴィンセント様はここに来た目的をお忘れのようですね」


更に追い打ちをかけてくるかのように言うヴィンセント様の言葉に額に青筋が浮かび上がってくるのですが彼はそんな私の様子が楽しいようで口元を緩ませているのです。

アリシア様の難題に付き合わされた事への慰労のために足を運んだと言う割には私を労うつもりなどまったくなさそうな態度に眉間にしわが寄ります。

気づかってくれていると言うのであればお土産だけ置いてお城に帰っていただきたい物です。


「忘れてはいないが俺が何かやるような事もないようだからな」

「それで意地の悪い事を言うのもどうかと思いますけど」

「それは悪かった」


領民達を眺めながら何もやる事がないと言うヴィンセント様の様子にため息しか出てきません。

ため息が聞こえたようですがヴィンセント様は私へと視線を向ける事無く、謝罪されます。


「謝るのでしたら言わなければよろしいかと」

「これは手痛いな」


イルムは空になっていたヴィンセント様のカップに紅茶を注ぐとまっすぐな瞳で言います。

本来ならば次期皇帝のヴィンセント様に1臣下の侍女である彼女が進言など出来るはずはないのですが彼は気にするような素振りを見せることはありません。


「せっかく、ヴィンセント様がお嬢様を気づかってくださるのですからお誘いを受けてはどうでしょうか?」

「はい? ……イルム、何を言っているんですか?」


ヴィンセント様を見ていたはずのイルムは振り返ると今度は私の目をまっすぐに見て言います。

彼女の言葉に意味がわからずに聞き返してしまいます。

なぜ、私がヴィンセント様の誘いを受けないといけないのでしょうか? 私にとって気分転換は土いじり以外にはありません。

それ以外に存在しないのです。


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