第49話
「私はそれもサーシャ様の才能だとは思いますけど、私は持ち得ていない才能ですし、手綱を引く者が優秀なら有益に扱えるのではないでしょうか? ヴィンセント様ならお上手にサーシャ様を扱えると思いますけど」
「……何度も言わせるな。俺はあの娘だけは遠慮する。ルディア嬢はなぜ、俺にサーシャ嬢を推しつけようとする?」
サーシャ様に嫌悪感を抱いているヴィンセント様に向かい、微笑みながら彼女の事を推します。
ただ、ヴィンセント様は私の笑顔に何か裏があると判断したようで怪訝そうな表情をされます……まったく失礼な話です。
「なぜ、疑うのですか?」
「……誰の目から見ても明らかだろう?」
他意などないと笑って見せるのですが、ヴィンセント様には私の考えなどお見通しのようで眉間にしわを寄せています。
……そう簡単にはいきませんね。まあ、押し付けられるとは思ってはいませんでしたけどね。
「そんな事はありません」
「……どうせ、サーシャ嬢を俺に推し付ければ自分が解放されると思っているのだろう。まあ良い。この話はこれで終わりだ」
一先ず、これ以上、ヴィンセント様に不快な思いをさせて反撃をされても困りますからこの話はここまでにしましょう。
話を切り上げようとするとヴィンセント様はふうと小さく息を吐かれます。
息を吐かれたヴィンセント様は表情を引き締め直します。どうやら、疑ってはいますが話を切り替えてくださるようです。
「……それで、サーシャ嬢やラティート嬢の協力を得られた事で中庭の件はどうにかなりそうなのか?」
「報告書でも報告した通り、お2人のご協力のおかげで着々と進んでおりますわ」
報告済みの件であり、特にお話しする事もなく、笑って返事をするとヴィンセント様は私の顔をじっと見ます。
その様子からは私の表情から嘘がないかを確認されている事がわかりますのでにっこりと笑って見せます。
「着々と進んでいるとは言うが、協力を要請している者達が多くなりすぎて選別が大変になってきているのだろう?」
「確かにそれはありますね」
協力者が増えている事への弊害はヴィンセント様には気が付かれており、彼は小さくため息を漏らした。
元々、協力者が増えれば起こりうる事だと考えていたため、特に気にする事ではありませんがアリシア様からのご依頼のため、おかしな人達に協力させるわけにはいきません。
最初の中庭に植える草花の選別はすでに終えておりますから、問題はありませんが協力者を自称してマージナル侯爵家の名を使われてはたまった物ではありません。
「……手は足りるか?」
「心配なさってくださるのですか?」
ヴィンセント様も問題には気が付かれているようであり、眉間にしわを寄せられます。
今度は私が彼の表情から何を企んでいるか見極めるための時間のようです。
実際、私がしくじればアリシア様やヴィンセント様の問題にもなりそうですからね。
ただ、らしくはないと言う意味合いも込めて、くすくすと笑って見せると彼の眉間のしわは深くなってしまいました。
「……そうではないが」
「元々、1度目の手入れで協力をお願いしようとした方達の背景は調べてありますので時間はありますから問題はないでしょう……1番の問題はユミール伯爵ですから」
視線をそらしてしまうヴィンセント様の様子を眺めながら問題はないと言いかけるのですがそうでもありませんでした。
なぜ、私がこのような事で頭を悩ませないといけないのか納得はいきませんが原因が私にあると言われても仕方ないと言う面もあります。
「ルディア嬢としてはレグルス殿とラティート嬢が婚約する事は悪い事だと思うのか?」
「悪いとは言いません。それに私がとやかく言う事ではないと思います……どうかしましたか?」
ヴィンセント様からの質問に少し考えてみるのですが答えは出てきません。
そのため、本人同士の問題だと言ってみるのですがヴィンセント様は私の顔を見て、小さく口元を緩ませます。
彼の表情の変化に少しだけイライラとしてくるのですがそんな私を見てもヴィンセント様は楽しそうです。
「口ではそうは言っても面白くなさそうだが」
「……何をおっしゃっているのですか? 何度も私は言っていますが本人同士の問題ですので私には関係ありません。それより、そのようなお話をするためにこんなところまでわざわざ足を運んだのですか?」
あまりからかわれているのも面白くありませんのでこのお話はここで終わりです。
用がないのでしたら帰っていただきたいと言う嫌味を込めてみます。
私の言葉にヴィンセント様はまだ帰るわけにもいかないのか降参だと言いたげに両手を上げました。
「悪かった。ルディア嬢がサーシャ嬢を推し付けようと嫌がらせをしてくるから、少し嫌がらせで返してしまった」
「その件に関して言えば嫌がらせのつもりはございませんが、貴族間の駆け引きなどは私よりもサーシャ様の方がお得意でしょうし」
確かに人間的にどうかとは思う点もいくつかございますが彼女は彼女で貴族の令嬢としては間違っておりません。
私が変わり者なのです。それに個人の好き嫌いで伴侶を選べるような立場ではない事はヴィンセント様もご理解されているはずです。
ですから、私はサーシャ様を推しているのであって、次期皇帝妃など面倒事は遠慮したいと思っているわけでは決してありません。
「確かにその面はあるが……サーシャ殿やラグレット侯爵はいろいろとやり過ぎた感があるからな。心象が良くないのだよ。それに個人的にあのような騒がしい娘は苦手だ」
「騒がしい娘は苦手ですか?」
立場的にはラグレット侯爵家との繋がりが必要だとはヴィンセント様達も考えてはおられるようですがラグレット侯爵家は昔からいろいろと世間を騒がしているため、すでに次期皇帝妃候補から排除されているようです。
その事にヴィンセント様自身もほっとしているようであり、小さく表情を緩められました。
「元々、騒がしい場所も苦手なんだ。だから、マージナル侯爵領は居心地が良い」
「……休憩のために立ち寄らないでいただけますか? ヴィンセント様がいらっしゃると家の者達が気を使いますので」
どうやら、報告書の確認とは口先だけで完全に休憩にいらしたようでした。
まったく、忙しいのですから邪魔しないでいただきたいです。




