第42話
「……難しいですわね。この中から王城の中庭に栄える物を探さないといけないなんて重労働ですわ」
「お嬢様、ヴィンセント様がお見えになりました」
「私は忙しいので追い返してください」
学園の図書室で植物に関係する学術書や研究書の多くをマージナル侯爵家の名前を使って徴収しました。
まあ、文句が多少出るかも知れませんがその辺はどうやらアリシア様からすでに通達が出ていたようで特に表向きは波風など立ちませんでした。
後でいろいろと文句なり、悪評なりが立ちそうですが元々、図書館の利用者は少ないのですからあまり実害はないでしょう。
領地を回り、土いじりをしたいところですがアリシア様からのお願いの方が優先だと追い返されるでしょうし、屋敷の書斎にこもります。
書斎ですぐに借りてきた本を開いて王城の中庭にも栄える花で冷害に強いものを探します。
探していたのですが……すぐに邪魔が入ります。
イルムがヴィンセント様の来訪を教えにくるのですが、現状、彼の相手をしているヒマなどありません。
即答で拒否をするとイルムは眉間にしわを寄せるのですが、私は忙しいのです。
「……お嬢様、さすがにヴィンセント様を追い返すのは問題があると思います」
「そう。それなら、私は留守だと伝えて」
「お嬢様、何を言っているのですか。すでにこのお屋敷の使用人、マージナル侯爵家の領民はすべてお嬢様とヴィンセント様の事を生温かい目で見ているのですよ。居留守など使えるわけがございません」
イルムはため息交じりで追い返す事など無理と言います。むう……それならばまだ屋敷に戻ってきていない事にすれば良い。
良い考えが思いついたと思い、イルムに伝えるのですがすでに私は屋敷の使用人だけではなく、領民達にまで売られています。
……なぜ、ここまで私とヴィンセント様をそのような関係にしたがるのでしょうか? 私は彼らに嫌われるような事をしていたのでしょうか?
領民達からの嫌がらせにため息が漏れてしまいます。
「お嬢様が愛されているからですよ」
「……イルム、意味がわかりません」
「お嬢様が意味を解る必要はないのです。私達が解っていれば、それではヴィンセント様をお連れします」
それなのにイルムには呆れたと言いたげな深いため息を吐かれてしまいます。
ため息には悪意が混じっているようにも見えたため、追及しようとするのですが彼女は1度、頭を下げた後、私の制止を聞く事無く、ヴィンセント様を呼びに書斎を出て行ってしまいます。
まったく……まあ、ヴィンセント様は身分を隠して国内を歩き回っていますから、冷害に強い植物を知っているはずです。
作物の事は以前に聞きましたが観賞用の花についてか聞いていませんでしたし、役に立つかも知れませんし。
「忙しそうだな」
「見ての通りです。ヴィンセント様はずいぶんとおヒマそうですね」
イルムが書斎を出て行ってからしばらくして、彼女がヴィンセント様を連れて戻って来ます。
ヴィンセント様は私の様子を見て言うのですが……誰のせいだと思っているのでしょう。ヴィンセント様がこれまでに婚約者を連れてきてアリシア様を安心させていれば私が目を付けられる事はなかったはずです。
……中庭の管理だけは回ってきて欲しかったですが。
そのため、私の相手をしているヒマがあるのでしたら婚約者でも探してきてくださいと嫌味を込めて返す。
言葉の意味は解っているようでヴィンセント様は小さく肩を落とした後、私の向かいに座ると机に重なっている本を手に取り、真剣な表情をしてめくり始めます。
本をめくって行くヴィンセント様は何かを言うわけでもなく、真剣な表情をしたままです。これは真面目に手伝いに来たのではないかと考え直し、私も遊んではいられないと調べ物を再開します。
「……いろいろと難しいですね。王城の中庭でも栄える物を探すと言うのは大変ですわね」
マージナル侯爵家領内でも観賞用の花を育ててはいます。ただ、それは販売目的の部分が多く、冷害に強くなおかつマージナル侯爵家領内の土でよく育つ物を選んでいました。
ある種、領内の者達の生活を豊かにするべきものであり、今回のアリシア様の希望に沿う物ではありません。
王城の中庭と言えば権力の象徴であり、情けない状態にしていては皇帝陛下の力が低下していると思われ、反意を抱かれる可能性も出てくるのです。
改めて、難題を抱えてしまった事にため息が漏れてしまいます。
それでも、受けてしまったのですから全力を尽くさなければいけません。
「ルディア嬢、マージナル家領内で育てている花ではダメなのか? 観賞用として売っているとも聞いているぞ」
「……候補ではありますが、王城の中庭なのです。数種類では見栄えも悪いでしょう。それに季節の移り変わりを考えなければいけないのです」
「そんな物か?」
そんな中、ヴィンセント様は調べ物に飽きたのか、目の前にある答えに飛びつこうとされます。
確かにそれを私も考えなかったわけではありません。販売目的でありますから王城の中庭と同じ物が売られていれば多くの者達が買い求めるようにもなるでしょう。
ただ、同じ植物を同じ土地だけで育てるのはあまり良くないと言う話を聞いた事があります。それに王城の中庭を彩るのですから季節によって様々な花を咲かせなければ行きません。
現状、マージナル家領内で育てている物を植えて中庭を作ってもすぐに枯れてしまっては意味などありません。
そんな事も考えられないヴィンセント様にため息が漏れてしまいます。ただ、ヴィンセント様は深く考えておられなかったようで首を傾げられます。
「お嬢様、殿方はあまりこのような物に興味をお持ちになりませんので」
「そうだとしてもです……ヴィンセント様に今まで浮いたお話がなかったのはその辺りの事を理解していなかったせいではありませんか?」
男性から見れば中庭を彩る花々は興味の薄い物かも知れませんが身分や年齢にかかわらず、多くの女性は花を愛でる事を楽しんでいるのです。
そのような乙女心がわからないのは殿方として評価を下げなければならないとため息を吐いて見せるとヴィンセント様は納得がいかないのか眉間に深いしわを寄せます。
本年の『性分ではありません』の投稿は最後となります。
お付き合いいただき、真にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
また、ファンタジージャンルで新作を1本書き始めました。
『営業中、ただしメシマズ』と言う題名で三人称で書かせていただいています。
こちらの作品とは多少、色が異なりますがこちらもご覧いただければ幸いです。
それではみなさん、良いお年を。




