第38話
……しかし、この状況は何なのでしょうね? 早く帰って、雑草取りの1つでもしたいのですけど。
日和見を決めたわけですがアリシア様とヴィンセント様は無言で睨み合いを繰り広げています。
母子でこのような睨み合いをするのでしたら、私を呼ぶ前にお2人で済ませて置いてくだされば良いのに。
完全に場違いな状況に居心地は良くないのですがアリシア様からのお呼び出しのため、早々に帰るわけには行きません。
「……どうして、ルディア嬢をこんなところまで呼びつけたのですか?」
「ヴィンセント、あなたは私がなぜ、ルディアさんを呼んだのか、本当にわからないのですか?」
先に口を開いたのはヴィンセント様でした。
しかし、アリシア様がにっこりと笑って見せるとヴィンセント様は言葉を飲んでしまいます。
……当てにならない援軍ですね。
完全に威圧されているヴィンセント様の様子にため息が漏れそうになりますがアリシア様の前でそのような事をするわけには行きません。
ただ、言葉から察するにやはりそういう事なのでしょうか?
考えられる事が1つしかないため、身構えてしまいます。それを気付かれてしまったのかアリシア様は私の方を見てにっこりと笑う。
……この流れは良くありません。胡散臭くて曲者のヴィンセント様を手玉に取るアリシア様です。正直、受け身では勝てる気がしません。
何とか攻勢に立とうとするのですがすぐに良い案など浮かびません。
「イルムさんと言いましたか?」
「はい」
……なぜ?
私の頭が対策案を弾きだそうと目まぐるしく動き出したすぐそばでアリシア様はなぜかイルムを呼びます。
理解できないアリシア様の行動に動き出していたはずの私の頭は止まってしまいます。
そして、それがアリシア様の手の内だった事は彼女の表情を見てすぐにわかりました。アリシア様は私の顔を見て、にっこりと笑っているのです。
「イルムさん、ルディアさんのお婿さん探しは大変でしょうね。『いろいろ』とお噂もありますし」
「そうですね。私もこんなおかしなお嬢様を貰ってくれる方がいるか、とても心配です」
「そうですね。マージナル家当主もかなり心配しているようですしね」
……イルム、裏切りましたね。そして、侍女を連れてきても良いと言った理由は侍女を味方に付けるためですか。そこは考えていませんでした迂闊でした。
いろいろと強調されるくらいにおかしな事はしていないはずなのですが長年、私に仕えてきてくれていたイルムにはいろいろに心当たりがあるようで完全にアリシア様に同調しています。
その様子にアリシア様がイルムを味方に引き込むだけではなく、他にも何か策を弄している可能性は充分に考えられます。このままでは不味い事になります。
それにアリシア様の口ぶりではすでにお父様も懐柔されているように聞こえてしまいます。
「……ルディア嬢、このままでは不味いぞ。マージナル家当主もすでに懐柔されていそうだ」
「そうですね……何かないのですか? ヴィンセント様のお母様でしょう」
完全にイルムと盛り上がっているアリシア様の様子を見て、ヴィンセント様が声をかけてきます。彼も私と同様に先ほどの話を聞いてすでに魔の手がお父様にまで伸ばされている事を察知してくれたようです。
しかし、彼も私と同様に明確な作戦は見つかっていないようでその表情には焦りの色が見えます。
「ずいぶんと仲がよろしいようですね」
「……そんな事はありません。母上、あまり、おかしな事を言うのは止めていただきたい。ルディア嬢に失礼でしょう」
……アリシア様の目からは逃れられないのでしょうか? イルムとの話に夢中になっておられたと思っていたのですがヴィンセント様と話していた姿はしっかりと見られていました。
ヴィンセント様がすぐに否定をしてくれるのですがどうしてでしょうか。勝てる気がまったくしません。
だからと言っても私は皇太子妃になる気などはない。お祭りだなんだと言う場所で作り笑いを浮かべて民達に手を振るなどしたくありません。私はそれならばわずかな民達とともに土いじりなどをして笑いあっていたいのです。
「失礼? そうですか……ルディアさん」
「は、はい」
「緊張無さらないで、ほら、私は怖くありませんよ。あなたの侍女とだって仲良くできるんですから」
アリシア様はヴィンセント様の言葉に何かを決めたようで私の名前を呼ぶとまっすぐと私を見ます。その声に声を裏返してしまいます。
私の様子にアリシア様はくすくすと笑いながら、イルムの名前を挙げ、彼女はわざとらしいくらいに大袈裟に頷いている。
……イヤ、これは最初からイルムはアリシア様に懐柔されていたのではないでしょうか?
いくらなんでも相手は皇帝妃様です。侯爵家の侍女とは言えイルムが私を簡単に裏切り……いえ、彼女なら裏切りますね。
イルムを信じようと思ったのですが付き合いが長いせいか、必要と判断した場合には私の考えなど聞きもしない彼女の行動を思い出し、どこからどこまでがアリシア様の手の内かわからなくなってしまいます。
「……いえ、アリシア様が気さくな事を良い事にうちの侍女が失礼な事をしました。当主に代わり彼女の非礼を」
「非礼なんて思っていませんわ。ほら、うちには女の子がいないでしょう。だから、娘がいるみたいで楽しいのよ」
……不味い方向に話を持って行ってしまいました。
侍女として行き過ぎた行動だと言って、イルムを1度下げてあまり頼りになりそうにはないヴィンセント様でも2対1に持ち込めばどうにかなると考えたのですがどうやら私の考えは読まれていたようであっさりと返されてしまう。それどころか完全に墓穴を掘ってしまったのです。
「そ、そうですか。ヴィンセント様も早く良い伴侶が見つかれば良いですのにね」
「そうよね。どこかにうちのバカ息子の伴侶になりそうな侯爵家令嬢がいないかしら」
「ラ……何でもありません」
とぼけたふりをしながら誤魔化そうとして見るのですがアリシア様の鋭い視線を感じます。逃げの一手としてサーシャ様を薦めてみようと思ったのですがアリシア様だけではなく、ヴィンセント様とイルムにまで睨まれてしまい、出かかった言葉を飲み込んでしまいました。
しかし、アリシア様の目は完全に獲物を狙う目です。どうにかしないといけません。




