第35話
「アメリア様、少しよろしいでしょうか?」
「お、お姉様」
いつもなら、お昼休みには私のいるカフェテリアに顔を出すアメリア様が現れなかったため、私から彼女を尋ねます。
笑顔で彼女の名前を呼ぶと顔を引きつらせる普段は見られないアメリア様の表情が目に映りました。
私の登場に彼女の側にいたご令嬢達は逃げて行ってしまいます。
私が彼女達に何かをしようと思われてしまうではないですか?
彼女達の様子にため息が漏れそうになりますが、今は彼女達の相手をしているヒマはありません。
「アメリア様、よろしいでしょうか?」
「……はい」
「それでは場所を移動しましょう」
もう1度、笑顔で彼女の名前を呼ぶと観念してくださったようで肩を落としながら頷いてくださいました。
お茶会のお話はここにも届いているようで周囲から聞き耳を立てられている事はわかります。
さすがに都合が悪いので場所を替えます。
「……どこでも、一緒ですね」
結局、いつものカフェテリアに移動するのですが周囲からは奇異の視線が突き刺さるのがわかります。
それはアメリア様も同じなのか彼女は身体を縮ませており、彼女の緊張を和らげるために店員さんを呼び、適当に紅茶とお茶菓子を頼みます。
「アメリア様、私が何を聞きたいかわかりますね?」
「……こ、心当たりはありません」
アメリア様はいつもと違って何も話してくれないため、運ばれて来た紅茶を一口飲んだ後に笑顔のまま、聞いてみるのですが彼女は首を横に振られるのです。
正直、その態度を見れば理解している事は容易に想像が付くのですがなぜ、彼女がそこまで怯える理由がわかりません。
「こうやって見るとルディア嬢は悪役令嬢に見えるな」
「……なぜ、学園に顔を出すのですか?」
「いろいろとおかしな事になっていそうだったからな。俺も個人的に状況を把握しておこうと思ったんだ」
アメリア様の様子にどのようにお話を聞き出したらいいのかと考えていると背後からヴィンセント様の声が聞こえます。
正体が知られていないとは言え、私とともに渦中の人であるヴィンセント様がふらふらときて良い場所ではありません。
ため息が漏れるのですが、ヴィンセント様は気にする様子もなく、空いているイスに座りました。
ただ、現れたヴィンセント様の姿にアメリア様の緊張は進んでしまい、お話が聞けるような状況には見えません。
「……ヴィン、あなたが顔を出したせいで、アメリア様からお話が聞けないではないですか?」
「俺のせいではない。それに私はアメリア嬢の味方だ。ルーニィが無理を言ったんだろう」
非難するようにヴィンセント様へと視線を向けるのですがヴィンセント様は店員を呼び寄せて紅茶の注文をします。
店員が戻った後にアメリア様に向かい、笑顔を向けるヴィンセント様ですがその瞳の奥の光は笑っているようには見えず、アメリア様の身体は小さく震えました。
「わ、私は学園内に噂をばらまいてはいません」
「まあ、アメリア嬢は俺の事を良くは思っていないからな」
それでも、ヴィンセント様の言葉はアメリア様の言葉を引き出すのには充分だったようで彼女は今回の噂話には関係ないと言われます。
ヴィンセント様は小さく口元を緩ませながらアメリア様からの評価が低いと言い、その言葉にアメリア様は顔を青くします。
「アメリア様、ヴィンは嫌われているからと言って正当な評価をしない人ではありませんよ」
「まさか、ルディア嬢が俺の事を評価してくれているとは思わなかった」
「……ヴィン」
念のため、ヴィンセント様へ助け舟を出すとヴィンセント様は驚かれたようで目を丸くするのですがその態度に少し苛立ちます。
その苛立ちを視線に込めてみると彼は苦笑いを浮かべながら視線をそらします。
「アメリア様、噂をばらまいていないなら、この騒ぎはどう言う事なんでしょうか? ルーニィ様から何か指示があったのではないですか?」
「……確かにありました。ですが、私は断りました。私はお姉様をこの男には渡したくありません。お姉様にはもっと相応しい方がいるはずです」
「……この男扱いされてしまったよ」
黒幕は間違いなくルーニィ様なのですから、懇意にしているアメリア様は何か知っているはずです。
怒ってなどいないと微笑んで見せるとアメリア様はゆっくりと話しだしてくれますが、ヴィンセント様を指差してこんな噂など絶対に広げたくないと言われました。
その言葉にヴィンセント様は苦笑を浮かべているのですが真面目なお話をしているところをアメリア様に見せていないため、仕方がないでしょう。
「それは普段の行いですわね」
「そこまで悪い事はしていないと思うんだけどね……どうして、そんな反応かな?」
ヴィンセント様は自覚がないのかため息を吐きますが、私はアメリア様と顔を見合わせた後、首を横に振って見せます。
私達の態度にヴィンセント様は不満げですが仕方のない事です。
「アメリア嬢、それならこの噂を学園に広げたのは誰なんだ?」
「それは……」
ヴィンセント様は居心地が悪いためか、話を元に戻そうとしますがアメリア様は言い出しにくそうに視線をそらします。
その視線から誰がこの噂を流していたのかが容易に想像できてしまいました。
「……」
「ルディア嬢、心当たりがあるのか?」
「あまり言いたくないですが……」
……私の親衛隊を語る方達。
頭をよぎった事に眉間にしわが寄ってしまいました。
私の様子を見て、ヴィンセント様は首を捻ります。
親衛隊と言っている方々が暴走しているのではと言う状況に眉間のしわが取れないのですが、私の予想が外れている事を期待してアメリア様を見ます。
彼女は私が何を言いたいのか理解したようで申し訳なさそうに小さく頷かれました。
「……私の親衛隊を語る方達です」
「親衛隊?」
「お姉様を尊敬する者達の集まりです」
「……ルディア嬢はおかしなところで神格化されているんだな」
「わけのわからない事を言わないでください」
頭が痛くなってきているのですが、ヴィンセント様に報告しないわけには行かず、重い口を開きます。
ヴィンセント様は聞かされた事実に眉間に深いしわを寄せますがそうしたいのは私です。




