第34話
「どうしましょうか?」
サーシャ様に捕まったものの、授業が始まって何とか解放されたわけです。
私からヴィンセント様の情報を聞き出せなかった事が悔しいのかサーシャ様は授業中に仇を見るかのような熱い視線を向けています。
あの様子から授業が終わると一直線でこちらに向かってきそうだと言う事が容易に想像が付きます。
ヴィンセント様からルーニィ様の企みに付いては聞いているため、今日の騒ぎが彼女の策の1つだと言う事はわかるのですが後手に回ってしまっている状況です。
そのため、こちらとしても必要な情報は得ておきたい。私とルーニィ様をつなぐ1人であるアメリア様から出来る限りの情報を聞き出したいのですが……サーシャ様に周りをうろつかれては動きにくい。
何より、アメリア様とサーシャ様はあまり関係がよろしくないため、接触させるわけにもいきません。
「……面倒ですね」
「それは私の事ですか?」
当事者のはずなのに完全に置いて行かれている状況にため息が漏れてしまった時、いつの間にか授業が終わっていたようで額に青筋を浮かべているサーシャ様と彼女の取り巻きのご令嬢が目の前に立っていました。
……そうですと言ってしまえば心情的には楽なのでしょうがそう言ってしまえば余計に面倒な事になりますからね。
「そんな事はありません」
「そうですか……」
漏れ出てきそうなため息を何とか押し止めて笑顔を作るのですが、サーシャ様は当然、疑っているようで鋭い視線を向けてきます。
……逃がしてはくれなさそうですね。
出来ればこの場から逃げ出してしまいたいのですが考え事をしていたせいか完全に出遅れてしまっています。
「ルディア様、私、必死に思いだそうとしたのですが、私とヴィンセント様がどこで運命的な出会いをしたか覚えていませんの。お教え下さらないかしら?」
……覚えていないのに運命的な出会いはないのではないでしょうか?
サーシャ様は授業中にヴィンセント様との出会いを思いだそうとしたのですが、やはり思いだせなかったようです。
もったいぶらずに教えなさいと言う意味の込められた視線に頭が痛くなります。
私と行動を共にする事自体がかなり珍しい事なのですからその場面を思い出してしまえば簡単に思いだせると思うのですけど、そう言うところには頭がまわらないようです。
「学内のカフェテリアで声をかけてきた男性が居ましたでしょう」
「学内のカフェテリアで?」
「銀色の髪をして青色の瞳をした男性です」
「記憶にありませんわ」
あの時、サーシャ様はヴィンセント様を下位の者と見下していたようで本当に覚えがないようで首を傾げています。
容姿に付いて話せば思い出すかと思い、説明を加えてみるのですが本当に記憶に残っていないようで私が嘘を吐いているのではと疑いの視線を向けてくるのですが取り巻きのご令嬢達はその時の事を思いだしたようで顔を青くしています。
「……サーシャ様、それは侯爵令嬢として問題あるのではないですか?」
「……」
忘れてしまった相手が皇太子様だからではなく、侯爵家に名前を連ねる者としての自覚の無さに頭が痛くなってしまいますが罪悪感を持つ事無く人の婚約者に近づく方なのですから仕方ないのかも知れません。
さすがのサーシャ様も皇太子様であるヴィンセント様との出会いを忘れてしまっている事は問題だと理解されているようで視線を泳がせるのですが彼女はすぐにヴィンセント様に近づくための方法を探そうとしているようで表情を引き締めます。
……私からアルフレッド様を奪う事が出来たから簡単に考えているのでしょうね。
すぐにヴィンセント様に近づこうとする姿は呆れを通り越して尊敬に値するかも知れませんがヴィンセント様はアルフレッド様のように頭が残念ではありませんので難しいでしょう。
ヴィンセント様に後で何を言われるかはわかりませんが、私が今回の騒ぎを企てたわけではありませんし、取りあえず、サーシャ様から解放されたと思っておきましょう。ただ、考え事をするのなら、自分の席に戻って欲しいです。
「サーシャ様」
「……ルディア様はあの方がヴィンセント様だと知っていたのですか?」
考え事をしているなか、申し訳ないのですが席に戻っていただこうと彼女の名前を呼んだ時、鋭い視線を向けられました。
私がヴィンセント様の正体を知っていたうえで、その事を秘密にしていたと思われたようです。
出会いの状況を思い出したのでしたら、その時の私の様子も思い出して欲しい物です。
彼女の様子に何度も飲み込んでいたため息が漏れてしまいました。そんな私の様子を見て、サーシャ様の視線はさらに鋭い物になります。
「私は侯爵家の品位を落とすような真似はしません」
「品位を落とすような真似はしない? 使用人に混じって土いじりをしているのは品位を落としているとは言わないのですか?」
「思いませんわ。領民の生活を改善するのに必要な事ですから、それにヴィンセント様も同じような考えをお持ちのようで王都にいる間は身分を隠して領内の様子を見て回っているそうですよ。もし、今のラグレット家の状況をご覧になられたらヴィンセント様はなんと言うのでしょうか?」
関係が悪かろうと他家の足を引っ張るような真似をするわけがないと伝えてみるのですがサーシャ様は私の趣味を鼻で笑います。
決して私の趣味をバカにされたからではありませんがヴィンセント様が領地運営に興味を持っている事を教えて差し上げると私とサーシャ様の会話に耳を傾けていた方達に動揺が走ります。
今更、慌てるのでしたらしっかりと領地運営をなさっていれば良いのにとは思いますが口に出すような事はありません。
サーシャ様は自分達が贅沢をするためだけに領民達を道具のように使っている自覚はあるのか忌々しそうに私の顔を睨み付けます。
正直、領地運営が上手く行っていないのはラグレット家当主の問題であって私の問題ではありません。
「少しでもヴィンセント様に良い印象を与えたいのでしたらしばらくは領内を視察なさってはいかがでしょうか?」
すでに相手をするのも面倒になってきたため、笑顔で忠告をして差し上げるとサーシャ様は苦虫をかみつぶしたような表情をした後、取り巻きのご令嬢達を連れてこの場を放れて行きました。




