第30話
ルーニィ様とお会いして数日が経った時、私の下に招待状が届きました。
招待状の内容はお茶会です。ただし……場所は王城の中庭です。
「……どうしてこうなったんでしょう」
「お嬢様、何度も言いますが虫を手にして考え込むのはお止めください」
面倒事に巻き込まれたためか、趣味の農作業に集中しきれません。
さすがに公爵家のご令嬢であるルーニィ様からのお誘いを断るわけには行きません。先日の様子からもこのお茶会の裏があるのは明白です。
本来、ルーニィ様からのお誘いならばウィーグラード公爵家のお屋敷の中庭でのお茶会のはず、それなのに場所は王城……これに何もないと考えられるほど私は愚かではありません。
「……ルーニィ様は何を考えているのでしょうか?」
「お嬢様、私としては虫に向かってぶつぶつと考えているお嬢様の考えの方がわかりかねます」
「イルム、少し黙っていてくれますか。考えがまとまりません」
「作業を行いながらでは考えがまとまる物もまとまりません。それに考え事をされていては皆さんの邪魔です」
考えがまとまらないせいか、イルムの当たるように言ってしまうのですが、付き合いの長い彼女が気にする事はありません。
彼女はため息を吐きながらもなれた手つきで紅茶を並べて行く。
確かにその通りなのですが……
イルムの言葉で顔を上げると一緒に農作業をしている領民達が苦笑いを浮かべています。
「そうですね。少し休憩をしましょう」
相談にのってくれていた芋虫さんを解放して用意されたイスに腰を下ろします。
ただ、私1人で休憩に入るのも気が引けるので視線でイルムに指示を出すのですが彼女は私の視線を見る事無く、すでに引き連れてきた使用人達に指示を出して領民達にも紅茶やお菓子を振舞っている。
この光景は見なれたもののため、優雅に紅茶に口を付けようとした時、領民達の中に見てはいけない人物を見つけてしまう。
「……ヴィンセント様、何をなさっているのですか?」
「ルディア嬢、なぜ、眉間にしわを寄せているのだ?」
「原因の方に言われたくはありません」
ヴィンセント様は領民達と気さくにお話をされている。
領民達にはこの方がこの国の皇太子様だと言う事は伝えていません。領民達もどこかの貴族や有名商家のご子息だとは考えているのでしょう。それもマージナル侯爵家の取り入ろうとしているくらいの認識です……それはそれで問題ですね。なんとなく領民達には伝えておいた方が良いでしょうか? だとしても相手は皇太子様ですから厳しく口止めは必要です。
ヴィンセント様の件でマージナル家侯爵家や領民達に罪が及ぶとは思いませんが領民達の安全を確保するためにもヴィンセント様に自重して欲しいので非難の意味も込めてため息を吐いて見せる。
しかし、私のため息を気にする事無く、ヴィンセント様は私の向かい側の席に腰を下ろしました。
イルムもヴィンセント様が領内に来ている事はつかんでいたようで当たり前のように彼の紅茶が用意されて行きます。
この状況に納得はいかないのですが、ヴィンセント様も用もないのにこんなところまで足を運ぶわけがないでしょう……それほどおヒマではないはずです。そう考えると原因は招待状でしょう。
「……何かございましたか?」
「ずいぶんと機嫌が悪そうだな。ルディア嬢」
「そんな事はございません。今年もマージナル家領内は豊作とは言いませんが領民達が生活に苦しまないくらいの収穫は見込めます。むしろ、上機嫌です」
原因には心当たりがある物の私から招待状に付いて話を持ち出してはヴィンセント様の事を待っていたかのように思われてしまいます。あまり私がヴィンセント様を頼りにしているように領民達に見せてはいけません……そんな事になれば絶対におかしな噂が流れてしまう。私の目標は領内で捨扶持を貰ってひきこもって趣味の農作業や針仕事に没頭する事、面倒事は遠慮したい。
「お嬢様、どうせ、考えてもろくな事にならないのですから諦めください」
「イルム、あなたは何を言っているのですか?」
私の考えのすべてを読み切ったと言いたげにため息を吐くイルム。まったく、ヴィンセント様の前で何を言い始めるのですか私の威厳などはどうでも良いですがおかしな事をすると確実に面倒事が私の下に来るのです。私は趣味に時間を割きたいのです。
非難の意味を込めて、軽く微笑を浮かべて彼女へと視線を向けるのですが付き合いの長い彼女です。まったく、気にする事はありません。あまり気にしてはいませんでしたがもう少し彼女への態度を改めるべきでしょうか?
「お互いに長い付き合いなのだろう。今更、変わらないだろう」
「……何の事でしょうか?」
「ルディア嬢は本当に面白い」
……今度はヴィンセント様に考えを読まれました。この2人は私の考えを読み取る特殊な能力でもあるのでしょうか?
だとするとこの2人の前で策謀を張り巡らせるのは無理がありますね。
そう思い、切り替えようとするのですがなぜかヴィンセント様は楽しそうに笑っておられます。その様子がなんとなく面白くはないのですが不機嫌な表情を見せるわけには行きません。
何事もなかったかのように紅茶へ口を付けた後、改めて、ヴィンセント様へと視線を向けます。
「それでヴィンセント様は何かご用ですか? お父様は本日はお屋敷にいるはずですが」
「ルディア嬢、わかっているのだろう。ルーニィから招待状が届いたんだろう。その件でルディア嬢の耳に入れておいた方が良い事があるんだ。後、マージナル家当主の下には使いを出している」
「そうですか」
本来、皇太子様とは言え、マージナル家領内を歩き回るのなら、当主であるお父様にお話を通さないといけないはずです。そのため、皮肉を込めて笑顔で言ってみるのですがやはり、ヴィンセント様が訪れた理由は招待状にあるようです。それもヴィンセント様は疲れた様子です。
あのヴィンセント様を疲れさせるほどの物……そう思うと招待状は何か邪悪なもののように思えますね。




