第3話
私を始めとした多くの良家の子息子女達の多くはエルグラード帝国が運営する学園へ通っています。兄様やフォノスのように領地運営を直接学ぶ者もいますが多く貴族達はこの学園内で多くの縁を結ぶ事を考えて後継者や令嬢を学園に通わせています。
私としては領地内に引きこもり……領民達とともに草花を育て、刺繍でもしながら生きて居たいのですが侯爵家令嬢としてはそう言うわけにも行きません。
それでもアルフレッド様に捨てられたと傷心と偽り、1週間ほどずる休みをしていたのですがあまり長い間、引きこもっているわけにも行かないようで私はしぶしぶ、学園へと足を運びました。
先日の舞踏会での修羅場は多くの人達の噂話になり、アルフレッド様がバルフォード家の後継者から下ろされた事もあり、私がマージナル家の力を使って圧力をかけたなどと言う噂が飛び交っております。
その声は遠巻きに耳に入っては来るのですが、多くの者達は侯爵家令嬢である私に何かを言い、反感を買ってはいけないと考えているようで直接、何かを言ってくるような事はありません。
「お姉様、おはようございます」
「……アメリア様、おはようございます。」
遠巻きに噂をしていればその話が私の耳にも届くと言う事を考え付かない者達がいる事に呆れてしまうのですが、私へ対する恐怖を持っていただければ婚約の申し入れもしばらくは無くなるでしょう。
……実際はアルフレッド様との婚約が解消された噂を聞いて多くの良家から婚約の申し入れが来ているのですが知らないふりをしておきます。
私を見て、噂話を中断する者達には目もくれず、教室に向かおうと廊下を歩いていたのですがそんな私の背中に強烈な痛みと衝撃が走りました。
何とか吹き飛ばされる事はなかったのですが、背中を押さえながら振り返ると私の事をお姉様としたってくれている2つ年下の伯爵令嬢『アメリア=フィルエット』様が満面の笑顔で立っています。
その笑顔の眩しさに一瞬、くらっとしてしまうのですが背中の痛みが私を現実に引き戻します。
「アメリア様、背中に飛びつくのは止めていただけませんか?」
「気を付けます」
身分で考えれば侯爵家の私相手に非礼をしているとも思われるのですが、彼女は嬉しそうに私の腕に自分の腕をからめます。
その様子にため息が漏れてしまうのですが許せてしまうのが彼女の魅力の1つなのでしょう。
「お姉様が1週間もお休みになられたので、何かあったのではと心配していたのですよ」
「そうですか。ご心配をかけてしまい。申し訳ありませんでした」
私の隣で心配そうな表情をする彼女に笑いかけると彼女の表情はすぐに笑顔に代わります。
その様子にこちらまで嬉しくなってしまうのですが、そんな良い気分を壊す者が私達の先に立っていました。
「ずいぶんと楽しそうですね。ルディア様」
その声に顔を上げると取り巻きを引きつれた私からバカな婚約者を奪い取ってご満悦だったはずのサーシャ様。
彼女の様子からアルフレッド様がバルフォード家の後継者から引きずりおろされた事を私のせいだと思っている事は簡単に想像がつきます。
「サーシャ様はあまり楽しそうではありませんね。アルフレッド様と婚約なされるのではないですか?」
彼女の登場に良い気分が壊れてしまうのですがそんな事を表情に出す事無く、とぼけたように笑って見せます。
私の言葉に彼女の額には小さく青筋が浮かびあがります。
その様子からはアルフレッド様に色目を使うために媚びるようにかわいらしく振舞っていた姿とは同じ人物に見えません。
ただ、私としては彼女と特に話す事もないため、軽く会釈をして教室に向かおうとします。
ですが、彼女は私を逃がす気は無いようで私の前に立ち、廊下を塞ぎます。
……面倒ですね。
彼女が私に何を言うかは容易に想像がつきます。アルフレッド様がバルフォード家の後継者から下ろされた事を私が圧力をかけたからだと言いたいのでしょう。
もちろん、私もお父様もそのような事はしない。ただ、バルフォード家の領地を簒奪する計画で居た彼女はそうは思わなかっただけだ。
噂に踊らされて私を断罪するつもり……違いますね。私を陥れるために彼女が率先して私の悪い噂を流していると考えた方が良いでしょう。
「アルフレッド様の事、ずいぶんと汚い事をしてくれましたね。恥知らずが父親の権力に泣きついたのですか?」
「おっしゃっている意味がわかりませんわ」
予想通りの言葉にため息が漏れそうになりますが、この場で騒ぎを大きくする気はありません。
言いがかりは付けないで欲しい……実際、言いがかりなわけですが彼女は取り巻きを連れてきているため、完全に私が悪者扱いにさせられています。
「意味がわからない? あなたがマージナル家の力を使ってアルフレッド様を追い落としたのでしょう?」
「追い落とす? ……確か、独立して爵位をお継ぎになられるそうですね」
バルフォード家の領地を狙っていたラグレット家から見れば、アルフレッド様の更迭は認める事はできないでしょう。
ですが、元々、不貞を働いたのはアルフレッド様と私の前で高圧的な態度をしているこの娘なのである。
サーシャ様は婚約者を奪われた私を悪者にしたいようです。サーシャ様は私を睨み付け、謝罪させたいようですが私としては謝る気などありません。
「サーシャ様、勘違いされているようですが、私に非などはありません。違いますか? 男性に媚びを売る事でしか領地運営の手がかりが見つけられなかったラグレット侯爵家令嬢様」
にっこりと笑って見せると私の笑顔にサーシャ様の表情が忌々しそうに歪む。
それはそうだ。私は彼女の取り巻きやこの様子を眺めている者達に向かって彼女は尻軽女でラグレット家には領地運営をする能力に欠けていると言っているのだ。
人間、もっとも頭に来るのは真実を突きつけられた時です。私の言葉に反応してしまえば自分達の無能さを広める事になる。その程度の事は頭の悪い彼女にも理解できるようです。
怒声でも上げてくれれば面白い事になるとは思うのですが、どうやら、これ以上の反応は無いようです。
多少、つまらないとは思いながらもこの場に残る理由はないため、軽く会釈した後、アメリア様を腕に付けたまま、この場を後にしました。