第28話
「身を固めるか……」
「ヴィンは国内を見て回っているのですから、素敵な出会いもあったでしょう」
「そうですね。絶対に素敵な出会いがあったはずです」
ヴィンセント様はわざとらしく、私へと視線を向けます。
その視線に気づかないふりを決め込み、紅茶へと手を伸ばします。ルーニィ様がおかしな期待をしていようが私とヴィンセント様はそのような関係ではありませんし、ヴィンセント様の企みに加担するほど私はヒマではありません。
私は変わり者の侯爵令嬢であり、他の貴族のご令嬢達ならば飛びつくであろう皇太子妃などに興味はないと言う意味を込めて言ってみるのですが、なぜか、ルーニィ様は目を輝かせる始末です。
……私はそのつもりはないと言っているはずなのに、なぜ、ルーニィ様は目を輝かせているのでしょうか?
意味の解らない状況に眉間にしわが寄りそうですが、この場所でそのような非礼な事が出来るわけがありません。
自分を落ち着かせようともう1口、紅茶を飲みます……しかし、ヴィンセント様は何が楽しいのでしょうか?
紅茶のカップをテーブルに戻した時、彼の視線に気づきます。彼は私の顔を見て、何かを企んでいるように口元を緩ませているのです。
……嫌がらせの意味を込めて、サーシャ様にヴィンセント様の正体を教えて差し上げましょうか?
あまり良い気がしないため、嫌がらせを仕掛けてみようかとも思うのですが、それをやってしまうと間違いなく、私が面倒事に巻き込まれる気がします。
私は面倒事に巻き込まれているヒマなどはないのです。私はおかしな事に巻き込まれるよりは領地内に引きこもって領民達と花などを育てて生きていたいのです。
むしろ、貴族社会に出ずに領民達と同じ事をして領内に骨を埋める所存です。
「……ルーニィ様をどうにかしていただけませんか? 私とヴィンはそのような関係ではないでしょう?」
このまま、ルーニィ様を暴走させていては後に響きそうです。1つ咳をした後に視線で私を巻き込まないで欲しいと訴えます。
ただ、ヴィンセント様の場合、私の訴えを無視するだけではなく、面倒事を運んできそうです。
「確かにそうなんだがな……そのような関係ではなくとも、ルディア嬢は何かと都合が良いのは事実」
ヴィンセント様は私には利用価値があると判断されているようです。
確かに自分で言うのもなんですが、権力とヴィンセント様に興味ない年頃の娘、その上、侯爵家の令嬢。
自分ではあまり興味もないのですが、それなりに見た目も良いらしいし、隣にでも立たせておけば虫よけには最適です。
ただ……それを素直に受け入れる理由が私にはありません。
「お姉様、こんなお兄様ですが貰ってください」
「……」
「皇太子様を貰ってくださいと言うのはどうなんでしょうか?」
ヴィンセント様の企みに付いて推測しているなか、口火を切ってくるのはなぜかルーニィ様で反応に困ってしまいます。
ルーニィ様の反応に友人であるアメリア様も対応に困っているように見えます。断らないといけないのですが私が断ってもよろしいのでしょうか?
ヴィンセント様が誤解を解くべきではないかと思い、視線で合図を送ります。ヴィンセント様もさすがに従妹であるルーニィ様の行動に困ってしまったようで苦笑いを浮かべられます。
「ルーニィ、そこまでにしないか。ルディア嬢が困っている」
「ですが」
わざとらしく1つ咳をした後にルーニィ様をいさめるヴィンセント様ですがルーニィ様は納得がいかないようで頬を膨らませておられます。
そのお姿が可愛らしく、笑みがこぼれてしまいそうにもなるのですがそれをしてしまうと再び、彼女からの猛攻撃が繰り出されそうなため、何事もないかのように紅茶を口に運びます。
しかし、私はあまり公の場所になど出ていませんし、どちらかと言えば立場のある家の令嬢から見れば奇行と言われてもおかしくない土いじりを趣味としている者です。なぜ、ルーニィ様はここまで私にほれ込んでくれているのでしょうか?
アメリア様は多くの貴族や有名商家のご令嬢達が私をしたってくれていると言ってくれますが、困った事に身に覚えがありません。それもルーニィ様に至っては本日が初対面なのです。
……私の話が美化されていると言う事でしょうか?
ヴィンセント様とルーニィ様のやり取りに困り顔なアメリア様へと視線を移します。
したっていただける事には悪い気はしません。サーシャ様におかしな因縁を付けられている時に彼女がいてくれるとほっこりとしますし、癒されている部分も多々あります。
ただ、美化され過ぎている事は確実です。確証はありませんが直感的に原因は彼女だと思ってしまいます。
「お姉様」
「何でしょうか?」
「お姉様はお兄様の事をどうお思いですか? 性格に難はありますがお姉様の隣に並べていても問題はないと思います」
「ルーニィ様」
そんな事を考えていた時、ルーニィ様はヴィンセント様相手では話にならないと考えたのか真剣な面持ちで私を呼びます。
考え事をしていたため、声が裏返りそうになりましたが何とか押さえつけて笑顔を作り返事をします……なぜか、ルーニィ様から見れば完全にヴィンセント様が付属品のようです。
さすがに問題があるのではないかと思い、表情を引き締めて彼女の名前を呼びます。私の様子に彼女は自分の期待する答えが聞けるとでも思ったのか嬉しそうな表情をしながら姿勢を正します。
「いくら身内とは言え、ヴィンセント様はこの国を継ぐお方です。そのような態度は許される物ではありません」
「ど、どうして、そのような事を言われるのですか?」
彼女もヴィンセント様と同様にこの国を統べる一族です。その自覚がなければ後々、問題になります。
ヴィンセント様が言い聞かせるのが1番だとは思ったのですが、今までのやり取りを見る限り、彼女が話を聞いてくれるようには思えません。
したっていただけているため、私の言葉ならば聞いていただけるのではないかと考えて進言をすると予想していなかった言葉が出てきたためかルーニィ様の表情には絶望の色が現れます。