第25話
「初めまして、お姉様。お会いできて光栄です」
「初めまして、ルディア=マージナルです」
「……お姉様、申し訳ありません」
本日も日々の疲れを癒すために1人で学園内に併設されているカフェテリアで昼食をいただいていた時、アメリア様が1人の少女を連れてきました。
その少女はなぜか興奮気味なのですが、彼女の様子に私の腰は若干、引けています。それでも平静に努めようと笑顔を作り、挨拶をします。
私は交友関係が薄いため、この少女がどこの家のご令嬢かわかりません。初対面の事もあり、自分から名乗る事でお名前をお聞きしようとするのですが彼女は興奮しているためか、私の考えを察してくれる事はありません。そのため、紹介してくれるようにアメリア様に視線で合図を送ります。ですが、彼女はなぜかとても疲れた様子で視線をそらしてしまうのです。
……何かありそうですね。
彼女の様子がいつもと明らかに違うため、このご令嬢が面倒な事を運んできた気しかしません。現在、ヴィンセント様やサーシャ様の事で面倒事を抱えている身としては出来ればこれ以上の面倒事は避けたいのですが興奮気味なご令嬢の様子から逃亡する事は無理そうです。
「……お座りになられてはどうですか?」
「はい。お姉様、不仕付けで申し訳ないのですが、お兄様とはいつ婚約されるのですか?」
私の側でアメリア様が騒いでいるのは日常の風景なのですが、そんな彼女が物静かにしている事やそれ以外のご令嬢がいる事に周囲から奇異の視線が集まり始めます。
お2人を立たせたまま、お話を続けるのもおかしいため、席に着くように提案します。アメリア様の手を引き、私の前の席に腰を下ろす彼女は良い笑顔なのですが突然、意味の解らない言葉を吐きます。
……お兄様? 彼女が言うお兄様にはまったく心当たりがありません。先日まで来ていた婚約の申し込みをされてこられていた方の関係者なのでしょうか?
仮にそうだとしても名乗っていただけないとなんと返事をして良いかわかりません。
「あの、申し訳ありませんがお兄様とはどなたでしょうか?」
必要な事のため、婚約を申し込んでくださった方の名前、お屋敷まで足を運んでくださった方の顔を名前も一致しています。彼女の言うお兄様の名前を知りたいと思い訪ねてみるのですが彼女は不思議そうに首を傾げるだけです。
「……あの」
「お姉様、失礼ですが……ヴィンセント=エルグラード皇太子様と面識はございますか?」
このままでは話が進みそうもないため、もう1度、声をかけようとした時、アメリア様の口から思いがけない名前が出てきます。
なぜ、ヴィンセント様の名前が? と考えるのですがこのご令嬢がヴィンセント様をお兄様と呼ぶぐらい親しいとするならば、現皇帝様にはヴィンセント様を含めて男児しかいなかったはずです。そう考えるとこのご令嬢は……公爵令嬢と考えるのが妥当でしょう。ただ、私の記憶ではこの学園に公爵家のご令嬢は通っていなかったはずです。
公爵令嬢で私達と同年代には数名、心当たりがありますが面識がありません。
突然の状況に眉間にしわが寄りそうになります。ですが、そのような非礼を取ってしまってはマージナル家の名前に傷がつきます。至って平静を努めるようにアメリア様の言葉に頷いて見せます。
「……お姉様が皇太子妃になるのは大変喜ばしいはずなのですが、なぜでしょうか。胸の辺りがもやもやとします」
「私の言った通りだったじゃないですか」
……どうしましょう。この様子を見る限り明らかに何か勘違いされています。納得ができないと言いたげにぶつぶつとつぶやいているアメリア様とは正反対に彼女は満面の笑顔です。
このまま勘違いされているわけにもいかないのですが……酷く言い難い状況です。
それでも真実は真実として伝えなければいけません。何より、おかしな勘違いをされたまま、私とヴィンセント様が婚約しているなどと言う誤報が国内を駆け巡っては困ります。
「……あの、お2人とも勘違いされているようですが、私は確かにヴィンセント様と面識はありますが、婚約などと言った恐れ多い関係になった事はございません」
「お姉様、本当ですか?」
完全に盛り上がっているお2人に向かい、婚約話などないと真実のみを告げる。
2人は顔を見合わせた後、ゆっくりと私へと視線を向けました。若干、居心地が悪いのですが間違った噂を広められても困るため、小さく頷いて見せます。
私が頷くのを見て、アメリア様の表情は一気に晴れやかになり、嬉しそうに店員さんを呼び寄せます。ですが彼女とは対照的に推定公爵令嬢様は残念そうです。
「それで、お姉様、どこでヴィンセ……」
「アメリア様、あまり、このような場所で」
注文した物がすべてテーブルに並べられた後、アメリア様がヴィンセント様の名前を出そうとします。
ヴィンセント様が校内を歩き回っているのはあくまでもお忍びらしいのであまり言葉を大にするのはいけません。
すぐに彼女の口を押さえて、にっこりほほ笑むとアメリア様は素直に頷いてくださいます。
「アメリア様もご存じですよ。私と一緒にお会いしています」
「お姉様と一緒に? そう考えると学内でですよね?」
アメリア様は小さく深呼吸をした後、ヴィンセント様とどのように知り合ったかを聞こうとしますがどのように聞けば良いのか迷っているように見えます。
ヴィンセント様と面識がある事を伝えてみるのですがアメリア様はまったく心当たりがないようで首を傾げてしまいます。
彼女の様子を見ていると身分を隠しながら、学内を歩き回っているヴィンセント様の目的は達成できていると思われます。ですが、正直なところ、ヴィンセント様の安全を考えれば止めていただきたいです。
……それにしても、そろそろ、お名前を教えていただきたいのですが、難しいでしょうか?
アメリア様が首を傾げたままのため、推定公爵令嬢の彼女と少しお話がしたいのですがお名前がわからないため、お話の切り出しがわかりません。
さて、どうした物でしょうか?




