第22話
「ルディア嬢、俺のどこが胡散臭いと言うんだ?」
「そうですね。あえて言うなら、すべてでしょうか? それに私、婚約者に裏切られたばかりですので男性不信なんです。ですから、男性の言葉を簡単には信じられないんです」
「良く言う。ルディア嬢が上手く元婚約者とラグレット侯爵令嬢を動かして、気に入らない婚約を破棄まで持って行ったと言うのは1部では有名な話だ。俺もその話を聞いて興味を持ったわけだが」
口元を緩ませて聞く言葉に笑顔で返します。
アルフレッド様との婚約破棄を出してヴィンセント様の口から決定的な言葉が出ないように牽制も忘れない。
ただ、ヴィンセント様とその周辺の方達の耳には婚約破棄が私の手のひらの上で起きた事だと言う事も届いているようです。彼は嘘を吐くなと言いたいようでわざとらしいくらいに大袈裟にため息を吐かれました。
おかしいですね。しっかりと演じていたはずですのに他の方達に知られるようなへまをしたつもりはありませんのに。それも皇太子様が近づいてくるなど予定外です。
「そんな、私はアルフレッド様に裏切られてこんなにも傷ついていますのに……」
「傷ついている令嬢は嬉々として農作物の冷害対策などを聞きたがらない」
「傷心を誤魔化すために趣味の土いじりに興じているだけですが」
「まずは土いじりをしようと言う発想にはいたらない」
「キレイな花々を観て、傷ついた心を癒そうとしているとも考えられるでしょう?」
「何を言っているんだ。そもそも、その程度の事で傷つくような殊勝な心などルディア嬢は持ち合わせていないだろう?」
表には出さないだけで本当は傷ついているのだと言ってみるのですがすぐに全否定されてしまいました。それどころか完全に小バカにされてしまう始末です。
さすがにこの言い方は皇太子様とは失礼なのではないかと思いますがそこか変わり者と名高い私です。特に傷つく事はありません。
ただ、全否定と言う力づくで完結させられるのは面白くはないので他に何かないかと頭を動かします……ただ、ここまで真っ直ぐに事実をぶつけてくるのは家族とイルムくらいしかいないため、すぐに良い返しが見つかりません。
「傷ついたか?」
「いえ、ヴィンの言う通り、その程度で傷つくような殊勝な乙女心は持ち合わせてはいませんので、ただ、このままでは面白くないので何かないかと模索しているだけです」
「……それを口に出すのはどうかと思うぞ」
「ヴィンにからかわれているばかりでは私が面白くありませんので」
私が考え事をしている姿を見て、ヴィンセント様はなぜか心配そうな表情をされます。
ですが、心配されるような事はまったくありませんので心配する必要などない事を告げます。もちろん、ヴィンセント様への反撃の手段を探している事もしっかりと伝えます。
私の言葉にヴィンセント様は微妙な表情をします。その様子に少しだけ気分が晴れました。
「……ルディア嬢、君はやはり変わっているな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
変わり者だと言われてもその程度の皮肉は聞きなれています。すでに気になどなりませんので紅茶を1口飲んだ後に挑発するように笑って見せる。
ヴィンセント様はため息を吐くのですがそれ以上は何も言う事はありません。
「それで、ルディア嬢はなぜ、1人で昼食なんだ?」
「先ほども言いましたが、私は取り巻きを連れて歩く趣味はありませんので」
「いや、取り巻きは引きつれていなくても、良く子犬は連れて歩いていると聞いているからな」
「子犬……言いえて妙と言ったところでしょうか」
しばらくはお互いに話す事はなく、席で向かい合い私は紅茶、ヴィンセント様は軽食を楽しんでいたのですがヴィンセント様が突然、口を開きます。
なぜ、1人かと聞かれても特に理由などない。元々、私は変わり者の侯爵令嬢です……おかしな親衛隊と言われる方達はいるようですが好き好んで近づいてくる者達はいません。
何度も同じ事を聞かないで欲しいと伝えるのですがヴィンセント様はわかった上で聞いており、いつもそばに居る方がいない事がおかしいと言うのです。
それもその方の事を子犬と表現されます。子犬と表現されたのがアメリア様だと容易に想像がついてしまい、ため息が漏れてしまうとヴィンセント様は上手な事を言ったと言いたいのか口元を緩ませています。
「それでアメリア嬢はどうしたんだ?」
「アメリア様ともいつも一緒なわけではありません。それに今日はご友人とお昼にしますと言っておりました」
「友人か……アメリア嬢も大変そうだ」
……アメリア様はいつも通り、私の背中に突撃してきたのですがすぐにご友人に両腕を捕まれて引きずられて言ってしまいました。
そのご友人達からは『抜け駆けは許さない』と言ったおかしな言葉が聞こえた気がするのですが気のせいでしょう。
ヴィンセント様はアメリア様を拉致して行ったご友人達に何か感じる物が有ったのでしょうか笑いをかみ殺して言うのですが完全に笑いを止める事はできていなさそうです。
「アメリア様は私と違って社交的ですから」
「社交的とは違う気がするが、ルディア嬢がそう表現するのなら、そのように受け止めておこう」
頷くヴィンセント様ですが、今日はアメリア様にご用なのでしょうか?
彼女も伯爵令嬢です。ヴィンセント様が妃候補をお探しならば充分に考えられるでしょうし。
「……きっと、ヴィンが正体を明かしても信じて貰えないと思いますよ」
「ルディア嬢、また、おかしな勘違いをしているようだが、俺は別にアメリア嬢に興味はないぞ。子犬は何匹も必要ない」
「そうですか」
アメリア様の先日の様子ではヴィンセント様が皇太子様である事を明かしても信じてくれないでしょう。
ですが、サーシャ様のように皇太子様だから目を輝かせて狩猟対象にすると言う性格ではないため、彼女に比べれば安心だとは思います。
ただ、ヴィンセント様のお側にも彼女のような行動を起こす者がいるようで面倒な事はしたくないと言いたげに肩を落とします。
どこにでも似た方はいるようですね。私には関係のない話だと思いますけど。