第2話
「ルディア、やってくれたな」
「何の事でしょうか?」
「レグルス兄様、ルディア姉様を怒らないで上げてください」
あの舞踏会から2日、私はマージナル家のお屋敷の側にある花畑で領民達とお花のお世話をしていると私の兄であり、次期マージナル家当主『レグルス』兄様が険しい表情で現れました。
兄様の後ろには元婚約者の2年下の弟『フォノス』が立っています。2人はお仕事で領地運営を勉強するためにお屋敷を離れていたのですが、どうやら、先日の件を聞きつけて急いで戻ってきたようです。
眉間にしわを寄せる兄様とは対照的にフォノスは楽しそうに笑っています。どうやら、彼は私の目的を理解しているようです。いえ、実際のところは眉間にしわを寄せられている兄様も状況を理解しているのでしょう。お2人ともこの国の次代を担う者達として名前が挙がっているのですから。
「とぼけるな。アルフレッドとの事だ」
「何か問題がありますか? お父様も小父様も了承してくださいましたが」
「……それはわかっている。ただ、文句の1つくらいは言わなければいけないだろう」
実際、婚約が解消されようが問題は何もない。私はお父様や小父様に叱責を受ける事など何もやってないのです。性格の不一致とは言え、私は立場を考えて元婚約者を立てて来た。
それを一方的に破棄したのはアルフレッド様であり、今回の婚約解消の原因も彼にあるのだ。罰を受けるのは彼と婚約者がいるにも関わらずに色目を使って来たサーシャにあるのだ。
兄様も頭ではそれを理解しているようですが兄として小言の1つでも言わなければいけないと思っているようです。
「姉様は間違った事はしていないでしょう。あのバカに領地を継がれては領民達が困ります」
「そうだとしてもあの頭の悪いアルフレッドの事だ。ルディアが自分を陥れたと思い込んでルディアに何か仕掛けてくる可能性が高いだろう」
「アルフレッド様がそのような事を? それは怖いですね」
……私自身もアルフレッド様の評価は高くありませんでしたが兄様とフォノスのアルフレッド様の評価はさらに低かったようです。
兄様は私の警護を強化しなければいけないと言ってくれ、側で私達のお話を聞いていた領民達も大きく頷いてくれています。
愛されている気がしますが、元婚約者がそこまで愚かではない事を祈りましょう。
私のあまり危機感のない様子に兄様は眉間にしわを寄せられるのですが気にしていても仕方ありません。それにそのような事をしてしまえば立場が悪くなるのはアルフレッド様の方です。
実際、あの時の舞踏会に来ていた者達の多くの目にはあの時の修羅場がマージナル家とラグレット家の権力争いだと理解されていたようです。そして、多くの者がマージナル家に好意を見せてくれました。
領地運営が至極真っ当で現当主、次期当主の才覚も充分なマージナル家と己の欲のみを優先させて抱えた不良債権を誤魔化すためにバルフォード家に取り入ろうとしたラグレット家。
起死回生にかける者はいるかも知れないが多くの人間は沈む船に乗りたがらない。
それもバルフォード家現当主も領民の事を思う事のできる方、それは充分に領民やこの国の民達に知れ渡っている。
そして、小父様がこの状況で間違った選択などをするわけがない。
「言い忘れていましたが、バルフォード家は兄に代わり、私が継ぐ事になりました。私としては罰が軽すぎるのですが兄は遠方のわずかな領地を継がせるようです」
「そうですか。それでは私は作業に戻ります」
「待ってください。姉様、お話が」
バルフォード侯爵家の領地の1つをアルフレッド様に継がせると言う事ですが、近いうちに領地運営の不備で処罰されてバルフォード家の籍から外されてしまうでしょう。
愛情などはありませんでしたが、そう考えると不憫ですね。あのバカの下で働かせられる領民達がですが、領民達に心の中で謝罪を済ませてお花のお世話に戻ろうとするのですが、フォノスが真剣な面持ちで私の名前を呼びます。
……来てしまいましたか。
父親同士が友人との事やアルフレッド様と婚約していた事で私はフォノスを実の弟のようにかわいがっていた。ただ、成長するにつれてフォノスからは姉を慕う以外の想いが向けられてくるようになっていた。それでも兄の婚約者との事で何とか自分の想いを押し込めようとしていた。そして、正式に兄の婚約者ではなくなった私に想いを伝えようとしているのでしょう。私もその想いには気が付いていましたが私にとってフォノスは弟であり、彼の気持ちに応える気はさらさらありません。
「それが婚約の申し入れでなければ聞きましょう」
「……」
笑顔で拒絶の意志を見せます。
フォノスの気持ちも嬉しく思いますし、兄のせいで両家の繋がりが希薄になるのは困るため、両家の繋がりを保持するにも必要な婚約だとは思いますが兄がダメだから弟では節操がないようにも見られてしまいます。何より、私にとってフォノスは弟なのですから。
「ルディア、せめて、話を聞いてやるくらいしたらどうだ?」
話すら聞いて貰えない状況に大きくうなだれるフォノスの姿に心が痛んだのは私だけではないようです。
兄様は眉間に深いしわを寄せながら、せめて、話を聞いて欲しいと言うのですが話を聞いて情に流されるわけにも行きません。純粋に慕ってくれるフォノスにそれは失礼ですから。
ゆっくりと首を振る私の姿に兄様は諦めたようにため息を吐くとフォノスの肩を叩きます。フォノスもこの答えは予想していたようで力なく笑うのですがそれ以上、何かを言う事はありません。
「それでは兄様、私は作業に戻ります。少しでも領地のために何かしなければいけませんから」
「あまり、無理はしないようにな」
「無理などしていませんよ。私は舞踏会や夜会と言った派手な場所より、みなさんと一緒に土をいじっていた方が楽しいのですから」
マージナル家の領地運営が上手く行っているとは言え、今年も天候はあまり良くなく、農作物の収穫はどのようになるかはわかりません。
侯爵家令嬢だからと威張り散らしているのはどうしても性分ではないようです。婚約破棄された事へのショックと言えばしばらくはあのような派手な場所にも顔を出さなくても良いでしょうし。しばらくはこの生活を楽しもうと思います。