第19話
「私が話せる事は特にありません。それにヴィンセント様でしたら、私に聞かずともすでに情報を集め終えているのではないですか?」
どうしてもヴィンセント様の様子には裏がありそうに思えます。
身分を隠してまで国内を歩き回っているお方、いろいろとお話を聞かせていただいたからわかります。彼の情報収集能力はかなりのものです。それに……情報収集能力だけではなく、集めた情報を精査して真実を見極めるくらいは簡単にやってしまいそうです。
冷静に判断して私から情報収集する理由が見つかりません。ヴィンセント様なら1人で何もかもできてしまいそうです。
何かあるに違いない。
そう考えて、牽制するように聞くのですが、なぜか、側に控えているイルムにため息を吐かれてしまいました。
……イルムはヴィンセント様が何を企んでいるかわかっていると言う事でしょうか?
彼女のため息に考えを巡らせる。彼女が気付くくらいです。ヴィンセント様の様子から何か手がかりがあったはずです。
自分が見落とした物があるのではないかと思い、ヴィンセント様へと視線を向ける。これでも変わり者の侯爵令嬢です。農作物の葉の裏に付く害虫だって見つけられる女です。
手がかりの1つや2つや3つや4つ、見つけて見せます。
「……お嬢様、やる気を出される方向性が間違ってられます」
「やはり、ルディア嬢は面白いな」
「面白いと言われるのはあまり面白くはありませんね」
……気合を入れた矢先にイルムが大きく肩を落としました。何を間違えたのでしょうか?
意味がわからないと首を傾げる私を見て、ヴィンセント様は楽しそうに笑われます。
どうやら、勘違いをしたようです。しかし……バカにされている気しかしません。
「それはすまない」
「……それで、ヴィンセント様はなぜ、私から情報を得ようとするのですか?」
不快だと口に出してみると素直な謝罪の言葉が出てきましたが、どうも口元が緩んでいるように見えます。
姿勢を正してもう1度、うかがってみます。もしかすると私から話を聞き出す事でマージナル侯爵家の力を削ぐ足がかりを得ようとしている可能性もあります。
「ルディア嬢、最初に言っておくが、マージナル侯爵家の力を削ぐような事を俺は考えてはいない」
「そうですか」
「むしろ、マージナル侯爵家のように領民を大切にする者達が増える事を祈っているし、もう少し、力を与えても良いとも思うな」
どうやら、ヴィンセント様も私の事を観察されているようです。
ヴィンセント様はマージナル侯爵家を充分な評価をしてくださっているようです。
確かにラグレット侯爵家のように自分達だけが豊かな生活をできれば良いと考える者達は多い。
皇太子様としてはこの国を継ぐ事を考えれば領地運営能力がある者達は重要でしょう。
それに力を与えても良い……その言葉ですべてが理解できました。
ヴィンセント様はお兄様の婚約者を探そうとしているのです。
マージナル家、バルフォード家、ラグレット家の関係で言えばこの3家が繋がりを持ち、協力して行くのはエルグラードにとっても重要でしょう。
バルフォード家にはフォノス、マージナル家にはお兄様、ですが、ラグレット家にはサーシャ様です。
ヴィンセント様はサーシャ様と面識がありますし、彼女が女領主として侯爵領を継ぐ場合を考えてしまった。
その場合はラグレット侯爵家を取り潰さないといけない。ただ、ラグレット侯爵家は名家、簡単に取り潰すのは難しい。そうなると彼女や現ラグレット侯爵の手綱をしっかりと握れる人物を送り込むのが最善でしょう。
そう考えて真っ先に思い浮かぶのがお兄様でした。
「……サーシャ様はお兄様に手ひどく振られていますが」
「突然、何を言うのだ?」
「……違うのですか? お兄様をラグレット侯爵家に送り込んで領地運営を改善させる気なのでは?」
バルフォード侯爵領はフォノスが継げば安泰、お兄様にラグレット侯爵家を継がせて領地運営を改善させる。
そして、ヴィンセント様は私には優秀な婿養子を当てがう事でマージナル侯爵家を維持すれば良いと判断したのでしょう。
ただ……サーシャ様は幼い頃にラグレット現当主様の指示でお兄様を陥落しようとして瞬殺で拒否されているんです。お兄様に振られてアルフレッド様、そして、フォノスを狙う当たり、節操がないと思うのですが彼女が言うにはそれが貴族なのだから仕方ないのでしょう。
かなり昔の事ですし、きっと、サーシャ様がお兄様に振られている話はヴィンセント様には届いていないのだと思い、説明しようと口を開く。
しかし、反応は予想とは異なる物でした。ヴィンセント様は眉間に深いしわを寄せ、イルムは頭が痛いと言いたげに額を手で押さえています。
「……確かにラグレット侯爵家はどうにかしないといけないとは思うが次期当主が取られてはマージナル家が困るだろう?」
「ですから、ヴィンセント様、自ら私の婚約者を探してくれると言う事なのではないのですか?」
「お嬢様、それは酷いです」
ヴィンセント様は眉間に深いしわを寄せたまま、お兄様とサーシャ様の事ではないと言います。
それでは何なのかと考えるのですが答えは見つからないです。イルムがわかっている様子なので侯爵令嬢として情けないのですが教えなさいと目で訴える。
ですが、すぐに自分で考えてくださいと視線で返事がありました。まったく、侍女なのですから私が困っているのですから助け舟を出すべきです。
「確かにルディア嬢の婚約者を探すのは必要だとは思うが、そのような話をしているつもりはないが」
「それでしたら……サーシャ様はおすすめしませんが、ヴィンセント様でしたら、彼女も納得するでしょうし、彼女の手綱を握る事もできると思いますが下手をすると国を傾けるかも知れません」
「……なぜ、俺がサーシャ嬢を妃にしなければならない?」
いくつか考え付く事を上げてみるのですが、ヴィンセント様が頷く事はありません。
そのようなお話をしているとヴィンセント様がマージナル領内に居られる時間も無くなってしまったようで彼はまた来ると言い残してお城に戻って行きました。
……何とか逃げ切れましたね。