第18話
「……良いですか。ヴィンセント様」
「何だ?」
「ヴィンセント様に何かあれば、マージナル家にも責が及びます。皇太子様としての自覚をお持ちください」
一息ついてから、まっすぐとヴィンセント様を見ます。
笑われているのも気になるのですが、それよりも先に態度を改めていただかなければいけません。
1つ咳をしてから臣下の者として進言をするのですがヴィンセント様はつまらないと言いたげにため息を吐く。
「……聞いていますか?」
「ルディア様、言い難いのですが、その件に関して言えば、お嬢様もです。領内とは言え警護を付けずに歩き回られては困ります」
……ヴィンセント様に進言したつもりがイルムからきつい一言を浴びせられてしまいました。
裏切られた気分です。非難するような視線を彼女に向けるのですがイルムは素知らぬ顔をしています。
そして、ヴィンセント様はニヤニヤと口元を緩ませています。
「私とヴィンセント様では立場が違うでしょう」
「領民達に迷惑がかかるのは変わりません」
「……」
この状況で言わなくても良い気がするのですが、ヴィンセント様の前で首を振るわけには行きません。
形だけでもと頷いて見せるのですが、イルムは私が形だけで頷いている事に気が付いているようでため息を吐きました。
ヴィンセント様の前でそのような態度を取るのは失礼ではないかと思うのですが、彼女もヴィンセント様本人も気にしてはいないようです。
「……納得がいきません」
「別に気にする必要はないのではないか? 俺は騎士団に席を置いているから、自分の身もそれなりに守れる。ルディア嬢も魔法の才能に恵まれていると聞いているが」
完全に私だけが責められている状況に肩を落としてしまうのですがヴィンセント様は気にした様子もない。
それどころか、自分は騎士だから自分の身は自分で守れると言うのです。
確かに授業で魔法は学んでいますが才能があるとは言えません。才能があれば宮廷魔術師などの誘いがあるでしょうし……誘われても宮廷魔術師などになる気はありませんが。
「……それで、ヴィンセント様、マージナル侯爵家の領内はいかがでしたでしょうか?」
「素晴らしいな。これほど、領民の事を考えている領主がいる事を誇りに思う」
「光栄です」
この状況では私には分が悪いように思うため、ヴィンセント様にマージナル家侯爵領の印象を聞く。
ヴィンセント様は少しだけ考え込んだ後、笑顔で頷いてくれました。どうやら、領地運営能力としては合格点をいただけたようです。身分を隠して騎士団に紛れ込んでいると言うおかしな事をされている方ですが多くの領地を視察して回っているため、信用は出来そうです。ただ、なぜ、少し考え込んだのかは気になります。
「光栄と言う割に納得していない様子だな?」
「そのような事はありません」
「まあ、良い」
疑問を抱いた事をヴィンセント様に気が付かれたようです。
何もないと答えるのですが、彼の視線は鋭い……その視線に息を飲んでしまうのですがヴィンセント様は追及する気は無いと口元を緩ませました。
彼の表情に背中が寒くなるのですがそれを口に出すわけには行きません。この寒さを誤魔化すために湯気の上がっている紅茶を口に運ぶ。
一息ついて顔を上げるとヴィンセント様は私の顔を見てニヤニヤと笑っています。皇太子様とは言え、女性相手にこのように笑うのはどうかと思います。
「ルディア嬢」
「はい」
ニヤニヤと笑っていたヴィンセント様が突然、表情を引き締めて私を呼びました。
その表情から何かあるのかと思い、姿勢を正す……なぜか、側に控えるイルムの目は期待に満ちています。
イルムには何があるのかわかっているのでしょうか? 真面目な話だと言う事がわかりますがどのような話かは想像がつきません。
「バルフォード侯爵領とラグレット侯爵領の事を聞きたいのだが」
どうやら、他の侯爵領の様子を聞きたいようです。多くの領地を見てきたヴィンセント様ですから当然の事でしょう。
ただ、話を聞いていたイルムはなぜか肩を落としてしまいました。どうやら、彼女が考えていたお話とは違ったようです。
ですけど、バルフォード侯爵領とラグレット侯爵領のお話ですか?
何度かしか、ヴィンセント様とはお話はしていませんが、印象としてはかなりの切れ者です。
私から情報を集めなくてもすでに多くの情報をつかんでいるのではないでしょうか?
なぜ、私の口から聞きたいのかがわかりませんが先日の婚約破棄の件で何かあるのでしょうか?
単純に侯爵領だからと言う可能性もあるのですが、私にバルフォード侯爵領とラグレット侯爵領に聞くと言う事は関係がある気がしてなりません。
「……なぜ、私に聞くのですか?」
「同じ侯爵と言う立場で子息子女は懇意にしていたと聞いている。なぜ、ルディア嬢に聞くのかと聞かれれば、ルディア嬢は嫌いな人間が相手だとしてもその人間の足を引っ張るような評価はしないと思ったからだ」
懇意と言われても、正直、困ります。
確かに幼なじみではありますがアルフレッド様とサーシャ様とはお話もあまり合いませんし、サーシャ様とは面倒だから関わり合いたくありません。
なぜ、私に聞くのかと聞くとヴィンセント様は私の事を高く評価してくださっているようで私の目や耳で確認した物を知りたいとおっしゃられました。
「そのような評価をいただけて光栄ですが、私よりもお父様やお兄様にお聞きした方がよろしいと思いますが」
「それも考えたのだが、まだ、マージナル家当主と次期当主とは顔を合わせたくないんだ」
「そうなんですか……」
現当主の領地運営能力を知りたいのであれが、お父様やお兄様に聞くのが筋でしょう。
ヴィンセント様の言う通り、私に公平な評価ができるのであれば良いのですが、私は領地運営自体を学んでいるわけではなく正確な判断はできません。
私には荷が重いと首を横に振るのですがヴィンセント様はなぜかお父様とお兄様には会いたくないと言います。
なぜ、ヴィンセント様がお父様達と会いたくないのかはわかりませんが、彼の事ですから何か企んでいるのでしょう。