第17話
「……どうした物でしょうか?」
「今度は何で頭を抱えているんだ?」
「決まっているでしょう。この状況です。なぜ、ヴィンセント様がマージナル家の領内に居られるんですか?」
アメリア様に別れを告げてお屋敷に帰ってすぐにヴィンセント様に教わった事を実践しようと花畑に足を運んだのですが……なぜか、花畑にはヴィンセント様が居られました。
彼は領民達と楽しげに話をしながら私に話してくださった他の領地で行っている事を説明されていました。
その様子に私は眉間に深いしわを寄せてしまうのですがお供をしていたイルムがお茶の準備を始め出し、お茶会の準備が始まりました。どうやら、すでにイルムやこの場所にいる領民達は彼が皇太子様だと知っているようにも見えます。
意味の解らない状況なのですが相手は皇太子のヴィンセント様が席に着いてしまうため、私も席に着かないわけには行きません。
紅茶とお茶菓子を並べるイルムへと非難の視線を向けるのですが彼女は私の視線を無視して素知らぬ顔で準備を続けています。
頭が痛くなり、肩を落としてしまうのですがヴィンセント様は特に気にした様子もなく、マージナル家の領民を眺めながら言います。
ため息を漏らすのは何とか我慢するのですがきっと眉間に深いしわが寄っているでしょう。
彼がマージナル家領内に居られる理由を聞いてみるとヴィンセント様とイルム、そして、話を聞いていた領民達が同時にため息を吐きました。
私は何かおかしな事を聞いたのでしょうか?
意味がわからないのですがこの状況をどうにかするのが先決です。小さく深呼吸をして表情を引き締めてヴィンセント様へと視線を向ける。
……そう言えば、領内ですがヴィンセント様をヴィンとお呼びした方が良いのでしょうか?
なんとなくですが、イルムを含めたこの場にいる者達はヴィンセント様が皇太子様だと知っている気がしています。ですが、彼が皇太子様だと知れ渡るのは問題があります。
「……あの、マージナル家の領内ではなんとお呼びすれば良いでしょうか?」
「ルディア嬢の好きに呼べば良い。驚くほどにルディア嬢は領民達に好かれているようだからな。ルディア嬢に不都合な事は言って回らないだろう」
ヴィンセント様に確認をしてみるとどうでも良いと言いたげにため息を吐かれてしまいました。
……いえ、病弱と言うお噂のあるヴィンセント様がマージナル家領内でお茶をしている事に問題があるのです。 人の口にふたをできない事を知らないのでしょうか?
国内を歩き回っているのですから、その辺りは知っていてもおかしくないのですが……
「皇太子が領内を歩き回っているとは思わないだろう。私の正体を知っているのはイルムだけだ。領民達は私がルディア嬢に婚約を申し入れに来た1人としか考えていないだろう。変わり者のお嬢様を射止めるためにこんな場所でお茶会をする変わり者が来たとしか思っていないだろう」
「……」
確かに私の下には多くの婚約を求める貴族や有名商家の子息が訪れていました。
息抜きのために抜け出した時に領民達に不平不満を漏らした記憶も確かにあります。それに皇太子であるヴィンセント様の容姿は病弱だと言う噂を広めているせいか、公の場に出てこないため、国民達にも知られていない……確かに私とイルムが彼を皇太子様だと話さなければ問題はないでしょう。
ですけど、ヴィンセント様も変わり者扱いで問題はないのでしょうか?
「病弱だと装って、名を変えて国内を歩き回っているんだ。充分に変わり者だろう?」
「……それは確かにそうかも知れません」
私の考えている事はヴィンセント様には気づかれているようで彼は楽しそうに口元を緩ませました。
確かに私も彼の行動はどうかとも思いました。ただ、そのおかげで領地を潤わせる方法が聞けたわけですが……やはり、皇太子としては問題がある気がします。
「ヴィンセント様、わざわざ、マージナル家領内にお越しいただきありがとうございます。それも冷害対策のお話までしていただけたようですね」
「ルディア嬢はまだ授業があったようだからな。俺はヒマな身だ。一足先に話をしても良いと思ったんだ」
「そうですか……」
いろいろと言いたい事はあるのですがまずはヴィンセント様にお礼を言わなければいけません。
頭を下げるとヴィンセント様は気にする必要はないと言ってくれるのですがなぜか、納得がいかないです。決して、私が領民達にお話をしたかったわけではありません。
それに……
「……あの、ヴィンセント様、まさか、お1人でお越しになられたわけではないですよね?」
この場にいるのはヴィンセント様と私、イルム、そして、マージナル家の領民と知った顔ばかり、そう知った顔しかいないのです。
学園内でもお1人で歩き回っていたようですが、それをマージナル家領内でされては困ります。我が領内でヴィンセント様に何かあった場合、お父様に責が及ぶのです。
少し離れたところで警護の者達が周囲を警戒している事に期待して聞いてみるのですが、ヴィンセント様はくすりと笑うだけです。
この表情にはイヤな予感しかしません。その笑顔に私は確信してしまいます……警護を1人も連れてきていないと言う事を。
考えられない状況に顔が引きつるのですがヴィンセント様もイルムも素知らぬ顔です。
変わり者とは言われていますが、ヴィンセント様が行っている事がおかしい事はわかります。
「……ヴィンセント様、せめて、警護の者を連れて歩いてくださいませんか?」
「警護の者を連れて歩くと自由に歩けない」
「そんなわがままを言われても困ります」
皇太子様に何か起きては大問題です。いえ、大問題などと軽く言ってはいけません。
考えて歩いて欲しいと頭を下げるのですが年甲斐もなく、唇を尖らせています。
年上の男性にそのような反応をされてもどうして良いかわかりません。
ため息を飲み込むようにイルムが用意してくれた紅茶を口に流し込むのですが、ヴィンセント様はそんな私の表情を見てなぜか楽しそうに笑われています。
ですが、笑われている方としては面白くなどありません。