第11話
「……気温が上がらないのでしたら、火属性と風属性の魔法を使って農作物に温かい風を送り続けてはどうでしょうか?」
「細やかな温度の調整やそれを領地内で行える魔力がお嬢様におありでしたら、お試しください。ただし、失敗は許されませんよ」
私は自室で皇太様であるヴィンセント様から届いたお手紙を前に現実逃避をしています。
同席しているイルムは呆れ顔でため息を吐くのですが私自身、ヴィンセント様と面識がないため、なぜ、このような手紙が私に届いたのかがわかりません。
『ヴィンセント=エルグラード』様、年は私より、4つ上で言うまでもなく、エルグラード帝国の皇太子、当然、王位継承権第1位であられます。どのような方かと言うと……情報が少なすぎてわかりません。
皇太子様であられながら、なぜか、夜会や舞踏会などの場には出席されないのです。私も煩わしいため、あまりそのような場には顔を出しませんが、さすがに皇太子が理由もなく、出席をされないのは何かわけがあると思われます。そう思うのは私だけでは当然なく、そのため、多くの方達はヴィンセント様が病弱であられると噂されております。
ですが……そんな方がなぜ、私にお手紙を?
「……私の下にヴィンセント様からお手紙が来るのかが身に覚えがないのですけど」
本当に心当たりがない……いや、1人だけ心当たりとも言えない方がいないわけでも無いのですが、あの方は病弱とはかけ離れすぎている気がします。
念のため、手紙の封蝋を確認する……間違いなく、エルグラード王家の物であり、偽物の可能性は低い。
「お嬢様、まずは内容を確認するのが先決ではありませんか?」
「それは確かにそうなのですけど……」
婚約者がいなくなった私を病弱なヴィンセント様の婚約者にして健康な世継ぎをと言う可能性も確かにある。アルフレッド様が私の事を変わり者と言うように私の事を変わり者と言う方達は多い。
その辺は否定するつもりもありませんが問題はヴィンセント様が噂と違い病弱ではなく、私が考えている方とヴィンセント様が同一人物の場合……面倒な事にしかならない気がするのです。
「お嬢様、あまり悩んでおられますとお時間が無くなりますよ。領民達とのお約束があったのでは」
イルムに促されて覚悟を決めます。確かに得体の知れないお手紙1つで悩んでいるヒマなど私にはないのです。
なぜならば、本日は苦労して育てた作物の1つを初収穫するのです。こんな物1つで悩んでいる時間はありません。急ぎ、手紙を開きます。
そんな私の姿にイルムは頭を押さえるのですが優先事項は領民との約束です。
「なんと書かれているのですか? やはり、婚約の申し入れでしょうか?」
イルムは期待したように言うのですが内容は彼女の期待を裏切る物です。
内容を簡単にまとめればお茶会へのお誘いです。皇太子様からのお茶会のお誘いと言う事は名誉な事なのですが、なぜか、場所も日時の指定もお手紙には書かれておりません。
単純に書き忘れでしょうか? そんな事を考えてしまうのですがすぐに先日、学園でお会いした推定ヴィンセント様のお顔が頭に浮かびます。
……絶対に何か裏があるに違いありません。
あの意地悪く歪んだ口元、含みのある笑顔……言いたくはありませんが同種の人間だとしか考えられません。間違いなく、お腹の辺りは真っ黒でしょう。
ですが、ヴィンセント様の情報が少なすぎるためか、彼が何をお考えになっているのかはまったく、想像がつきません。ただし、何かを企んでいる事だけは本能的に察する事ができています。
「お嬢様?」
「……お茶会のお誘いのようですね。ただし、場所も日時も書かれていませんわ」
「場所も日時もなしですか? ヴィンセント様のお誘いなのですから、場所はきっと王城の中庭なのでしょうが……ヴィンセント様は何をお考えなのでしょうね?」
私の眉間にはきっと深いしわが寄っていたのでしょう。イルムは何かあったのかと思い私の名を呼びます。
先日、学園でお会いした男性がヴィンセント様だと言う確証はありません。彼女に心配をかけるわけにも行かないため、お茶会に誘われた事を説明する。
皇太子様からのお茶のお誘いと聞き、イルムの顔は綻ぶのですが、場所も日時もわからないと聞いてすぐに怪訝そうな表情に変わります。
当然の反応でしょう。ただし、私も答えを持ち合わせていないため、首を横に振る事しかできません。
「単純に書き忘れたと考えるべきか、何か他の意味がある可能性も実は暗号で書かれている可能性も」
「……女性をお茶会に誘うのに暗号で誘う必要性があるとは思えませんが、お嬢様ならいざ知らず、1国の皇太子様がそのような無駄な事をなされるとは思いません」
「イルム、私だって暗号を考えるほどヒマではありませんわ」
……イルムの言う通りだとは思います。自分でも暗号と口に出した時に何を言っているんだと思いましたから。
別にマージナル家は国の諜報部隊を担っているわけではありませんし、周囲に変わり者と噂をされても暗号を作り出すほど私もヒマではありません。だいたい、暗号を作り出す時間があるのでしたら、土いじりに時間を割きます。そちらの方が建設的です。
「次のお手紙を待ちましょうか? 今回は挨拶程度の物だった可能性もありますし」
「お返事を書かれてはいかがでしょうか? お誘いのお礼とさりげなく、場所と日時が書かれていなかった事をお知らせになってみては」
「それが無難ですね。ですが……場所と日時が書かれていなかった事をさりげなく、伝える文章と言うのは難しくありませんか?」
このお手紙に何か特別な意味が込められているかはわかりませんが今の私には何もできる事はありません。
一先ずは無難にお誘いに対するお礼をしたためる事にしようと決めるのですが日時と場所が書いていませんでしたと伝えると恥をかかせてしまうかも知れない。
文章には細心の注意をしなければいけないと思うのですがあまりにくだらない事に頭を使う事になるとは思っておりませんでした。