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ハルノオト  作者: なた
3/5

「ノ」

 楠木さくら祭り。

駅から徒歩3分の楠木公園で毎年行われるこの祭りは、沢山の屋台と夜桜で有名である。

日中の桜はもちろんだが、夜に見る桜は逸品だ。

 …まあ、見たことはないが。


「……人、多くない?」


ぽつりと呟く。

しかし、誰に気づかれることもなく人ごみにかき消されてしまう。

聞いてほしいわけでも、返事が欲しいわけでもないのだが、なんとなく虚しい気分になった。

「はやく来すぎたかな…」

腕についている新品の時計を見ると、時刻は2時。

まだ約束の1時間前だった。

 はやすぎるよ……。

誘ってくれた彼を差し置いて先に回るというのもできるわけはなく、どうしたものかとあたりを見渡した。

 ふと目についたベンチに腰を掛けようと近寄ると、不意に後ろから肩をつかまれた。

「ひゃっ」

思わず出た声に引っこみはつかず、恥ずかしくなる。

「七海?」

聞こえた声に覚えを感じた私は、恐る恐る振り返った。

「………遥」

声の主は、幼馴染で隣に住んでいる瀬戸遥だった。

「なにしてんの、ひとりで。」と、遥が聞いてくる。

「…そっちこそ」

 腕に青いラインの入ったパーカーにジーパンという、休日お馴染みの服装でそこに立つ遥は、明らかにほかにだれか一緒に来ているとは思えない。

「え、なに?マジでひとりなの、お前」

本人にその気はないのだろうが、なんとなく嫌味に聞こえるその言葉に、私は苛立ちを覚えた。

「だったらさ、一緒まわんね?俺もひとりだし」

ムカつくくらいにいい顔で笑う彼に対し、少しでもときめいた私を殴りたい。

「悪いけど、友達と約束あるからひとりで回っ」

「そっか、じゃあ行こう」

「はっ!?え、ちょ、」

私の話を最後まで聞き終わる前に彼は私の手を握って歩き出した。

「私、友達と約束が」

「あそこのたこ焼き8個入り300円だって!割り勘しよーぜ!」

「これから一緒にまわるから」

「あ、やべ、隣のお好み焼も超うまそう」

「遥、ちょ、聞いてる?」

「七海、今、金いくら持ってる!?」

だめだこいつ。会話が成り立たない。

いや、いまさら何を言うか。思い返してみろ、こいつはいつもそうだ。

 小学生の頃、具合が悪いという私の意思を無視して真夏の太陽の元、一日中昆虫採集に連れまわしたような奴だ。

 さっきだって、私が答える前にさっさと歩きだしてしまった。

私の意見を聞く気なんてなかったのだ。

 いつもの私なら『仕方ない』とそのまま彼の自己中に付き合うところだが、今日はそういうわけにはいかない。

 なぜなら、約束があるからだ。

「遥っ!」

握られた手と強くつかみ、彼を引き留める。

強く握り返される手。いや、そういう遊びとかじゃないよ、遥。

キョトンとする彼に、私は説明する。

「約束、あるから、」

ここまで言うと、遥の顔が怖くなるのがわかった。不機嫌そうな顔。

 そして、そんな彼の口から出たのは思いもよらない言葉。

「時間は?」

「え?」

「何時に約束してんの?」

じと、と私を見つめてくる。

「…3時」

なんでそんなことを聞くんだ。そんな疑問が頭をよぎる。

「じゃあまだ時間ある。さあ行こう」

再び手を引かれ人ごみに入り込む。

「遥、どういう…」

どういうこと、と聞く前に遥が答えた。

「1時間もあるんだ、暇なんだから付き合え」

もはやお願いでもなくなった彼の台詞に少し腹を立てながらも、引かれるがままに歩いてく。

 今ここで手を振り払ったところで遥のことだ、機嫌を損ねて面倒なことになるに決まってる。

『1時間だけ』という約束の下、私は春くんに申し訳ないまま遥と祭りをまわった。


 その後も続いた遥のマイペースに私は振り回された。

 お昼ご飯と言って、8個入り300円のたこ焼きに隣の美味しそうなお好み焼、それに加えて、リンゴ飴やらチョコバナナやらを食べた私たちのお腹はふくれるほどとなっていた。

「遥、私そろそろ…」

既に二つ目のチョコバナナをほおばる遥に、私は言った。

「んー、じゃあ真由によろしくー」

そう言ってチョコバナナをたいらげ、遥は手を振り帰っていった。

 思ったよりもあっさりとしていたのは、私が会うのは真由だと勘違いしているせいだろうか、それはわからん。

 きっと男の子と会うなんて言った暁には、奴は一緒にまわりたいとのたうちまわっただろう。


数分歩いて、待ち合わせの場所へ到着すると、すでに待っていた春くんを見つけた。

「ごめん、待たせちゃった?」

あわてて駆け寄ると、「いや、」と春くんは答えた。

「どうする?先に店まわっちゃう?」

「う~ん、春くんが構わないなら明るいうちに桜描いちゃいたいな。夜になると雰囲気とか色が変わっちゃうから」

今お腹いっぱいだし。

 そんな私の心の内も知らず、春くんは「ん、おーけー」と返事をした。

ごめんね。

「どっか人気の少ないとこがいいよね」

そういって歩き出す春くんに私はついていく。


 人気のない場所を見つけ、空いている草原に腰を下ろす。

屋台もないせいで余計に静かに聞こえるこの空間は、絵をかくのには最高、彼と二人きりになるには最悪な場所だった。

 何か話そうにも、基本的に会話が続かないのでそれは意味をなさない。

恐る恐る彼の顔を覗きこむと、その目は私に気付くことなどなく、真剣に桜を見つめていた。

 そっか、桜、好きなんだっけ。

 邪魔しちゃ悪いと、私は鞄からスケッチブックに水彩ペン、携帯端末を取り出した。

帰ってからも描けるように、始めに何枚か写真を撮る。

全体を撮るフリをして立ち上がり、さりげなく春くんを1枚撮ったことは忘れてほしい。

 だいたいを撮り終わると、いよいよペンを手に取った。


 1枚目が書き終わったのはちょうど1時間後だった。

時刻は4時を指していて、夜桜を求めてもうじき人が集まり始めるであろう時間となっていた。

 地面にばらまかれたペンを拾い集め、鞄へしまっていく。

「そろそろ、お店見る?」

私の行動に気が付いた春くんが、声をかける。

「あ、うん、遅くなっちゃってごめんね」

立ち上がりお尻に付いた草や土を軽く落とす。

 屋台の行列に入り、いろいろな店を見て回る。

遥とまわった時は食べ物中心だったが、春くんは射的屋や金魚すくいなどのお店も見ていた。

 3つ目の射的屋の景品が目に留まる。

桜柄の布に包まれ、胸部分に夜桜の薄青いブローチを付けた小さなピンクのクマのぬいぐるみ。

サイズ的に、紐を通せばストラップとして鞄に付けることもできそうだ。

 そんな妄想なんかして目を奪われていると、春くんが立ち止まる。

「ほしいの?」

「えっ!?」

驚いて思わず声を荒らげると、彼は店のおじさんと銃とお金の物々交換を行っていた。

「兄ちゃん、いいねぇ。彼女に贈り物かぃ?」

「ッ違います!」

顔を少し染めながら春くんが答える。

ポンッという音とともに、クマが倒れこむ。

「おお、一発!」

店のおじさんが倒れたクマを拾い上げ、春くんへと渡す。

「…ども」

妙にニコニコしている(気持ち悪い)おじさんに頭を下げ、その場を後にする。

「ん、」

手渡されたクマは、何とも愛らしい様子でこちらを見つめていた。

「…あ、ありがとう」

素直にうれしいと、うまく言葉って出ないんだな。普段も出ないけど。

 通りかかった店でたこ焼きを買うと、さっきの場所へと引き返した。

既にライトが付き始め、オーラを醸し出す夜桜。

 それを見てまた作業を始める私に、春くんはたこ焼きを差し出した。

これは割り勘だったから、私も遠慮なくいただく。

 口にたこ焼きを含みながら、夜桜を堪能した。


 帰り道、家まで送ると言ってくれた彼に甘え、ともに帰路についた。

「今日は、ありがと」

少し視線を上げ、彼の顔を覗き見て言った。

「こちらこそ」って、彼は言う。

そもそも、今日は彼にとって、有意義な時間となっただろうか。

否。

そんなはずない。

そう思うと、急に不安がこみ上げてきた。

「…今日、どう、して、誘ってくれたの……?」

何を聞いているんだと俯きながら思った。


彼は、私と過ごすことによって無駄に時間を浪費してしまったのではないか。

ただの罪滅ぼしに過ぎなかった彼の優しさに、私はどれだけ甘えていたんだ。


聞いたことを後悔する。

「あ、いや…」と急いで訂正をしようとする。

しかし、それよりも早く、春くんが口を開いた。


「好きだから」

そういった彼の顔は、昼間に嫌というほど見た桜よりも、赤みを持っていた。

 風で舞う桜の花びらに視界を奪われながら、私は彼をみつめる。

「七海が、好きだから」

もう一回、というように繰り返された言葉は、強みを増していた。


 綺麗な夜桜が、私を闇で包み込んだ。

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