「ル」
「お、はよう、春くん」
「…はよ」
教室へはいってきた彼と、挨拶を交わす。
それを見て理沙ちゃんは「なになに!?どゆこと!?」と、私の顔を覘きこんだ。
「昨日何があったの!?わーたーせー!私とも語ろーぜーー!」
理沙ちゃんはすぐ斜め後ろに座る彼に、大声で言った。
「雪村ー」
春くんもそれにこたえるように、理沙ちゃんを呼ぶ。
「静かにしなさーい、ご近所様に迷惑でしょー」
若干棒読みに聞こえるが、理沙ちゃんは満足そうにゲラゲラと笑っていた。
「渡瀬、意外に面白い奴だね」
「雪村こそ、見た目以上にうるさい奴だな」
いつの間にか仲良くなった理沙ちゃんと春くんは、もうすっかり『友達』だった。
「人当たりもよくて、面白いのに」
しばらくして理沙ちゃんが言った。
「なーんでいつも一人でいるんだろーね、渡瀬」
最もな質問に、「うーん」と、曖昧な返事をする。
「小学校の時って、どうだったの?」
「えーとねー、クラス違ったからよくわかんないけど、女子といるとこは見なかったかなー」
だから驚いたよーと、理沙ちゃんは言った。
春くんのほうを見ると、彼はまた桜を眺めていた。
「…毎日見てて、あきないのかなぁ」
ポツリとつぶやいた。
それに反応するように、春くんが小さくくしゃみをした。
今日の部活動は、果てしなく暇だった。
来月のコンクールに出す絵のイメージ画を考えていたからだ。
アイディアさえ出れば後は手が勝手に進むんだけど、そのアイディアが出なかったからだ。
部活終わり、玄関へ向かう際中、書道部の部室を通りかかった。
そういえば、書道部だっけ。
何気なく覗いてみると、いつになく真剣な表情の春くんがいた。
その隣には、よく春くんと話している男子もいた。
文字もさることながら、それを書く彼の姿もまた、綺麗だった。
「なにしてんの?」
桜並木を眺めていると、春くんが声をかけてきた。
「桜、見てた」
「見ればわかるよ」
その言葉、そっくりそのまま2日前のあなたに返します。
「今の時間わかる?」
「6時過ぎ」
私が答えると、春くんは「違う」と吐き捨て、私の手首を掴み歩き出す。
「もうすぐ7時」
どことなく不機嫌そうな、いや、確実に不機嫌なその背中に私は引っ張られた。
「部活、1時間前には終わってたはずだろ」
重たい春くんの声。
「春、くんっ」
ぐっと立ち止まろうとするけど、彼の方が強くて止まれない。
「…手、痛い、です」
おもわず敬語になってしまったのは、彼が少し怖かったからだと思う。
それでも春くんが私の手を放すことはなく、ただ、立ち止まってはくれた。
「暗くなってんのくらい、気づいただろ」
こちらを振り返り、春くんが言う。
「なんで帰らなかったんだよ」
「その、夜桜、みれるかな、と…」
少し声が震えた。
握られた手が強くなる。
「……今日は、送ってくから」
それから春くんが話すことはなくて、昨日よりも時間が長く感じた。
家に帰って、彼を怒らせてしまったことにひどく後悔した。
いいアイディアが浮かぶかと桜を眺めていた。どんどん暗くなっていく中で、綺麗な夜桜を期待してしまったのは事実だ。
だが、彼が心配して怒ってくれたんだと思うと、やっぱり自分のしたことに悔んでしまう。
そのことを親友の真由にメールでつたえると、すぐさま返信が来た。
『ななが悪い』
直球な言葉に、うっと、声をもらす。
少しもたたないうちに、また新たにメールが届く。
『アホ』とかえってきた。
それっきり返信はなく、私も気が付いたら眠ってしまった。
朝、目が覚めると、妙に体が重かった。
寝すぎたかな、と時計を見ると、時刻は9時を指していて、本当に寝すぎていた。
たまたま土曜で休日だったため助かったが、平日なら普通に遅刻だ。
朝ご飯を食べにリビングへ行くと、兄が朝食を食べていた。
今日はこれからバイトのようで、そくささとご飯を食べ私の横を通り過ぎて行った。
パンを口にくわえながら、今日は何をしようかと考えていた。
思い浮かんだのは部活の絵で、ただ、桜を見に行くのは気が進まなかったので、河川敷へ行くことにした。
河川敷は人が少なくて、いるのはせいぜい散歩にきた近所の方だけだった。
「スケッチでもしてようかな」
思ったよりもいい風景に、ペンが進んだ。
夢中になりすぎていたか、いつの間にか落としていた消しゴムに気が付かなかった。
目の前に消しゴムを差し出され、顔を上げると、そこには春くんがいた。
「あ、」
うまく言葉が出ず、お礼も言えない。
私のスケッチブックに消しゴムを置き、黙ってその場を離れようとする彼を、何とか引き留めようとする。
立ち止まり振り返る春くん。よく見ると、彼の服の裾を私が掴んでいた。
「なに?」
昨日と同じ重い声に、少しビクつく。
「あの、春、くん、昨日、その、ごめん」
彼の顔は怖いまま。
「心配かけて、ごめん。怒らせて、ごめん。」
すっとしゃがみこむ春くん。そして、私の顔を覘きこみ、言った。
「風邪、ひいてない?」
「うん、平気」
「…そか」
にっこり笑う彼に、もう怒っている様子はない。
春くんは、そのまま隣に座った。
特に話すこともなく、私はそのままスケッチを続けた。
不意に、「桜」と、彼がつぶやいた。
「…桜、みたいんなら、来週隣町で桜祭り、あるけど」
「え?」
おもわず驚いて、ペンを落としてしまった。
それを拾った春くんが、私の目を見て言う。
「そこなら、夜桜も見れるだろうし、……昨日は、見れなかった、から、」
言葉を濁らしてその先はよくわからなかったけど、つまりは『桜祭り連れてってやる』ってことでいいのだろうか。
「さすがに夜桜見んなら暗くなるし、だったら、…俺もついてくから」
あわてて付け足すように彼が言った。
「じゃあ、お願いしよっかな」
そういってペンを受け取ると、私は春くんに笑って答えた。




