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ハルノオト  作者: なた
1/5

「ハ」

「ハルノオト」って、言いやすいというか、頭に残りやすいというか。

発音でしょうか、リズムでしょうか。

 クラス替えとは、一種の拷問である。

 そして新しいクラスとは、その拷問を行う地獄である。


 ガララッとあらか様に音を立ててドアを開けた少年は、あろうことか、私の隣の席に腰を下ろした。

一緒に話していた真由は、「なにあれ」と顔を引きつらせる。

 近くで騒いでいた男子が絡みに行くも、素気ない様子で受け流し外を眺めていた。


「自己紹介をしよう」

当然と言えば当然の、先生の一言。

その場で自己紹介、一人30秒、なんて黒板に書かれていく。

 めんどくさいとわざとゆっくりしゃべる人もいれば、積極的にはきはきしゃべる人もいる。

私は多分、その中間。

「遊佐七海です。美術部に入ってます、よろしくお願いします」

計っているわけでもない30秒は、なんとなくで過ぎていく。


「渡瀬春です、よろしく」


ごまかしきれない一瞬の30秒。

「もう少しない?」と困り顔の先生。

少しざわつく教室は、副担によって静められた。

 渡瀬くんは、隣で眠そうに外を眺めてる。

絡みにくそうな、しゃべりにくそうな、そんな印象。


 

 休み時間、自己紹介のおかげで朝より騒がしい教室。

「渡瀬、なんか雰囲気独特だよね」

そう言ったのは、前の席の雪村理沙ちゃん。

初めて話す子だったから緊張して言葉が出なかったけど、代わりに小さく頷いた。

「私、小学校一緒だったんだけど、あんま話したことないんだ」

「そうなの?」

「クラス違ったのもあるけどねー」

あはは、と笑いツインテールを揺らす彼女と、私は友達になった。


 授業は変わりなく進んだ。

唯一違ったのは、授業妨害をする男子のメンバー。

どんなにクラスが変わっても、これだけは変わらずあるものだ。

 珍解答を繰り返す妨害男子をよそに、渡瀬くんはノートをとっていた。頭は良いようで、問題はスラスラ問いていた。

 授業中は外見ないんだ、とか、本当に静かなんだな、とか、私はそんなことを考えていた。


 部活終わりは帰宅ラッシュが巻き起こる。

それを回避しようと、我が部は少し早めに部活が切り上げられる。

 いつものように校門をぬけると、街道の桜並木を眺める渡瀬くんがいた。

不意に目が合い、思わず声をかける。

「なにしてるの?」

返事はないか、と顔をそらし通り過ぎようとすると、彼が答えた。

「…桜、見てた」

見ればわかる。

なんてまあ、言えるわけもないが。

「なんで?」

「綺麗だから」

男子なのに珍しい、と思いながら私は彼の見つめる桜に視線を向けた。

 彼の言うとおり、桜はとても綺麗だ。

それ以上彼が口を開くことはなく、少し桜を見た後、背を向け歩き出した。

「あ、またね、」

咄嗟に声をかけると、今度は返事をせずにそのまま歩いて行ってしまった。

ただ、渡瀬くんの右手は私に別れを告げるように小さく振られていた。


 次の日、気づいたことは、外の景色。

渡瀬くんが眺めていた窓の外には、昨日見た桜並木が立っていた。

本当に好きなんだな、と新たな発見に少し胸が弾む。

「意外だね、まさかの純情ボーイ」

理沙ちゃんは驚いたように言った。

「渡瀬って、私服はヘッドフォンつけてるイメージあるよね」

「わかるかも」

理沙ちゃんが桜を眺める渡瀬くんを見て言った。

私もそれに同意し、少し笑って答えた。

 少し別の話をしていると、渡瀬くんは、前の席の男子と話し始めていた。

ちゃんと話すのか、と思ったけど、理沙ちゃん曰くその男子は部活が同じなんだという。


 帰り道、昨日の晴天が嘘のように雨がザーザーと降っていた。

「嘘でしょ…」

小さなつぶやきは、雨によってかき消される。

 玄関の屋根の下から出られずにぼーっと立っていると、渡瀬くんが現れた。

「……………」

少し私を見て、手に傘がないことに気が付くと、自分の持っていた傘を差し出した。

「え?」

「使っていいよ」

「いや、いいよいいよ、渡瀬くんのでしょ」

思いもよらぬ言葉に、あわてて断り、手を振る。

「今日、消しゴムかりたし」

「いやいや、それくらいで渡瀬くんに風邪をひかせるわけには」

ここまで言っても傘をさげない渡瀬くん。意外に頑固だ。

 渡瀬くんの言ってる『消しゴム』って、今日忘れてたから1日私の予備のを貸したってあれだと思う。

でも、さすがにそれだけの理由で人様から傘を巻き上げるなんてしたくはない。

 断固として断る私に、渡瀬くんは1つ提案をした。

「じゃあ、送ってくから」

「いや、それもさすがに…」

「なら、傘置いてく」

「送っていただきます」

何なんでしょう彼は。正真正銘の頑固野郎です。

 送っていただくのにも抵抗はあるが、断れば本当に傘を置いて帰ってしまいそうなので、私は彼の提案を受けることにした。

 ただ、送っていただけても傘が1つなのに変わりはないので、2人で同じ傘に入った。

「…………」

「…………」

無言の沈黙タイムが始まる。

 理沙ちゃんのように沢山話せるタイプならまだしも、人見知りタイプの私は何を話せばいいのかわからず黙り込んでいた。

 何か話題、と考え、自己紹介で聞けなかったことを聞いた。

「わ、たせくんって、部活何入ってるの?」

しまった、そもそも部活に入ってるかを聞くべきだったか。

「書道部。今日は休みだけど」

「へー……あ、だから字、綺麗なんだね」

そうつぶやく私を、渡瀬くんがじぃーっと見る。

「あ、ごめん、変なこと言った?」

「いや、よく見てんだなと思って」

少し自分が恥ずかしくなる。

「…字の綺麗な男子って、珍しいから、つい」

「そりゃ、どうも」


 そのあとも少し話し、気が付いたら家についていた。

「ありがとう、渡瀬くん」

そういって玄関へ向かおうとすると、渡瀬くんが言った。

「春でいいよ。…俺こそ、消しゴムありがとう」

まだ消しゴム引きずってたんだね、なんかごめん。

「じゃあ、春…くん、ありがとう」

「…風邪、引かないように」

雨の中駆け抜けていく彼を、私はじっと見つめていた。

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