haraheri_zombie
本編は(ゾンビの)暴力描写や(ゾンビの)性描写に満ちる予定です。ゾンビの性感帯は頭の上になる予定です。
正直まだ慣れない。
おれがゾンビの家に居候になってからもう二週間が経つ。
ゾンビの偽父と偽母はおれによくしてくれる。彼らは自分たちでは食べないのにおれのためにごはんを作ってくれる。
偽妹はおれにやたらなついてくるのだが、囓られるのが怖いのであんまりかまってやれない。
おれはまだここでゾンビ以外の人間を見ていない。
外にはゾンビたちがうろうろしている。ひだまりの中。
暖かい日の公園の池の岩場で亀が日光浴しているがそれと似たかんじだ。
ほのぼのしている。
もちろん囓られたら死ぬ。
かれらの仲間になるのだ。
そうなったら偽父も偽母も偽妹も喜ぶだろう。
彼らははずかしがりやだから、ゾンビになってとはおれに言えないのだ。
○
ゾンビ体験型MMO「ZOMBIE CRISIS」。
ピクミンと動物の森を足してバイオハザードで割ったようなゲームだ。
まず主人公は『かまれる』か『もがれる』を選ぶことができる。
『かまれる』はゾンビスタートだ。主人公はゾンビとしてゲームを開始する。
一方、『もがれる』はヒトスタート。ヒトは翼をもがれた天使という設定だからだ。
ヒトはゾンビに噛まれないようにミッションをクリアする。噛まれるとヒトは死ぬ。そしてゾンビとして生活を始める。
『ヒトとして生きるには、捨てアカがいくらあっても足りない』がキャッチコピーだ。
ゾンビ化してからのみ遊べるミニゲームが異常にクオリティが高いせいで、世界で10億人のユーザーがいる。
おれはゾンクラに夢中である。
おれは最近部活にも行かずに学校が終わると速攻でゾンクラをやりに家に帰っていた。
ある日、おれがいつものように帰ろうとしていると、部長がおれを昇降口で引き留めた。
「野門先輩、また今日も練習こないんですか?」
「部長、おれにはやるべきことがあるんだ」この巨乳は先月園芸部の部長になったばかりだ。
「これですよね」スマホの画面を見せてくる。ゾンクラ内で遊べるカードゲームだ。「先輩またレベル上がってましたよ!」
「レベルが上がらないと手に入らないんだ。血液がいくらあっても足りない」血液はゾンクラ内の通貨に等しい。
「ゲームやる暇あるなら部活に来てください……!」
「おれの畑は全部お前に引き継いだだろうが」
「でも……」
「帰れ、部長。おれは家に帰って『血の滴る生首』を育てなきゃならん。お前らと一緒にトマトを栽培してる暇はないんだ」
○
おれは家に帰って、ゾンクラの畑で『血の滴る生首』『錆びないバール』『シャワーヘッド』を栽培していた。
それらは全て色とりどりの花で表現されている。桜みたいな木に咲く花を育てているやつもいる。きっといい苗床があったのだ。
ゾンクラのおもしろさは、近所づきあいにある。
みんなが育てたアイテムをゾンビにお裾分けする。他のゾンビもお裾分けしてくれる。みんな幸せになるのだ。
ぶつぶつ交換は経済を育て、村を大きくする。
そうやって村を強くしていかないと人間たちが襲ってきたとき対応できないのである。
おれは夜中までゾンクラをやった。途中で喉が渇いてきた。おれは一階に下りて冷蔵庫を漁ったが、なにもない。
おれは外に出てコンビニを目指した。
コンビニではゾンビがジャンプを立ち読みしていた。
おれはなるべくゾンビと目を合わせないように、棚と棚の間を通って冷蔵庫のコーラを手に入れた。
青白い頬。妙にひょろ長い手足。眼球の有無は前髪で隠れていてわからない。だが確実にゾンビだ。しかもゾンクラの。
頭に花が生えているからそれがわかった。
おれはどうにかしてかかわりあいにならないよう、慎重にレジに向かう。
ジジジ、と虫を殺す紫外線の出るあれの音がする。
おれは視線を一瞬雑誌コーナーのほうに向けた。
どうやら客は、おれとゾンビしかいなかった。
「!……ねえ、きみ! きみ!」
会計後を待ち構えられていた。
ぐい、と近寄られる。
「ねえ!……きみ、soy-curdさんだよね! もしかして! 絶対そうだ」
"soy-curd" はおれのゾンクラ内でのアカウント名である。
「こんなところで会えるなんて奇遇も奇遇だね!? そうだよね!? ほんとうれしー!ファミマでジャンプ読んでて良かった!」
おれはまったく嬉しくなかった。
頭に黄色いチューリップをはやした女に駆け寄られても嬉しくもなんともない。
ゾンクラのコスなのかもしれないが、おれは頭の片隅で、もしかしたら本物かもしれないと思っていた。
夏も近いはずなのに冷蔵庫の中みたいに寒かった。
「わかる? ねー、わかるよねー?! わたしゾンビです! 見ればわかるでしょ? 肌もすっごく白いし! ね? ね? 本当に、こんなところで会えるなんて思わなかったよー」
店内ではゾンクラのCMが流れていた。
『ゾンビ くろい くろい
あなたの そばに
ゾンビ くろい くろい』
おれは今ここでダッシュで逃げるべきだとさとった。
「あの……」おれは冷静を装った。「すいません、急いでるので」帰ろうとしたところで、
「クライシス」
ぐしゃ、とジャンプがゾンビの手の中でぐちゃぐちゃに丸まった。
冷や汗が流れた。
ゾンビはおれの手を取っていた。
動けない。
「きみは知ってるよね。クライシス。それがゲームの目的だもんね。きみはそれが欲しいんだ」
ゾンビは女子大生だった。握力が馬鹿みたいに強い。冷たい。冷たい。青白い肌。胸の開いたTシャツ。ホットパンツ。骨みたいな脚。茶髪。右目と左目は前髪で隠れている。
おれはこいつの名前を知っている。
一月前にヒトに狩られたヤツだ。狩られたはずだったヤツだ。『シャワーヘッド』。
ゾンビは言う。「行こう」
どこに、と言う暇はなかった。
おれは手を引っ張られてコンビニのトイレに連れ込まれた。女子トイレ。
ドン、と壁に押しつけられる。勢いでタンクのノブに手がかかる。トイレの水が勢いよく流れる。
「野門くん。野門くん。野門くん。きみはよくやってくれた。私の頭の花をここまで育ててくれた。あなたの立派な畑で」
顔が近い。近すぎる。ゾンビは背が低い。下からおれを見上げてくるかたちだ。
おれは顔を背けることができない。
シャワーヘッド。
「土の中でいろいろ考えたんだ。土の中はゾンビにとっては気持ちいいくらいだからね。冷静に考えた。きみはクライシスまではまだ全然届かないけど。でもきみには素質がある。きみはどこまでも良いゾンビになれる。そういう匂いがする。匂い。良い腐臭を放てられる。だから、」
ゾンビは体全体を押しつけてくる。匂いがする。ゾンビの匂いでは絶対ない。じゃあこいつはゾンビじゃないのか? 頭がくらくらする。前髪がはだける。目は、ある。両眼ある。頭の後ろに手が回る。唇が触れそうだ。胸はあたっている。密着している。薄着だ。柔らかい。冷たい。冷たい。冷たい。
鼓動を感じない。
「『かまれる』のと、『もがれる』のとどっちが良い?」
ゾンビのまつげが長かったのだけ、覚えている。
次の瞬間には、おれは気を失っていた。
<つづく>