風の夢
ことり、と弄んでいたリモコンをテーブルに置く。話を切り出すつもりらしい。
弓月も字を読む事なく眺めていた新聞をたたむ。
「……何日になる」
「二週間と……三日です」
応えを聞き、観咲はため息をつく。
弓月が立ち上がった。
「様子を見てきます」
観咲は腰を上げかけ、思い止まる。
心配ではあったが、馬に蹴られるのはごめんだった。
この桜の庭に、若木が運ばれて二週間と三日が経つ。
その間、この庭の主は一日中その若木のそばにいた。
若木には花が咲いていなかった。どうやらそれが原因らしい。
庭の半ばで、弓月は足を止めた。そして小さく笑う。
若木があった。その根もとで少女が横たわっていた。寝ている。
隣に座るのはなにか照れくさくて、若木を挟んで反対側に座る。
しばらくそうしていたが、いつのまにが背後を振り向いて寝顔を見てしまう。そのうち眠くなってきた。
まぁいいか、と、横になり、眼を閉じる。
そうして眠りに落ちていく。
いい夢が見たい、と思った。前に見た極上の夢ほどではなくとも、見たいと思った。
不意に、甘い香りが濃くなった。
指先に、さらりとなにかが触れる。
まぶたを持ち上げると、美夜が微笑んで見下ろしていた。
いい夢だ。
指先のものをつかみながら、上半身を起こす。手の中には、黒絹の髪があった。
髪を引かれた美夜は、弓月に近づきながら苦笑する。
「寝ぼけているんですか? それは私の髪ですよ」
弓月はただ手の中の髪を見下ろしている。
「風車さん?」
「弓月と呼んでください」
「え?」
問い返す言葉も聞かず、弓月はそっと手の中の一房に顔を近づける。
美夜は一瞬、身体の奥が熱を帯びたのを感じた。弓月の指に隠れた一房が、くちづけされたのだと感じた。
「……やはり桜の香りがする」
にこり、と、悪戯な笑いを浮かべて、弓月は黒髪を放した。
「ああ、若木に花が咲いたんですね」
応えられずにいる美夜に、話を振る。
「はい。……もう大丈夫」
再び微笑んで、若木を見下ろす。だが、ふと顔をあげて、弓月を見上げた。
「風車さん」
弓月は顔を向けることなく、若木を見下ろしている。
「風車さん?」
なおも無視し続けられ、ふと、美夜は思いつく。
小さく苦笑して、言葉を紡いだ。
「……弓月さん」
「はい?」
弓月は極上の笑みで振り向く。
「以前、私が夢を見せたことがありましたよね?」
ええ、と弓月は頷く。
「どんな夢を見たか、お聞きしてもよろしいですか?」
弓月は笑んだまま考えるかのように視線をそらす。
「どんな夢を見せようとしたんですか?」
逆に質問されても、美夜は気を悪くすることなく応える。
「とてもいい夢を」
応えを聞いて、弓月は照れた笑いを浮かべた。
「弓月さん?」
「いつか、話します」
そう言って、屋敷へ戻ろうと、そっと促した。
美夜はとりあえず、まぁいいか、と、笑って歩き出した。
読んでいただき、ありがとうございました。
ヤル気になったゆみちゃんに、アワアワする美月がかわいいです。




