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苦しさに低く呷きながら、これが夢だったなら、と思う。
実際、気を失っていた一瞬に、この状態から脱した夢を見た。
どうやって逃げる事ができたんだろう、と考える。夢であろうと、逃げる為の糸口を手に入れたかった。
苦しく、全身から力が抜けていく脱力感に襲われていても、意外に思考は明晰だった。 手首が熱くなったんだわ。
手首。そこになにがあっただろう。なぜ熱くなったんだろう。なぜそのために逃げることができたんだろう。
美夜は思い出した。
結界の内にいる彼らが見たものは、ただ呆然と立ちつくす四人の男達と、それを睥睨のまなざしで見る白い大蛇だった。
だが突然、金髪の男が手を掲げ光を放つ。
そして、四人のうちのひとり弓月がこちらへ向かいかけ、途中で膝をついたかと思うと、それまで草むらに潜んでいた蛇どもがその足にかみついた。だが観咲が炎で追い払う。
「彼らには、幻覚が見えているようですね
コルバルトは傷の痛みなど忘れてしまうほど、大蛇と睨み合う四人を凝視している。
どんな幻覚が見えているのか、ちらりと興味がわいた。
「そのようね」
コルバルトに代わり、美夜の腕を押えながらミリオンは首をねじり、同じように四人を見つめている。
彼らの姿を、眼に灼きつけようとしていた だが突然、右掌に熱を感じる。
「熱っ」
美夜の手首から手を離した途端、視界は微量の煙に巻かれる。
「ミリオン 大丈夫ですか」
四人から視線を戻して美夜とミリオンの方へ身を乗り出す。
だがその背後から、鋭い光が爆発した。
思わず両目を閉じ、光が消えてから再び四人を見る。かすかなきな臭さが漂っていた。
ふん、とアルビノの少年が鼻を鳴らした。
そしてこ馬鹿にしたように白い大蛇を見下ろす。
「美夜の力を利用するとは……、本気で俺を怒らせたな」
見下ろす瞳に殺気が揺らめく。
「お前の身体にも血が流れているだろう? 沸騰させてみるか。妖怪でも痛みは感じるのかな」
びく、と大蛇の身体が震え、尾を振り身悶える。
「蛇って焼くと食えるのかな……」
こめかみに青筋を立てながら、観咲も大蛇を見下ろす。
すると身悶える大蛇の周りに、炎が灯った 空中に浮かぶ炎に、悶える度に触れる。触れた部分は茶色く変色して、異臭を放つ。
それを見ていた弓月は、拳を握りしめ、肩を震わす。ふわり、と、彼の髪の毛が風にそよいだ。彼の周りにだけ、風が起こっていた だが、風は大蛇を攻撃しない。弓月の怒りと、それを押し止める思いがあった。
それを見て、光が微笑を浮かべた。
ひらり、と舞い落ちるものがあった。
観咲が舌打ちする。
「また幻惑する気か! 光っ」
「はいはい」
軽く返事を返し、また手に光を灯す。
光が、すべてを灼きつくさんと、煌めいた そして光が消えた。
しん、と静まった草原に、地に伏した大蛇と少女がいた。
見下ろす瞳には、慈愛が溢れている。
ひらり、と、また花びらが舞い降りた。それは光に溶けることなく、降り積もっていた 花びらは、やがて滝のように降りてくる。
「美夜…?」
観咲の呟きは、かき消されてしまう。
「いつの間に…」
呟いたつもりの声が聞こえなくとも、背後を振り返った時の驚きで、コルバルトはどうでもよくなってしまった。
背後に木々はなく、ただ見事なほどの、桜吹雪が舞っていた。
遠く、楽しげな笑い声が近づいてきた。
大蛇がそっと頭を持ち上げる。
『……まぁ、お前さんったら』
『本当のことを言っただけだ。女なら、村一番のべっぴんだ。男なら村一番の力持ちだ。なにせ俺とおめぇの子だからな』
そんな会話が通り過ぎていく。
はたはた、と、大蛇のそばに、滴が落ちた
「男の方も、女の方も、かわいい双子の赤ちゃんも、もう天国へ逝きました。もう、終わりにしましょう?」
美夜はそっと膝をついた。
白い大蛇を淡い桃色で彩った花びらが、少しずつ深紅に染まっていく。
そして全てが染まりきった時、炎がそれを包み込んだ。
罪はこうして灰となる。
大蛇はまっさらな状態となる。そして桜の木へと姿を変える。
新しい魂となる。
炎が消えると同時に、花びらの幻覚も消え失せた。
桜の若木と膝をつき泣く美夜を、それぞれがそれぞれの思いで見つめた。
そうして事件は幕を閉じた。




