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「美夜さん…」


 弓月の呟きに、涼は苛立たしげに舌打ちした。彼は美夜の張った結界のせいで、近づけないのだ。

 結界が涼を受け入れるかどうかはともかく水を操る水泉寺一族の者としては、火を操る火祭一族の力によって張られた結界は苦手なのだ。


「とにかく原因は、あの大蛇だろう さっさと退治するぞ」


 言うなり涼は手を構える。

 傍観者を決めこんでいた影も、余裕の笑みを浮かべながら大蛇を見下ろした。


「お前、なにをへらへらと笑っている?」


 美夜が苦しんでいるというのに。


「すみません。…こうして全ての一族が力を合わせて退治するのですから、一瞬で決着がつくだろうな、と、思ったんです」


 涼もかすかに口元をゆるませた。


「そうだな」


 涼の構えた手の上に、空中の水分が集結していく。そして氷の刃ができ上がった。


「まずは俺からだ」


 そう言った途端、氷の刃は空中を滑り大蛇に襲いかかった。

 だが大蛇はあっさりとその攻撃をかわす。涼は悔しがるでもなく、小さく笑った。

 すると氷の刃は向きを変えて、大蛇の背後に回った。

 涼が舌打ちした。

 大蛇は背後からの攻撃までもかわし、さらに氷の刃が大蛇を牽制していた炎を、消してしまったのだ。

 炎と氷が相殺し合った。


「では次は」


「おらおらっ やるぞ弓月!」


 弓月に声をかけながら、観咲が炎を放った 不本意ながら、美夜をコルバルトに任せて弓月もかまいたちを放つ。

 行動を遮られた影は苦笑しながら、攻撃の行方を見守る。

 白い大蛇は微動だにせず、迫り来る炎を見据えている。その口から、ちろり、と、赤い舌が覗いた。

 それは炎がたどり着く寸前だった。

 大蛇と炎の間を、ひらひらとなにかが舞い降りた。

 自然と皆の視線がそれに集中する。


「……桜」


 観咲の呟きが合図であったかのように、幾枚もの花びらが舞い降りてくる。

 桜の花びらは地面を覆い、辺りの木々は舞い落ちる花びらの滝に塞がれた。視界はすべて、何度も翻る花びらに包まれている。

 その翻りを見つめていると、なぜか気が遠くなってくる。


 頭の奥を警告が過る。


 だが、それが何に対する警告なのか、なぜ警告などするのか、警告とはなんなのか、しだいに薄れていく意識では、知ることなどできなかった。

 意識が完全になくなる寸前に、突然両目に鋭い痛みを感じた。


「術にはまるな」


 痛みと感じたのはまばゆい光のせいだった 放たれたのが閃光であったために、聞こえた声は光なのだと知る。


「だが……これは桜屋敷の力じゃないか」


 視界がかすむので、しきりに瞬きをしながら観咲が呟いた。


「まさか……」


 と、眼をこする手を止めて、涼がかすれた声で言った。


「大蛇は美夜の力を利用しているのか」


「そうとしか、考えられませんね」


 依然として花びらの滝に包まれた背後を振り返り、弓月は歩き出し美夜へ近づこうとした。

 途端、足に激痛が走った。無数の針を突き立てられたような痛みだ。

 低く呷き、膝をつく。その膝にも痛みが走る。

 桜の花びらに埋もれた部分だけが、痛みを感じる。


「弓月!」


 観咲が炎を放ち、観咲の足下の花びらを燃やした。


「観咲、いけません」


 足の痛みはあったものの、それ以上痛みが広がることはなさそうだった。


「桜を傷つけると、美夜さんも傷つくかもしれない」


「ならどうすれば」


「私の出番だな」


 いつの間にか影から光に姿を変え、こんな状況でも余裕の笑みを漏らしている。


「これらは幻覚だ。光で散らしてやる!」


 言いながら片手を掲げる。その掌から、先ほどとは比べものにならないほどの光がほとばしる。

 咄嗟に眼をつむっても、瞼など関係なしに光が刺し込んできた。


 鋭い輝きが、幻を照らした。

 


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