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    29

 はっと気がついた。一瞬、気を失っていたらしい。


 辺りは闇だ。窓から月の光が差し込んでいたはずだったが、一筋の光さえ眼の端にも捕らえることができなかった。

 首に巻きつく生暖かなモノが、その力を強める度にざらりとした感触を与えてくる。


 鱗だ。


 嫌悪に涙を浮かべながら、せめてまた気を失えたらと願う。


 だがなぜだろう、こんなにも苦しいのに気は遠くなるどころか冴えてくる。


 しゅっ、と短い音が耳元で聞こえた。途端生臭い息が漂う。首に巻きつく大蛇の息だ。

 鎌首をもたげているのがわかる。わかりたくもなにのに、わかってしまう。大蛇の向こうに、生気ではない気配を漂わせながらひとがいるのもまた、それゆえにわかってしまう

 そのひとが、首にかけていた縄の輪を外した。それをそっと、垂らしてくる。

 何をする気か気づいた美夜は、力のこもらない手で首をかきむしった。

 首に巻きつく蛇を外して逃げようとしたのだ。だが、非力な美夜の力では無理だった。

 縄はゆっくりと迫ってくる。

 と、突然ひとの気配が消えた。あまりに不自然な消滅に、大蛇は動きを止めた。また、縄も止まる。

 このまま大蛇も消えてくれれば、と願うが首にまきつく大蛇は消えることなく、縄の輪を口で引き寄せる。


 やめて……


 願いは届かない。


 やめて!


 ぱさり、と、縄の輪が美夜の首にかけられた。

 

 木に背を預けたまま眠り続ける少女を、コルバルトは困惑しながら見下ろしていた。

 少女は一度だけ気がついたものの、再び眠りについてしまった。

 時折、こちらを見つめる白い大蛇を見返るが、微動だにせずに鎌首をもたげている。

 それが不気味で、コルバルトはなにか焦りを覚える。

 早くこの少女を、この大蛇の眼が届かぬ場所に連れ去りたかった。

 だがいかんせん彼は肩を負傷していたし、移動の魔法は使えない。少女を抱えて逃げたくても、この場所の位置さえわからない。


 八方塞がりだった。


 小さな呷きに気がついて、慌てて少女に視線を戻す。


「なにをしている」


 少女は首に爪を立て、かきむしっていた。 慌てて手を掴み首から離させる。

 そして、少女の首に浮かんだ赤いあざに気がついた。


「なんだ、これは…」


 そのあざは少女の首を一周している。

 それを覗き込んでいると、突然背後で激しく咳き込む声がした。


「一応、皆生きているみたいだな」


 振り返った先で、アルビノの少年が膝をつく者達を見下ろしていた。


「…美夜さん? どうしたんですか」


 涼以外では唯一膝を折らなかった影が、濡れた前髪を掻きあげつつ歩み寄ろうとした。 途端、膝を折り、水を吐いていた者達が跳ね起きる。


「美夜さん!」


「美夜!」


 弓月と観咲は影を追い越して、美夜に駆け寄った。

 結界があることを言おうとしたが、美夜とコルバルトを守っていた結界は、二人をあっさりと受け入れた。

 自分ならばきっと入れなかっただろう、とコルバルトはなぜかそう思い、ほろ苦い寂しさを感じた。この精霊は手に入らないと、わかった。


 いや、私が欲しかったのは、精霊ではなく………


「お前! 美夜になにしてんだ」


 観咲につかみかかれて、コルバルトは美夜の腕から手を離してしまう。


「違いますよ! あ…」


 美夜が再びかきむしろうとした手を、弓月が押えた。

 誤解を解いた観咲はコルバルトから手を放す。

 ほっと息をついたのもつかの間で、コルバルトの前にゆらりと立つ者がいた。


「コールぅーバールぅトー…」


「ミ・ミリオン…」


 肩の怪我に気づいたミリオンは、殴りたい衝動を必死で押える。

 その形相が恐ろしくて、コルバルトは怯えながら、仁王立ちするミリオンを見上げていた。


「浮気の見つかった亭主ってとこだなぁ」


 傍観者の影は光の口調でそう呟いた。


「一体なにが起こっているんだ?」


 眠る美夜を見下ろして観咲は困惑する。


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