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    8

私はなにも知らない。なにも覚えていない 私は母さんの娘…桜屋敷さくらやしき美夜みや。それだけでいい。

 

         ざあ…

 

 木々のざわめきも、それでいい、と言っていた。

 穏やかに、美夜は自室で目覚めた。

 そのまま起き上がらずに顔のみ動かしバルコニーを見る。その向こう、桜が波打ちかけらが乱舞する。


「母さんと暮らしたこの屋敷を守っていこう…大切な…桜を…」


 心の決意を反芻する。

 ぴしゃん…、と水差しから小さな水音がした。


「すっかり洗脳されているんだね。『大切な桜』…だって?」


 聞いた事のない男の声がした。変声期を迎え声変わりし始めた声。高くもなく、低くもない、不安を誘う声。

 美夜が起き上がろうとするのを見下ろす者がいた。


「だ…れ…」


 白い男だった。肌も髪も透き通るように汚れのない色。だがその瞳は血の結晶のように不吉な赤をしている。黒い服を着ているので肌が浮かび上がっているように見えた。

 凍てついた目をした、高校生ほどの少年だった。


「馬鹿だな。お前は『母』を信じるのか? あんなものは屑だよ。子供を可愛がってる自分が好きなんだ。別に子供が好きな訳じゃない子供は『母』の自己満足の道具にすぎないのさ」


「違う!」


 がばり、と起き上がりつつ叫ぶ。白髪の少年は足を動かすことなく背後に退いた。宙に浮いているのだ。


「母さんは私を」


「そう。愛してるさ。そう言い聞かせるさ。罪悪感を和らげるためになら何度だってそんな腐った言葉を吐き続けるさ」


 血氷の瞳を輝かせ美夜を見つめる。愉悦の光がその目には灯っていた。


「嫌よっ母さんは私を愛してるんだからっ」


 罪悪のひきかえとして愛を与えられたなど考えたくなかった。

 利害の関係ない無償と愛だと信じたかった。


「罪悪…?…母さんが私になにをしたというの?」


 白い少年は美夜の問いにヒステリックに笑い出す。


「知りたい?」


 ぴたり、と笑いを消し美夜の顔を凝視して聞いてくる。


「嫌っ知りたくない! 私はなにも覚えてないっ思い出すことなんてない」

 本能からの拒否。

 知ってはいけない。絶対に!


「やはりそこへ逃げ込んだか。…確かにすべてを知らない事は幸せだねぇ、楽だねぇ。おめでたい女だ! まぁ、いい。僕には関係ない。お前が馬鹿のままだろうと『力』さえ手に入ればいいんだ」


「なに言ってるの 貴方誰っ」


「どーでもいいだろ、そんなこと。さっさと『力』を手に入れろ。そうすれば迎えてやるから」


 美夜がつかみかかろうとした途端、少年の姿が消えた。

 ぱしゃん、と少年が浮いていた辺りの床に水が落ちる。


「な…なに…これ」


「誰だ」


 ばん! とどなり声と共にドアが開かれる 床の水に手を伸ばしていた美夜は驚いて座り込んでしまった。


「桜屋敷…目ぇ覚めたのか」


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