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「なんでよ」


「水がお前を嫌っている。火を酷く扱うから嫌いなのだそうだ」


 ミリオンは一瞬言葉に詰まる。

 そんな気はしていた、と、心のどこかで肯定していた。


「…火の精霊との契約はきちんと儀式に則ってやったわ。支配は完璧なはずよ。それに、水の精霊と火の精霊は仲が悪いはず」


「支配だと…? 馬鹿なことを。だから嫌われるのだ」


 ミリオンに背を向けたまま、観咲と弓月を手招く。


「なにが馬鹿なことなのよ」


 精霊と魔女の関係は従者と主人だった。それを支配と形容してなにが悪い?


「水と火は確かに仲が悪い。だが同じ族だということに変わりはない。嫌いはしても憎みはしない。お前が思うほど彼らは単純な者ではない」


 言いながら、涼は膝をつき地面に手をつける。結界の内と外を繋げる水脈をつくっているのだ。


「そんな人間みたいに複雑な感情を精霊ごときが持っているはずがないわね。魔女の書にだってそんなこと載ってないわ」


「それは、お前たち魔女が、それほど複雑な感情を読み取れないだけのことだ」


 ミリオンは唇を噛み締め涼に歩み寄ると、その肩を引きこちらを向かせ、その頬を平手打ちした。


「魔女を侮辱することは許さないわ!」


 マニキュアでコーティングされた長い爪によって、傷ついた頬にかすかに眉をひそめつつも、涼は冷めた一瞥を投げただけだった。


「……大地は、汚され、踏みにじられ、陵辱されても、その恵みを人間に与えなかったことはない。時に天災で諫めるのみだ。それを単純な行動だというか?

 魔女はそういうらしいがな。彼らは人間以上に高度な心を持つ者達だ」


 涼の目に浮かぶのは、怒りよりも哀れみだった。

 ミリオンの愚かさに、哀れんでいた。精霊と対話できる者が、精霊を理解しようともしないのを、哀れんでいた。


「もう邪魔するなよ」


 自分でもよくわからぬ衝撃に言葉を紡げずにいるミリオンにそう言い捨て、改めて地面に手をつこうとした。

 わずかな空気の変化に、三人は気づいた。

 涼は不自然な体勢を直し、警戒しつつ辺りに目を向ける。

 結界を張ったモノがなにかを仕掛けてきているのか?


「なにが起こった? 風が妙な動き方をしたように感じたが…」


 観咲に問われ弓月は頷いた。


「結界が揺らいだようです。風で少し煽ってみましょう」


 両手を斜め下に広げ、空を掻いて腕を交叉させる。その軌跡に沿い上空へ向かって、かまいたちが放たれた。

 正面に向けて放つと、植物が傷つくからだ それらをぼんやりと見ていたミリオンが、ふと訝しげに首をかしげた。


「なぜ、こんな時間に月があるのかしら。変だわ」


 空には白い月が浮かんでいる。

 かまいたちが結界に衝突する音に、耳鳴りのような高い音が重なった。


「結界が軋んでいるな」


 辺りを見渡して観咲が呟く。


「もう一度やってみたらどうだ?」


 涼に言われ弓月は頷き、再び腕を交叉させた。

 だがかまいたちを放つ必要はなかった。

 空の月に亀裂が走り、粉々に砕け散る。そしてその中から鳥が飛び出してきた。

 ガラスの断片が日の光に乱反射しながら舞い落ちる。同時に結界が解けていくのを、観咲と弓月、そして涼は肌で感じていた。

 空の月が核だったのだ。舞い落ちる破片から、鏡だったとわかる。


「大丈夫ですか?」


 飛び込んできた黄緑色の鳥シキが男の声で聞いてきた。


「光いや、影か」


 シキは地面に舞い降りながら、男の姿になった。

 褐色の肌に黒髪の男だ。その金がかった黒い瞳は、光の時と唯一同じ色だ。


「はい。手助けをするのは、光よりも私の方が向いていますから」


 微笑みながら観咲に応えるが、すぐに表情を引き締めた。


「シキが、美夜さんがどこにも見当たらないと言っています。この辺りにはいない、と。探しているのでしょう?」


「この地を支配している大蛇が、隠しているのかもしれない」


 焦りを含んだ声で涼が言う。足は既に歩き出していた。


「あの美夜さんを捕らえられるほど、相手は力を持っているのですか?」


 影の言葉に誰も応えることはできなかった 歩き初めてすぐに、細道は途切れていた。

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