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「…おしら様は、餓鬼の首を絞めて退治したと伝わっています。でも…まさかおしら様がこの事件を…」
起こしているだなんて。と、新造は驚愕を露にした。
「…えてして歴史とは後世の者に歪められるものだ」
涼の呟きが静かに響いた。
どれが真実で、どの部分が虚実なのかなど過去を視ることのできない彼らに、わかることなどできない。
「ご神体はどこですか?」
事務的に問う弓月を、新造は非難を込めた目で見上げるが、あきらめたように本堂の奥を指した。
彼にとってご神体は神聖なものであり、村人を傷つけるようなモノではないはずだった 弓月や観咲がご神体をおとしめたわけでなくとも、非難したくなるのは仕方がないのかもしれない。
彼は神主なのだから。
指した方を見て、弓月と観咲は思わず顔を見合わせた。
「違うな。…すくなくともここにはいない」
二人が思ったことと同じことを、涼が口にした。
新造の指す先には、霊的生物などいない。
「ではおしら様ではないんですね」
「……この神社に縁のあるものはありませんか? 例えば、社とか…」
肯定はせずに、観咲が応えた。
「お社? いいえ、ありません。やはりおしら様ではないんでしょう? おしら様はもう何百年も前からこの土地を守護してくださっている、ありがたい龍神様なんですから」
「土地を……守護…?」
なにかひっかかりを覚えた涼が、口の中で反芻する。
「どうした」
「……美夜は、なぜ移動したんだろう。あの移動は、美夜の意志によるものだったんだろうか」
はっきりと聞きたい観咲が苛々と涼の肩をつかむ。
「おい」
「…この土地を支配するなにかによって、どこかへ移動させられたのではないか、といっているんだ」
観咲と弓月の雰囲気が猛々しいものになる
「岸本さん、本当になんでもいいんです。社でなくとも……そうだ、餓鬼のお墓とか?」
観咲の必死の形相に、新造は気圧される。
「お墓…お墓ですか…。社かお墓…。…ああお墓ではありませんが、お地蔵様ならありますよ。階段の途中で山の中へ入る細道があるんですよ」
弓月が音をたてて立ち上がった。
「それですよ! ここへ来た時、美夜さんが気にしていた、あの道のことだ」
「よし。じゃ、失礼します」
観咲も立ち上がり、礼もそこそこに走り出す。涼とミリオンもついていく。
一行は外へと駆け出した。
ジャン! と、金属のぶつかりあう音が高らかに響き渡った。
途端、赤い光が辺りを照らす。
「わしの力では成仏させるなど無理じゃ…。封印しかあるまい…」
赤い雷を身体にまといながらのたうつ大蛇を一瞥して、坊主は再び錫杖を振りあげる。
「カン!」
坊主の叫びに応えて、空の雲が鳴動した。 赤い光が空を染めあげ、稲妻となって大地を射る。そうして大蛇を地に縫いつけた。
赤い稲妻が大蛇の身体を貫いた途端、白い小さな光の玉が飛び出してきた。
ジャン!
と、再び錫杖の先についた金属の輪が、高い音をたてる。
光の玉はあがくかのように小刻みに震えながら、錫杖の示したお地蔵様の中へと吸い込まれた。
そして赤い光が消えるのと同時に、坊主は錫杖にすがりつきながら膝を折った。
「お・お坊さま!」
村人が駆けつけてくる。
眼の前に横たわる白い大蛇を、力なく坊主が指さす。
「それを…地蔵の首に巻いてくだされ…」
「蛇を?」
村人は恐る恐る大蛇を足で突き、死んでいることを確認してから手に抱える。
そしてそう大きくない地蔵の首に巻つけた 大蛇の身体は太く長かったので巻けるか不安だったが、地蔵に触れた途端蛇の身体がしなびていく。
首に紙のようなものを巻きつけた地蔵ができあがった。
「それでいい…」
坊主はようやく安堵に頬を緩めた。
「呪いは解けたんですかい」
村人の問いに坊主は応えなかった。
事情は知らされていないものの、これほどの恨みを買うようなことを、この村人達はしたのだろうか。
「蛇の怒りを鎮めるために、奉るとよいでしょう。…それから、けしてその蛇を地蔵の首から外してはなりませんよ…」
坊主がいまにも崩れ落ちそうな身体を起こして言うが、村人達は口々になにか言い合っている。
坊主は呆れを含んだため息をつき、目を閉じてそのまま帰らぬひととなった。




