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    19

 逃ゲナサイ。

 

 手を触れている木が、警告した。


「でも……」


 昨夜襲われた時にいたひとの気配がない。 あれはおそらく自殺した女だ。


「今が、昼間だから…?」


 霊はたいてい夜に行動するという。そのせいで女の気配はないのかもしれない。

 逃げようか、それとももう少し様子をみようか、と逡巡しゅんじゅんする美夜と無数の蛇との間の地面に、直径一メートルほどの光の円が現れた 美夜は手をついていた木に背を預けるようにして後退した。


「この…光は、あの人達の術だわ」


 なぜ今なのだろう。なぜ今、彼らが現れるのか?

 光の円から現れたのは、銀髪の小柄な男だけだった。


「あなたは、あなたがたは何者なんですかなぜここに現れるのです? 魔女とは」


 駆け寄ってきたコルバルトに覆いかぶされて、言葉が途切れた。

 代わりに、短い悲鳴が上がった。



 

 今日中に、村人全員の聞き込みをすることは、とうの昔に諦めていた。

 人数的なことから言えば、一日で回り切れるほどの数だった。

 問題は…


「……でのう。じゃからわしゃあ言ってやったんじゃ。あんたのとこの畑は肥料が悪いってな。そしたらあのやろう怒りやがって…」


 老人の話は長い。それが問題だった。


「ええと、それでですね、最近村瀬さん宅の付近で蛇を見かけませんでしたか」


 なんとか話の区切りを見つけて素早く質問を放つ。


「蛇? いや、見ねえな。昔はなぁ、家の天井には蛇がいて鼠を食ってくれたもんだが、最近は見ねえなぁ。その辺の藪をつつけば蛇の二・三匹はちょろちょろと出てきたんだがどうしたもんだかここんところぴたっと姿を消しちまった」


 蛇がどうかしたのかい、と話を振られて観咲は聞こえないふりをしつつ頭を下げた。


「ご協力ありがとうございました」


 慌てて頭を下げる弓月と連れだって、老人に呼び止める隙を与えずに家を後にした。

 犯人は蛇らしいから、という理由はとても言えない。


「お前、途中から居眠ってただろ」


「すみません。どうもあの手の長話は苦手でして。…今日中に聞き終えるのは無理でしょうか」


「かもな。とはいえ、二手に分かれて単独行動するのはまずいしなぁ」


 敵の正体がはっきりとしていない以上、ひとりきりになるのは危険だった。


「刑事さんはなにかつかめたでしょうか」


「まだ大して時間が経ってないが、とりあえず聞いてみるか」


 二人は停めてあるワーゲンに向かう。観咲は最近手に入れたばかりの携帯電話を取り出した。

 数回のコールで相手は出た。


『……まだ知らせるほど調べてませんよ』


 出るなり杉は不機嫌そうにいってきた。

 電話をかけてきた相手を確かめもせずにそういったので、観咲はにやりと笑う。

 仕事仲間以外の人間つまり女性が彼に電話をかけてくることはないのだろう。


「いやぁ、こっちはさっぱり収穫なしなんで刑事さんはなにかつかんだかなぁって思いまして」


『手っ取り早く言うが、事件らしい事件は見つかってない。ほとんど白紙に近いんで調書を調べるのはすぐに終わった』


 観咲の言葉に図に乗ることもなく、杉はさらりと言った。


「といいますと、もしや署の方で調べたんですか」


『タテマエとして役所ってことにしてくれ。それで今は図書館にいるんだが……』


 そこで杉は言葉を濁らせる。


「が?」


『二度だけ、大幅な人口の減少がある。戦時中と、三百年も前の飢饉だ』


「飢饉…」


『戦時中のことは詳しくは載っていない。関係ないかもしれんが、飢饉の

方が少し気になる』


「というと?」

『郷土史の一文に、食料がなくなり幼い子供が死ぬのを見かねて、食いぶちを減らす為に村の老人が何人か自殺した、とある。たったのそれだけなんだが……』


 観咲は考え込みつつ携帯電話を持ち替える ページをめくる音が聞こえてきた。


「まぁ、えてして歴史は後の人間が作り替えるからな。飢饉があった頃に何人かの老人が亡くなったってことだろう。一応その辺のことを詳しく調べてみてください」


 向こうで杉が小さく笑った。


『昔にもお前らみたいのがいたんだなぁ』


 ページをめくる音が止む。


「?」


『拝み屋だよ。むかーし昔、村を騒がせていた大蛇を偉いお坊さんが退治したんだとさ。へぇ、その蛇があまりに見事な白蛇だったんで、祀ったって書いてある。それが白龍神社なんだとさ』


「なにぃ! ごくろーさんっ」


 叫ぶなり通話を切り弓月に振り返る。


「戻るぞ。ホシは神社だ」

 

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