18
残酷な場面があります。
「見るでねえ」
その剣幕に思わず身を引いて、村人達は沈黙した。
沈黙した村人達を押しのけて、遅れてきた村人が顔を出した。
「産まれたんか? おお、泣いとるぞ…」
立ちふさがる男を避けて、その背後へ視線を向ける。
他の村人達も自然とそれにならった。
「み・見るでねえ! 見ちゃなんねえ」
赤ん坊の泣き声が、一層かん高く響く。
二つの泣き声。
背後を見る村人達が、緊張した息を吸うのを、男は絶望的な気分で見下ろした。
「ふたりおる」
「…忌み子じゃ」
村人の呟きに男はかぶりを振る。
「殺さねえでくれ! 殺さねえでくれえ」
産婆は沈痛な面持ちで、産湯にさえつかっていない二人の赤ん坊を床におく。そして勝手口から出ていった。
表情とは裏腹に、われ関せず、と、冷たい態度で。
「……今年は凶作じゃった」
「この子らを生かしとけば、来年も凶作になる」
村人達もまた、表情とは反対の冷たい態度で、堅い床の上で泣く赤ん坊へ歩み寄る。
「やめてくれえええ」
生まれてきたことを嘆くかのような、赤ん坊の泣き声と、男の叫びが重なった。
赤ん坊へ手を伸ばした村人へ向かって、男は体当たりをくらわす。
「凶作になりゃぁこの子らだけでねえぞ ジジババかて生きてけん! ちっこい子らまで飢え死にするんだぞ」
数人がかりで男を押えつける。
「いやじゃあああ! いやじゃぁぁ」
男は死に物狂いで暴れ、台所へと転げ落ちた。
その隙に村人達は赤ん坊を抱き上げる。
せめて殺すのはこの男には見えない場所でと、移動しようとした。
ぎゃぁあ!
と、村人のひとりが悲鳴を上げた。皆が一斉に注目する
と、そのわき腹に包丁が刺さっていた。
「殺させねえ……」
男は血走った眼をぎらつかせ、包丁を握った手を振りかぶる。
ざっ、と、室内で殺気がふくれ上がる。
男の手から放たれた包丁は、別の村人の足をかすった。
「それはわしの子らじゃ」
男は叫んで、勝手口の横に立てかけてあった草刈り用の鎌を手に取る。
「殺せ! 殺せぇ!」
わき腹から包丁を抜いた村人が、拭き出してきた血に酔ったのか、狂ったように怒鳴り散らす。
足を傷つけられた村人は、気の高ぶるままに床に転がる包丁へ手を伸ばした。
「殺してやる!」
鎌を振りあげた男の言葉が皮切りとなった 幸せであったはずのこの家の中で、殺気がぶつかり合う。
生まれたのがひとりであれば、幸せであったはずなのだ。
梁の上の大蛇は、憐れな親子を見下ろしていた。
夢も見ないほどの深い眠りに浸かっていたかったのに、女は眼が覚めてしまった。
大きな物音と、大勢の人間が走り回るような振動と、鼻を突く異臭のせいだ。
気怠い身体にむち打って、どうにか顔を横へむけた。
ごとん、と堅い音を立てて、立っていた村人の手から包丁が落ちた。
ごとん、ごとん、とまた音がする。
女には訳が分からなかった。
部屋を染めるその紅はなんなのか。
部屋に漂うこの異臭はなんなのか。
部屋に倒れるその人はなんなのか。
「しかたがなかったんじゃ! 双子は不吉じゃし、こいつは邪魔するし」
「そうじゃ! しかたがなかった!」
口々になにやらさえずる村人など、女の眼中にはなかった。
ただ、女の眼の前には、首を裂かれた夫と腹をえぐられた二人の赤ん坊の、無残な死だけが横たわっていた。
美夜は、自分の悲鳴で目が覚めた。
目の前は少し開けていて、美夜はそばの木に手を当てていた。
その格好のまま、今まで同化していたのだ 目の前の広場を見ながら、木からの情報を受け取る。
ここなのだ。
ここにその家があったのだ。
「女は自殺した……。家の天井に住んでいた大蛇は、悲しんだ。そして呪いを恐れた村人達がこの家を焼き払った。大蛇はそれを憎んだ」
流れてきた情報を言葉にすることで整理する。
だがその作業は、近づく音によって中断された。
しゅ………
美夜を囲むようにして、四方八方から聞こえてくる。
さわさわ、と、草が風もないのに揺れている。
片手は木に預けたまま、美夜は用心深く周囲を伺った。
ひょこり、と、黒っぽいものが前方の地面すれすれに現れた。
それは次々に現れて、美夜を囲む。
前も、横も、そして後ろも。
無数の蛇が、草むらから顔を出していた。




