17
獣の鳴き声が、強まり始めた風にのって、聞こえてきた。
夕暮れだった。
風に流される雲が、赤い空で蠢いている。
夕日はちらちらと落ち着きなく、雲の透き間からこちらを覗く。
雲が作る影の黒と、夕日の放つ光の紅が、不気味に村を染め上げた。
木々もまたそわそわと、足下を横切る酒瓶を手にした人間達を見下ろしていた。
手にしているのは酒瓶だけではなかった。 今年は不作であったためごくわずかなものだったが、塩漬けの川魚や鹿肉を携えるものもいた。
そんなものを持ち出すとは、よほどの祝い事があるのだろう。
再び獣の慟哭が空を裂いた。
人々はびくり、と足を止めて顔を合わせる
「…まだ産まれんのか」
「難産だのう」
「ここんとこ、子を産む女もいなかったからなぁ」
「おっかさんも気がたかぶっとんのさ。初産だしのぅ」
そんなことを囁き合いながら、再び歩き出す。
「今年はいいことなしの年じゃ。稲はいなごに食い荒らされ」
「川には魚がうろつかん」
「夏は雨が降らなんだ」
「せめて元気な赤子が産まれればなぁ」
「村にも活気がでよるしなぁ」
やがて木々の合間に建てられた、小さな家がみえてくる。
家の前では数人の村人が薪を囲んで座っていた。
早くも酒瓶が傾けられている。
家の中から、時折獣の咆哮に似た叫び声が聞こえてきた。
女の声だ。
家の中では、産婆が髪を振り乱しながら、叫ぶ女に向かってなにやら怒鳴りつけていた
「ふんばれ! ほれ、湯はどうした」
「お・おう」
男はかまどから湯を沸かしていた鍋を下ろして、湯を桶の中へ注ぐ。
村の女達は、産着作りに夢中だったために夫である男が湯を沸かしているのだ。
「ほうれ! もう少しじゃ」
産婆の声に、床で悶える女が低く唸りつつ荒い呼吸を整えようとしていた。
「そう、そうじゃ。ほれ、ふんばれ!」
一定の間隔を置いて、産婆は再びけしかける。
産婦が低く唸った。
「産まれるぞ」
産婆が叫び、男が身を乗り出した。
産声が辺りに響いた。
女は産まれたわが子を、ちら、と見ることのみしかできなかった。
はっきりと姿を確認することなく、粘り着く疲労感と満足感をまといながら、深い眠りへと落ちていった。
産婦も男も無言だった。
産声はなおも響く。
二重の産声だった。
「忌み子じゃ…」
産婆が低く呟き、男は床に泣き伏した。
「…不吉な、双子じゃ」
がらり、と板戸が開かれた。
「産まれたんか!」
「男じゃろ」
「いいや女じゃろ」
口々に喚く村人に向かって、男が立ちふさがった。
「見るでねえ」
その剣幕に思わず身を引いて、村人達は沈黙した。




