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この部屋は嫌だ、と普段願いらしいことを口にしない美夜が言ったものだから、寝ているようにと言いかけた二人は思わず頷いた。
だが確かに、一度は寝込みを襲われて死にかけたような部屋は嫌だろう。
という訳で、観咲と弓月に与えられた部屋に美夜の寝具を移した。
明日でいい、と美夜の心情をおもんぱかって言う二人に首を振ってみせた美夜は、とつとつと襲われた時のことを話した。
それは二人にとって都合のよいものだった 明日になれば詳細な部分は曖昧になってしまうかもしれないし、なによりも犯人の手がかりは一刻も早く彼らが知りたい情報だったからだ。
それを知っているから、美夜は話すのだろう。
観咲も弓月もそんな美夜の心はわかっている。
だから弓月は、時折ボードから顔をあげて美夜を見る。
公私を分けるとは、覚悟していたものとはいえ、辛いものだ。と、また二人の脳裏に同じ言葉が過ぎる。
「……意識が途切れる寸前に、右の手首が熱くなったような気がしました。父さんのお守りのおかげで、私は助かったのですね」
右手首を左手でそっと包む美夜を見下ろして、観咲は頷いた。
「だろうな。…親父の奴、おいしいとこ持っていきやがって…。よし、美夜、ご苦労さん。もう寝ていいぞ」
美夜は観咲を見上げてから、弓月を見た。
「私よりも風車さん。もう四時半回ってますよ。眠らなくちゃ」
美夜に急かされて弓月は立ち上がった。
そして観咲の視線を受けて先程まで観咲が寝ていた布団へ向かう。
話は明日(もう今日だが)にしよう、と観咲は視線で言っていた。
「美夜さんも眠ってくださいね」
上着を脱ぎシャツのボタンを襟首の部分だけ外しつつ、美夜に釘を刺す。
「美夜、寝なさい」
応えを渋っている美夜に、背後から観咲の声が聞こえた。
「はぁい」
その拗ねたような声がおかしくて、弓月はつい吹き出してしまった。
それを見下ろして、美夜は悪戯っぽく笑った。
ぎくり、として弓月は美夜を見上げる。
その視界に、ひとひらの花びらが舞い降りてきた。
やはり。
花びらの描く軌跡に目を奪われながら、美夜がなにかの夢を見せるつもりなのだと知る 期待と少しの不安にかられつつ、弓月は眠りへと落ちていった。
すとん、と閉じられた瞼を見下ろして、美夜は微笑む。
「まつげ長いですね…」
「こら、美夜。ひとの寝顔を観察してないで早く寝なさい」
弓月の寝顔をしげしげと見下ろしていた美夜の背に、観咲が再び声をかける。
「はーい」
観咲の兄ぶった口調がこそばゆくて、間延びした応えを返す。
そして今度こそ、布団へ入った。
そばに感じる二つの気配が、美夜を難なく眠らせてくれた。
重なる二つの寝息に、観咲はほっと息をつく。
窓の外が白み始めたことに気づいて、ルームライトを消した。
窓際に寄りカーテンを少し開くと、薄闇に染められた境内が見渡せた。
その先で林立する木々が、そよとも吹かぬ風をじっと待っているかのように、息をひそめている気がした。
ぴしゃん…、という水音に、観咲は気づいたが振り向かない。
「ことのあらましは聞いていただろ?」
「……ああ」
突然現れた白髪赤眼の、少年よりは青年といった方がいい雰囲気を持った男が、低く応えた。
観咲は笑みを刻む。
「お前も怒り狂っているみたいだな」
涼はぴく、と、肩眉を跳ね上げた。
「あたりまえだ」
あてこするような口調に、観咲は笑みを消す。美夜を死なせかけたことを、涼は責めているらしい。
お前たちがそばにいながら。
含まれたその言葉に、観咲はあえて気づかぬふりをする。
「…なぜ今現れた? いつもなら、美夜が泣けばすぐに現れるのに」
理由など知っている。それをあえて聞くのはただの嫌がらせだ。
「………美夜が休むのを、邪魔したくなかっただけだ」
観咲は窓の外を眺めながら、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
涼は兄妹の間に入り込めないと気づき、現れたくても現れられなかったのだ。
血の絆の存在を、思い知ったのだ。
観咲は振り向いて、見透かした眼で笑ってやる。
「犯人捜しに協力しろよ」
「言われなくてもする」
「時給はいくらがいい?」
「金なんかいらん」
「よぅし、その言葉忘れるなよ」
眠る美夜を気づかってか、二人は小声で延々と言い合っていた。




