12
暗い室内を、静かな寝息が支配していた。
カーテンの間から漏れる月の光が、布団に横たわるひとのやわらかな輪郭を浮き立たせていた。
眠るひとは小柄なようだった。
かすかに上下する布団から、よく整った奇麗な顔だけが出ていた。
遠く聞こえてきた音にも反応せず、長いまつげは濃い影を落としている。
音は少しずつ近づいてきているようだった しゅ、という、短く息を吐き出すような音だ。
しゅ……、…しゅ…、しゅ…。
ゆっくりと、そして少しずつ近づいてくる音の中に、なにやら低い音も混ざっている。 なにかを引きずるような音だとわかったのは、その音達が大分近づいてきてからだった
しゅ…(ずず…)…しゅ(…ず…)しゅ…
近づく音が、その部屋へと訪れた。
みし…、と音がした。
上だ。
眠る者は気づかない。
音と一緒になにかの気配が部屋の天井に現れた。
なにか…大きなもの。
ぎぎぃ…、と堪え切れない呷きのように、天井の梁が鳴いた。
それが最後の警告だった。
気配は天井の真ん中つまり、その部屋で眠る者の真上にきて、動きを止めた。
それはなにか長いものを美夜へ向けて垂らした。その先端が蜘蛛のように蠢く。
手だ。
それは人間の腕だった。その気配の正体は人間だったのだ。
だがなぜだろう、それが現れてから、なぜかこの部屋が酷く暗く感じる。
月は、青白い光を放っているのに。
天井のひとは軽く身を乗り出し、さらに腕を伸ばす。
その腕に、なにかが絡みついていた。
ひとの腕と同じくらいに太く、尾が見えないほどに長かった。
その先端から、なにか細いものが現れ、また引っ込んだ。
先が二つに別れている。
…舌だ。
それは大蛇なのだ。
垂れる腕が示す方へと、降りていく。
突然、窓が大きな音をたてた。
垂れる腕がびくり、と痙攣し、大蛇の動きも止まる。
ばささっ、と羽音が聞こえる。
再び窓になにかがぶつかる音がして、羽音は離れていった。
垂れる腕は緊張を解き、大蛇も再び動き出す。
鎌首をもたげ、大蛇は美夜の顔を検分しているようだった。
だがすぐに、美夜の首に顔をうずめる。
「っ」
びくん! と、美夜の身体が反応して、起き上がる。
その瞬間を逃さず、むき出しになった細い首に、大蛇が絡みついた。
「い・・!」
声は首にかかる圧力に押しつぶされる。
なにがなんだかわからないまま上を見上げると、梁の上のひとと眼が合った。
死ね。
放たれる憎悪が肌に突き刺さる。
首に絡まるものに無我夢中で爪を立てながら、なぜ、と思う。
なぜ私を憎むのですか
梁の上のひとは、軽く腕を引いた。
美夜は首を引かれ、無理矢理立たされる格好になる。だが立つだけに留まらず、上へと引かれ、つま先立ちになる。
苦しくて、首から上が燃えるように熱い。 首に絡まるものは、さらに上へと引く。
つま先が、乱れた布団から離れようとしていた。
そうか…、これの、仕業…なん…
思考が、赤い闇に閉ざされようとしていた 右手首が熱を帯びたような気がしたが、美夜にはもうよくわからなかった。
むせるような煙の臭いにも、気づかなかった。




