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「足下には、布団があったらしい。寸前までそこで寝ていたような、乱れを残してね」
「では、布団をたたんで踏み台の代わりにしたんでしょうか。足を放した反動で、布団が崩れたんじゃ」
弓月が苦笑しながら、上を指さした。
「見て下さい。ここいらの家は大体がこういった日本家屋で、梁もあんなに高い。一人分の布団を重ねたくらいでは、とても届きませんよ」
美夜は頭上の梁を見て納得し、弓月に視線を移す。
「人間には無理ですね。それで霊的ななにかの仕業だとおっしゃるんですね」
「ええ」
「失礼します。夕食の時間ですよ」
初音の声がかけられ、ふたりはどきりとする。
警察から派遣された調査員が非科学的なことを言っていては不審がられてしまう。
幸い襖から顔を出した初音は今の話を聞いていなかったようだ。さきほどはよほど気になっていたのだろう。美夜にキヨのことを話したので、落ち着いているようだ。
「ああ、観咲が入浴させていただいているので、呼びにいってきます」
「…もう結構経つのに…」
普段一緒に生活していると、各自の入浴時間はいつのまにか覚えてしまっている。
訝しげに美夜は時計を見上げていた。
「美夜さんは先に行っていてください。呼んできますから」
「はい」
初音に道を聞き、離れていく足音を聞くと美夜は心細くなった。
呪いだとか恐い話をしていたせいかもしれない、と思った。
それが理由でないことは、なんとなくわかっていたが、その時はそう思うことしかできなかった。
膳の並んだ座敷へ行くと、笑顔は浮かべているものの、どこか緊張した雰囲気の新造が待っていた。
飲み物を運んでくる初音も、どこか精神的に不安定な感じがする。
不安なのだ。
同じ村に住む者達が一夜にひとりづつ亡くなっていく。その奇怪な事件にこの老夫婦だけではなく、おそらくこの村に住む者達全員が形のつかめぬ不安をかかえていることだろう。
そう考えて、ふと、心に何かが引っかかった。
形のつかめぬ不安…
それをどこかで感じたことを思い出した。 はっとして、顔を上げる。
「木だわ……」
この神社のある山の木々を見ているうち、そんな感情が胸に沸き起こった。
あれは境内の木々が抱く、感情だったのかもしれない。
木々に聞けば、なにか情報が得られるかもしれない。
「どうかしましたか?」
聞きとがめた新造が問うてくる。
「この村には、古い木がありますか?」
「……神社の境内の木々は、昔から手つかずのはずですが」
なぜそんな質問をするのか、と新造は訝しげに美夜を見返したが、美夜は気づかずに考えに没頭している。
もう陽は暮れ夜になってしまった。木々は眠りはしないが、まどろんでいる時間なので聞きにいくことはできない。
明日一番に聞きに行こう、と心に決めた。
「お待たせして済みません」
観咲が赤い顔をしながら入ってきた。後ろからついてくる弓月は、どこかしら疲れたような顔をしている。
「おくつろぎいただけましたか」
「くつろぎすぎて、湯舟でうたた寝をしてしまいましたよ」
「それはそれは」
新造と初音が明るく笑う。
弓月の表情の理由がわかり、美夜は苦笑する。
観咲の登場で座敷の雰囲気が明るくなった それでもどこか、不安が潜んでいたけれども。




